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225話 囚われの少女と救出4

「無事か、フィナ?」


 フィリーネの傍に膝を落とし、背中に手を回して抱き起す。その際、引き裂かれた服の隙間から胸元が少し覗いていたため、軽く直してやった。

 それからざっと、怪我の有無を確認していった。ひとまず、目立った外傷はなさそうだ。ただ、首と手首、足首には枷が擦れたのだろう、血が滲んでいる個所がある。なんとか鍵を見つけ手枷を外し、治療してあげる必要があるな。


 当のフィリーネはと言うと、何が起こったのかまだ把握できていないようで、少し呆然とした表情をしている。


「……ジー、くん?」


「あぁ、フィナ、助けに来たぞ」


 そう声を掛けながら、軽く頭を撫でる。いつもは綿のようにふわふわな白髪も、今は少しぺたりとしていた。

 フィリーネは二、三度瞬きをしたかと思えば、その緋色の瞳に涙を浮かべてくしゃりと顔を歪ませた。


「ジーくん!」


「おっと」


 フィリーネがこちらへと勢いよく縋り付いてくる。その体は軽く、受け止めるのは些かの苦労もなかった。

 その軽さを思えば、普段は頼りになる仲間の一人だが、まだ年若い少女の一人に過ぎないのだと実感させられた。いつもは飄々とした様子のフィリーネが、こんな風に泣き顔を晒しているところを見るのは少し心が痛む。


「ふ、うぅ……怖かったの」


「よしよし、もう大丈夫だ」


 先程の恐怖が抜けきらないのだろう、枷の嵌まった両手で俺の服を掴むフィリーネの背は、小刻みに震えていた。俺はその背を、安心させるように軽く叩いてやる。

 男である俺には、フィリーネの受けた恐怖の程は正確にはわからないだろうが、大層怖かったことだろう。


 日頃から鍛えているとはいえ、魔封じの枷で魔力を封じられてしまえばフィリーネの力は少女のそれである。奴隷狩りの男達、それも複数ともなれば敵うはずもない。

 こんな思いをさせるのなら、様子見などせず中の様子を確認してすぐに突入すればよかったと、少し後悔した。


「ジークハルト」


 フィリーネを宥めていると、不意に名前が呼ばれた。顔を上げれば、俺が最初に蹴飛ばした男の傍に立つアメリアが、こちらへ見えるようにと片手を差し出していた。

 その手にあるのは、どうやら一本の鍵のようだ。俺がフィリーネを落ち着かせている間に、男の持ち物を探ってくれていたのだろう。


「もしかして、枷の鍵か?」


「そうかもね。残念ながら、一本しかなかったけど」


 そう言いながら、こちらへと近寄ってくる。

 その様子に気付いたのか、フィリーネが顔を上げてアメリアへと目線を向けた。


「それ、足枷の鍵かも」


 少し涙声になり、目元を拭いながらそう告げる。

 それを受け、アメリアがフィリーネの足元へと屈み込んだ。


「試してみればわかるわ」


 そう言うと、枷の嵌められた片足を取り、鍵穴へと鍵を差し込む。

 カチリという小さな音と共に、すんなりとフィリーネの片足に残された枷が外された。足枷はフィリーネの足首に赤い跡を残し、床へと音を立てて落下する。


「他の枷も外れないかしら?」


「どうだろうな……一応、試してみてくれ」


 アメリアは一つ頷くと、フィリーネの手を取り同じように枷の鍵穴へと鍵を差し込む。それから少しの間、カチャカチャと小さな音を立てながら解錠を試みていたが、やがて鍵を引き抜いて首を横へと振った。

 続いて首の枷にも試してみたものの、やはり外れないようだ。アメリアが見つけた枷は、足に嵌められていたもの専用らしい。


 ならばもう一人の男が持っているのかと視線を向ければ、丁度その男を探っていたベティーナと目が合った。ベティーナは軽く持ち上げていた男をその場に放り出すと、ゆるゆると首を横に振る。


「こいつは何も持ってないね」


「そうか……」


 二人の男が持っていないのならば、手と首の枷の鍵は別のところにあるのだろう。ひとまず、フィリーネの枷については置いておくより他にない。


 俺はフィリーネを抱き起したまま、片手を剥き出しの足首に添えると治癒術を行使する。普段は膝下まであるブーツを履いているのだが、枷を嵌めるために脱がされたようだ。全てが終わったら、それも回収する必要があるな。

 それほどの怪我と言うわけでもなかったため、ほどなくして治療が完了する。フィリーネは膝を曲げると、己の足首を軽く撫でた。


「どうだ、フィナ。痛くはないか?」


「んん、大丈夫なの。ジーくん、ありがとう」


 そう言って、控えめな笑みを浮かべて見せた。普段ならもう少し嬉しそうな顔が見られただろうが、この状況では仕方がない。

 フィリーネも少しは落ち着けたようで、この様子なら話が出来そうだ。


「フィナ、クリスとシャルがどこにいるか、わかるか?」


 期待を込めての問いだったのだが、フィリーネは少し顔を伏せると首を左右へと振った。首に嵌められた枷から延びる鎖が、その動きに合わせてゆらゆらと揺れ、小さな音を立てる。


「わからないの。二人とも、私より先に牢から連れ出されて……それから、見てないの。ごめんなさい」


「別に、フィナが謝るような事じゃないだろ」


 俺は慰めるようにフィリーネの頭を優しく撫でた。

 だが、フィリーネが二人の居場所を把握しているのが一番ではあった。それならば二人を助け出し、一度砦から抜け出してから、日を改めてここに来るという選択肢もあったのだが。


 それに、フィリーネの説明によれば、最初は三人とも一緒の牢に閉じ込められていたのだろう。そこから先に二人が連れ出されたとなると、二人ともフィリーネと同じような目に遭わされている可能性がある。既に手遅れの可能性もあるが、出来るだけ早く助け出さなければ。

 そうなると、行動は早い方がいい。俺はフィリーネを抱え上げると、ゆっくりと床の上に立たせた。


「さて、これからどうするか、だが……」


 俺は少し考え込む。

 この状態のフィリーネを連れ歩くのは危険だろう。足枷が外れたとはいえ、未だ首と腕には魔封じの枷が嵌められているのだ。武器もなく、魔力が使えないという状況では戦力として数えるわけにはいかない。

 それに、他の奴隷狩り達やヴォルフはともかくとして、鎖の男に遭遇した場合が問題だ。あのように広範囲の攻撃手段を持っている者を相手にしては、今のフィリーネを護り切るのは至難の業だろう。


 かと言って、一度フィリーネを拠点である洞窟に連れ帰るというのは、少々時間が掛かり過ぎる。クリスティーネとシャルロットが危険な目に合っているかもしれない状況で、あまり時間を掛けてはいられないのだ。

 フィリーネには、事が終わるまでこの部屋に隠れていてもらうというのはどうだろうか。この部屋は倉庫のようだが、そこまで人の出入りが多いというわけではないだろう。


 だが、身動きは封じるとはいえ、先程襲われた男達と同じ部屋に残るというのは、フィリーネも嫌だろう。

 それに何より、万が一他の奴隷狩り達が来た場合、またも先程のような目に遭う可能性がある。いや、縛り上げられている仲間を見れば、もっと酷いことをされるに違いない。


 やはり、フィリーネをここには残しては置けない。

 どうするべきかと悩む俺に声を掛けたのは、男を縛り上げていたベティーナだ。


「それなら、あたしがフィナを連れて外まで逃げておくか?」


 そう提案をした。

 悪くない提案である。ベティーナであれば、ただの奴隷狩りの男相手であれば十分に太刀打ちが出来る。風魔術による隠密行動はできないが、今まで通って来た道の奴隷狩り達はすべて打ち倒しているので、外に出るだけであればそこまでの危険はないだろう。

 砦の外へと出てしまえば、二人の身は安全である。森の獣が出たところで、ベティーナであれば対処できることだろう。


「わかった。ベティーナ、フィナの事を頼む」


「あいよ、任せておきな」


 ベティーナは胸を叩いて請け負ってくれた。

 それに対し、フィリーネは不安げに俺の服を握った。眉尻を下げ、潤んだ瞳で俺を見上げてくる。


「ジーくん、行っちゃうの?」


「あぁ、クリスとシャルを探さなくちゃな。フィナはベティーナと一緒に、安全なところに隠れていてくれ」


 そう言って、ふわふわな白髪を軽く撫でる。

 フィリーネは少し俯いたものの、すぐに顔を上げて控えめな笑みを見せた。


「わかったの……でも、出来るだけ早く戻ってきてほしいの」


「あぁ、早めに終わらせるよ」


 そう応えれば、フィリーネは強い頷きを見せた。

 それから俺達は縛り上げた男達を部屋に残し、扉のなくなった入り口から外へと出る。そうして来た道を少し戻り、フィリーネとベティーナが元来た道を戻るところを見送る。

 二人が角を曲がって見えなくなったところで、俺はアメリアと共に、砦の奥へと進むのだった。

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