223話 囚われの少女と救出2
クリスティーネとシャルロットが男達に連れていかれてから、どれだけの時間が経過しただろうか。ここには時を刻む魔術具どころか陽の光も見えないために、時間の経過がわからない。
あれから私は、冷たい石の床の上にずっと横になっていた。手足に嵌められた枷があるため身動きはし辛いし、この牢の中には椅子もソファーもないのだから仕方がない。
そして何よりも、男に蹴られた腹が痛むので出来るだけ動きたくないのだ。さすがに骨は折れていないと思うのだが、何度も蹴られたせいでズキズキと痛む。
あの時クリスティーネが庇ってくれなければ、今よりもさらに傷ついていたことだろう。クリスティーネも一発蹴られていたようだが、彼女は大丈夫だろうか。
横になった視界、床の上に私の抜け羽がちらほらと落ちているのが見える。男と争った際、激しく翼を動かしたために抜けてしまったのだろう。
そっと、背の白翼を体の前へと持ってくる。幸いにも抜け羽が目立つような箇所はないが、全体的に薄汚れてしまっていた。
軽く翼へと手を触れるが、簡単には汚れは落ちないようだ。そのことが、少し悲しくなる。ジークハルトにも綺麗だと褒められた、自慢の白翼なのに。
そんな風に内心で溜息を吐いていた私だったが、次の瞬間には体を跳ね起きさせた。地に着けた耳へと、微かな振動と音が聞こえてきたためだ。
先程の男達が戻ってきたのかもしれない。それならば、クリスティーネとシャルロットも一緒だろうか。二人とも、あの男達に何もされていなければ良いのだが。
そうして現れたのは、先程とは別の二人組の男だった。口元に厭らしい笑みを浮かべ、鉄格子の向こうから値踏みをするような嫌な視線を向けてくる。残念ながら、二人は一緒ではないようだ。
「へぇ、こいつが捕らえた鳥女か。結構上玉じゃねぇか」
「お頭が言うには、こいつを売り出すのはもう少し先らしい。それまで遊べそうだな」
「他の二人をどこにやったの?」
「さぁてな。教えてやらねぇよ。それよりも、俺達とちょっと遊ぼうじゃねぇか」
そう言うと男は南京錠を外し、扉を開けて牢へと入ってきた。私は近付く男から距離を取るが、牢の中は狭くすぐに背中が石壁へと当たる。
そうして男が片手をこちらへと伸ばし、それに対して私は身を固くした。魔術を封じられ、身体強化さえ使えない身では二人の男を相手に太刀打ちできないだろう。抵抗したところで、先程のようにただ痛い思いをするだけだ。
体に触れられるかと思ったが、私の予想に反して男が手に取ったのは、私の首に嵌められた枷から延びる鎖だった。ぐいっと鎖を持つ手を引かれ、一瞬息が詰まる。
「けふっ、何するの!」
「ここじゃ響くんでな。ついて来てもらおうか」
そう言うと、男は何の遠慮もなしに鎖を持つ手を引いて牢の外へと向かう。抵抗できない以上は、素直に従う他にない。私は首を引かれ、半ば引き摺られるような形で牢の外へと出された。
そのまま鎖を手に持つ男が前に、もう一人の男が後ろに立ち、挟まれる形で通路を進む。その途中で階段を上がったのだが、足にも枷が嵌められているために苦労した。
いくつかの分かれ道を右へ左へと進みながら、私は注意深く周囲を観察する。外の様子がわかれば、今いるこの建物の場所や時間帯なども多少はわかるはずだ。
だが私の願いに反し、前後に長く伸びるのはどこまでも続く石壁ばかりだ。篝火にぼんやりと照らされる石壁にはところどころひび割れがあり、建物の古さを感じさせた。
そうして行きついた先は通路の突き当たりだった。
否、明かりの影になっていてよく見えなかったが、どうやら右手には木製の扉があるようだ。先導する男が扉を開けて中へと進み、首の枷から延びる鎖を掴まれている私も、部屋へと入ることを強制される。
先に入った男が内部の壁に手を添えれば、天上の魔術具に明かりが灯った。どうやらこの部屋にはまともな照明があるらしい。
急な明るさに思わず目を細め、私は部屋の中を見回した。
壁際の棚や床に置かれた木箱などを見るに、ここは倉庫なのだろう。いくつか壊れている様子を見る限り、建物と同じでここも老朽化しているようだ。
そんな風に部屋の様子を観察していると、先を行く男が鎖を強く引いた。必然、私の体は男の方へと引き寄せられる。
そうして何を思ったのか、男は私を地面へと投げ出した。幸いだったのは、倒れた先に布が山と積まれていたことだ。少々薄汚れていたが、布の塊は私の体を柔らかく受け止め、痛い思いをすることはなかった。
「何するの!」
抗議の声をあげるが、男は気にした様子はない。
「おい、腕を抑えておけ」
目の前の男が後ろの男へと声を掛ければ、男は入ってきた扉を閉め、私の上側へと回り込んだ。そうして私を仰向けに寝かせると、押さえつけるように両腕を持ち上げ、頭の上で抑える。
私は頭の上に両腕を回された形となり、身動きを封じられた。抵抗しようと両腕に力を籠めるが、素の力では男に敵うはずもない。
さらにもう一人の男が私の脚元へと屈み込んだ。何をするつもりかと足を動かせば、男は苛ついた声を出しながら私の脚を抑える。
「暴れるんじゃねぇ。折角、足の枷を外してやろうってんだ、大人しくしてろ」
そう言う男は、確かにその言葉通り、私の足枷に触れて何やら手を動かしている。どうやら、枷を外そうというのは本当のようだ。
一体どういうつもりなのかはわからないが、好都合ではある。首と手の枷が残っているので魔術は使えないが、足だけでも自由になれば逃げやすくなるだろう。
そうしてほどなく、本当に片方の枷が外された。片足が自由になったことにほっと息を吐けば、足元に屈み込んだ男はその場に立ち上がる。
「……もう片方、残ってるの」
「あぁ? 足が開くようになればそれでいいんだよ」
確かに歩くのに不自由はなくなったかもしれないが、それでも片方の足には枷が嵌まったままなのだ。鎖に繋がれた空の枷を引き摺って歩くことになるので、出来れば外してほしいのだが。
しかし、男にその気はないようだ。一体何のために片足の枷を外したというのだろうか。
訝しむ私の前で、男は懐から無骨なナイフを取り出した。魔術具の光を鈍く反射するそれを見て、私の体が必然的に強張る。
「脱がせるのは面倒だからな。抵抗するなよ、血を流すことになるぞ?」
そう言って、男は下卑た笑みを浮かべた。
ここに来てようやく、私は自分が何をされそうにしているのかわかった。
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