222話 囚われの少女と救出1
陽がその高度を下げ木々の影が長く伸びる中、俺は森の木々の中に身を潜めていた。そうして見つめる先、木々の隙間から覗く遠くには、一人の男の姿があった。
質素な服を着た、無精髭を生やした男である。その男には見覚えがあった。二日前、火兎族の村で襲撃してきた、奴隷狩りの一人だ。
見張り役なのだろうか、周囲に他の男の姿は見えない。俺達の事にも気が付いた様子はなく、武器を収めたまま腰を下ろし、背中を石壁へと預けていた。
「ここが、奴隷狩り達の拠点ね?」
「あぁ、間違いないだろうな」
アメリアが小声で訊ねるのに対し、俺も声を潜めて返した。
俺達の前には、古びた城が建っていた。いや、砦と言う方が適切だろうか。
一部を苔に覆われ、壁にひび割れた箇所のあるその砦は、おおよそ手入れと言うものをされていないように見える。さらに奥の方には、崩れた箇所も散見された。
実際、この砦は本来の役割を終え、とうの昔に放棄されたものなのだろう。それを、奴隷狩り達が都合よく利用しているだけなのだ。
この砦のどこかに、クリスティーネ達がいるはずだ。そう思えば、自然と手に力が入った。
「それじゃ、ちゃっちゃと行ってちゃっちゃと助け出そうぜ!」
そう言って、一歩前へと出たのはベティーナだ。そう、火兎族の里から見て東にあるこの砦には、俺とアメリアに加えてベティーナも同行しているのだった。
それと言うのも、鎖の男に襲撃されたことを話したところ、ベティーナ自身が同行を申し出たのだ。子供達の事はロジーナに任せて、自分も一緒に行く、と。
少し悩んだが、アメリアの勧めもあり、ベティーナの同行を許可した。事実、今は一人でも多く戦力が欲しいところだ。
そうして三人で森の中を進み、この砦を見つけたのが今し方の事だ。正直に言うと、情報源がヴォルフと言うことで半信半疑だったのだが、どうやら去り際のあの言葉は本当だったらしい。まぁ、ヴォルフは俺ともっと戦いたい様子だったので、あの場で嘘を言う意味はないだろう。
見張りの男は未だ俺達に気付いた様子はなく、呑気に欠伸などをしている。捕らえるにしろ仕留めるにしろ、あの様子であればさして苦労はしないだろう。
だがそんな男の方へと忍び寄ろうとするベティーナを、俺は無言で制した。すると、ベティーナは俺へと怪訝な表情を向けてくる。
「どうした? まさかここに来てビビってるのか?」
「そんなわけないだろ。ただ、無策で行くのは不味い」
あの男を黙らせるだけであれば、どうとでもなるだろう。わざわざ剣を使わずとも、拳だけで制圧できるだけの自信はあった。最悪、遠距離から魔術で仕留めてしまってもいい。
だが、騒がれると不味いことになる。別の男に俺達の存在が知られてしまえば、瞬く間のうちに砦全体へと情報が知れ渡ることだろう。
そうなってしまえば、最早総力戦だ。砦の中にいるであろう奴隷狩りの男たちすべてを、俺達三人だけで同時に相手をすることになる。
その中には、鎖の男やヴォルフもいるはずだ。奴隷狩り達に彼らが加われば、昼間の二の舞である。出来れば鎖の男やヴォルフとは、個別に対峙したいのだ。
そう言った俺の考えを聞いたベティーナはほぅほぅと納得の頷きを見せたが、次いで軽く首を傾げて見せる。
「言いたいことは分かったけど、どうするって言うんだ? 隠れて近付くのは無理だろう?」
そう言って、ベティーナは男の方へと視線を向ける。その反面、アメリアは俺へと「何か考えがあるんでしょう?」と言う目を向けていた。
森の木々は途中で途切れており、男の周囲は開けている。木々の影から奇襲を仕掛けようにも男まではまだ数歩の距離があるため、男に近付くよりも先に声を発される方が早い。
背後に回ろうにも、男の後ろ側には砦の石壁が聳え立っている。上空から一気に近付けばまだわからないが、それが可能なクリスティーネもフィリーネも今はいない。まぁ、上から近付けば別の見張りに見つかりそうなものなのだが。
では別の入口を探せばいいかと言うと、それも考え物だ。そもそも、こういった砦にいくつも出入り口があるものなのだろうか。
仮にあったとして、ここと同じように見張りが立っているのは間違いないだろう。それを思えば、まだ一人しか見張りのいないここのほうが御しやすいと言える。
結局のところ、ここを突破しないことには砦の中へと入れないのだ。
「もちろん、あの男に気付かれないように近付くのは無理だ。だが、他の奴らに気付かせないことならできる。少し時間をくれ」
そう言うと、俺は一つの魔術を行使した。狩りなどで獲物を探す際によく使う、音を拾う風属性の魔術だ。
普段は広範囲に広げるそれを、意識を集中することで一方向へと向けていく。向ける先はもちろん、見張りに立つ男の元だ。
男の周囲へと魔力を届かせ、さらには男を越えて門の中へと入っていく。さらに門を越えてからは、周囲へと散りばめるように範囲を広げていった。
門の中へと届かせてからは、完全に感覚頼りとなる。目視での確認ができないために、魔力の反応を感じながら探っていくのだ。
そうしてしばらくの確認の結果、見張りの男の周囲からはほとんど何の音もしないことがわかった。微かに遠くの方から反響する足音のような音が聞こえるくらいで、話し声や息遣いなども感じられない。
普段から音を殺して動く者でもいれば別だろうが、そんな変態はいないだろう。
ひとまず、これで周囲の安全は確認が出来た。
「よし、あいつ以外には近くに人はいないみたいだ。やるなら今だな」
「よっしゃ、それなら早速――」
「焦るなよ。もう一つ、保険をかけておく」
俺は散らした魔力を再び男の周囲へと集めると、魔術を変容させる。使用するのは同じ風属性の魔術だが、その性質は音を遮断するものだ。
これで、男がどれだけ騒いだところで、砦の中に聞こえることはないだろう。
そう説明すれば、二人から揃って感心したような表情が返る。
「貴方って本当に便利ね、ジークハルト」
「そいつはどうも」
便利と言うのは人を褒めるときに使う言葉だっただろうか。まぁ、褒められていると受け取っておこう。実際、俺自身便利だと思っているわけだし。
そうして俺達は身を低くしながら、森の木々を掻き分けて男へと迫る。俺達が森から飛び出してきたことで、男は泡を食ったように立ち上がると、腰の剣へと手を掛ける。
「て、敵襲だ!」
その声は俺の魔術によって砦の奥へは届かない。
そのまま武器を抜く暇も与えず、俺は拳を男の鳩尾へと叩き込んだ。男は息を大きく吐き出すとともに、上体を大きく前側へと倒す。
俺はすぐに拳を引くと同時、今度は膝蹴りを男へと見舞った。狙いは男の下げられた頭部だ。狙い違わずこめかみを撃ち抜けば、男の全身から力が霧散する。
男は声を上げることもできず、地面へと倒れ込んだ。息はしているようだが、気を失ったらしい。好都合だとばかりに、鞄から取り出した縄で男を手早く縛り上げる。
そうして身動きを封じた男を、俺は森の中へと隠す。このまま入口の前へと放置し、他の奴隷狩り達に気付かれると面倒だ。時間の問題だろうが、隠しておいた方が少しでも時間を稼げるだろう。
森の中へと隠しておくと、魔物に襲われる可能性はある。だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
そうなった時はそうなった時で、男の冥福を祈ろう。そんなことよりも、今はクリスティーネ達の方が大切だ。
そうして俺達は一つ頷き合うと、再び風の魔術で周囲を探りながら、砦の中へと足を踏み入れた。
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