22話 半龍族の兄妹4
俺達がネーベンベルクの街を後にし、南へと街道を進んでいたところ、既にヴィクトールは昨日の草原で待っていた。腕を組み、その場に仁王立ちで佇む男からは強い存在感とでも言うべきエネルギーを感じる。その両の目は、俺達の姿へと鋭く注がれていた。
俺達はヴィクトールから少し離れた場所で足を止める。
「お兄ちゃん……」
「来たか、クリス。別れは済んだか?」
問いかけるヴィクトールに対し、クリスティーネは拳を握りその瞳を鋭くする。それから、自らの意思をはっきりと口にした。
「私、ジークと一緒に冒険者を続けるから!」
「駄目だと言っただろう? お前は私と里に帰るんだ」
帰ってきた答えは、やはり予想した通りのものだった。それでも、クリスティーネは諦めずに言葉を続ける。
「私は里には帰らないわ! もっと、いろんな世界を見てみたいの!」
「危険だと言っただろう。お前は里にいるのが一番幸せなんだ」
「里に閉じこもるのは飽き飽きなの! 私はいろいろな街に行って、いろんな人に会って、食べたことのないものをたくさん食べる。そういう経験がしたいんだから!」
「外の世界を甘く見るんじゃない! 冒険者など、すぐに死んでしまうぞ!」
二人の口論は白熱しているが、どちらも譲らないために話は平行線を辿っている。二人の声は徐々に大きくなり、その勢いのまま体も前のめりになっている。
「どうしても許してくれないっていうなら……」
クリスティーネは腰の剣を引き抜くと、ヴィクトールへと真っ直ぐに構える。その様子を見て、ヴィクトールが片方の眉を上げた。
どうやら説得を諦めたようだ。ここまでの展開は、昨日二人で話し合った通りである。俺も腰の剣に手を添え、いつでも動き出せるようにと身構える。
「力尽くというわけか。俺に敵うと思っているのか?」
「ううん、私一人じゃお兄ちゃんには敵わない。でも、私とジークはパーティだから……」
俺も剣を引き抜き、クリスティーネの隣へと並ぶ。そして、同じようにヴィクトールへと構えて見せた。心なしか、ヴィクトールの眉間の皴が深くなったようだ。
「俺達二人で、冒険者としての力を示そう」
「二人なら勝てると、そう思っているのか……いいだろう」
俺達の前で、ヴィクトールは腰の二刀を引き抜いた。それと同時に、目の前の彼から感じる威圧感が膨れ上がる。
「お前の未熟さを思い知らせ、里へと連れ帰る!」
言うが早いか、ヴィクトールが彼我の距離を一息で零へと変える。見上げた時にはヴィクトールの両腕は高く振り上げられていた。そのまま、勢い良く振るされた二刀が空を切り裂き、俺達二人へと同時に襲い掛かる。
俺はその一撃を、両腕で構えた剣の刀身で受け止めた。ヴィクトールは片手で剣を握っているにもかかわらず、その一撃は想像より遥かに重かった。ガツンという衝撃を、身体強化をした全力で以て受け止める。
同時に攻撃を受けたクリスティーネはというと、横目で窺えば上手く剣を捌いたようだ。ヴィクトールの右の剣が地を抉る横で、少し距離を取りつつ回り込んでいる。
俺は両腕に力を籠め、剣を跳ね上げ弾くと同時にヴィクトールの左半身側へと回る。丁度、クリスティーネとは反対の方向だ。昨夜二人で話したように、ヴィクトールを挟み込む形で位置取っている。
対するヴィクトールは素早く左右へと目線を走らせた。どれほどの強者であろうとも、その体は一つである。挟撃という形を取れば、こちらが圧倒的に優位に立てる。
その状況を嫌ったのだろう、ヴィクトールが後方へと足を滑らせる。当然、一度に俺達二人を視界に収めるためにはそれしかない。そこまでは予想済みだ。そこへ――
「はぁっ!」
「やぁっ!」
――クリスティーネと同時に、今度はこちらから仕掛ける。俺が大上段から一直線に振り下ろすのに対し、クリスティーネは下から斜めに切り上げる形だ。完全同時に別方向別角度から放たれたそれらは、常人であれば対処は困難だ。
あわよくばこの一撃で決まるのではないかと思われたが、衝撃と共に剣が跳ね上がる。体重を乗せた両腕での一撃を、片手で持った剣で弾かれたのだ。しかも、視界の端ではクリスティーネの剣が同じように弾かれているのが確認できた。
こちらは剣を跳ね上げられた体勢で、胴体ががら空きの状態だ。もう片腕がクリスティーネの対応に当てられているため、追撃はこないものの危険である。ひとまず距離を取ろうと、一歩後ろへと下がった時だった。
「きゃっ!」
ヴィクトールがこちらへと勢いよく向き直ると同時に、クリスティーネが弾かれたように横合いに吹き飛ばされた。その勢いのまま受け身もとれずに地面に倒れ込むのを尻目に、何が起きたのかを遅れて理解する。
原因は、回転の勢いのまま今なお左右に揺れる尾だ。ヴィクトールは己の銀の尾を利用して、クリスティーネを殴り飛ばしたのだった。予想だにしない攻撃に、吹き飛ばされたクリスティーネはすぐには起き上がれそうにない。
倒れたクリスティーネには目もくれず、ヴィクトールがこちらへと踏み込むと同時に右の剣を振り下ろす。上体を逸らして躱し、牽制するように剣を振れば狙い通りヴィクトールとの間に少しの距離ができる。
剣術だけでは敵いそうもない。俺は体内の魔力を集め、左手を前へと翳す。
「『炎の槍』!」
俺はヴィクトールの頭部を狙って炎を射出する。人を相手にするにはやや過剰だが、決して死ぬようなことはない威力だ。少なくとも、牽制にはなるだろう。生まれるであろう隙を突くべく、俺は前のめりになる。
しかし、ヴィクトールは俺の狙いに反して前へと踏み込んでくる。眼前に迫る炎の槍を左手の一刀で斬り払うと、残った右手に持つ剣を斜めに振り下ろした。
「くっ」
回避が間に合わず、その一撃は俺の纏う皮鎧を易々と引き裂き俺の体へと到達した。ピリリとした痛みと共に、僅かに血が舞い上がる。こんなことなら早めに金属鎧に変えるんだったと思うが、後の祭りだ。
一歩、二歩と後退ると共に闇雲に振った剣は空を切るが、そのお陰か追撃は来ない。
「ジーク!」
起き上がってきたクリスティーネがヴィクトールの背後から剣を振り下ろすが、そちらを見もせずに左の剣で受け止めて見せる。まるで後ろに目でもついているような動きだ。やはり、一筋縄にはいかないらしい。




