218話 火兎族の里と赤い鎖7
中空に、雪のように白い欠片が舞い散る。
ひらひらと不規則な動きで風に吹かれるそれは、遥か上空で激しく抵抗したフィリーネの抜け羽だ。深紅の鎖によって身動きを封じられ、背にある白の大翼を幾重にも絡み取られている。
「フィナ!」
迫る黒剣を弾き、上空へと声を上げる。
その声が耳に届いたのか、フィリーネの泣きそうな色合いをした紅の瞳と目が合った、気がした。
だが俺の叫びも虚しく、フィリーネは次々と鎖に巻きつかれていった。やがてはその表情も見えなくなり、ついには綿のような白髪が鎖の向こうへと消え、大きな球体となった鎖はゆっくりと、鎖を操る男の元へと引き寄せられていく。
クリスティーネも、シャルロットも、フィリーネも捕らえられた。アメリアは鎖の束に押し潰されていたが、その生死すら不明だ。
何とか出来るのは俺だけで、それなのに何もできない現状に歯噛みする。
「ヴォルフ、どけ! 『裂衝剣』!」
「無駄だ、『魔衝剣』!」
既に何合目になるのかわからない打ち合いに、衝撃が周囲へと伝染して草木が揺れる。
俺の腕に伝わる衝撃と同等のものを相手も感じているはずだが、目の前に立つ男は未だ余裕の表情を崩さない。それどころか、何が面白いのか口元には僅かに笑みを浮かべる始末だ。
「まだまだ生きがいいな! そう来ねぇと、潰し甲斐がねぇってもんだ!」
「くっ」
上段からの大振りの一撃を、水平に構えた剣の刀身で受け止める。その衝撃に腕が痺れ、膝が折れそうになる。
辛うじて耐えきり、黒剣を跳ね上げてヴォルフから距離を取る。先程からずっと隙を探っているのだが、未だに活路は見えてはこなかった。
そこへ、鎖の男が先程の戦闘を感じさせない軽い足取りで近寄ってくる。クリスティーネ達を捕らえ終わり、最後は俺の番だということだろう。
ヴォルフ一人でも手一杯だというのに、鎖の男が加わっては俺に勝ち目はない。悔しいが、ここは一度退くべきかと、警戒しながらも思考を巡らせる。
だが、男の口から出た言葉は俺の予想に反するものだった。
「ヴォルフ殿、引き上げますよ」
「あぁ?」
男の言葉に、ヴォルフが怪訝な顔を見せる。どうやら、男の言葉はヴォルフにとっても予想外のものだったようだ。
ヴォルフは俺に対して黒剣を構えたまま、鎖の男を鋭く睨んだ。
「今いいところなんだよ、邪魔するな」
低く、威圧感のある声だった。二人は協力関係にあるものの、決して良好な間柄と言うわけではないようだ。
ヴォルフの射殺すような眼光も、鎖の男は大して気にした様子はない。大袈裟な溜息を吐き、大仰な仕草で肩を竦めて見せる。
「そう言うわけにもいきませんよ。私にもそこまで余裕はありませんし、捕らえた商品を持って帰らなければいけませんから」
「だったら勝手に帰ればいいだろう? 俺はもう少しこいつと遊んでいく。どっちが上か、はっきりさせておかねぇとな」
「駄目ですよ。何のためにあなたを雇ったと思ってるんですか。そんな男なんて放っておいてください」
「……ちっ!」
ヴォルフは一つ舌打ちをすると、構えを解いて黒剣を肩へと担ぐ。それから面白くなさそぅに鼻を鳴らす。
「命拾いしたな、ジークハルト」
「ヴォルフ、逃げる気か!」
二人掛かりで来られては勝ち目がないが、だからと言って見す見す見逃すわけにもいかない。捕らえられたクリスティーネ達を助け出さなくてはならないのだ。
俺は再びヴォルフを相手に斬りかかろうと駆け寄る。だが、俺とヴォルフとを隔てるように、深紅の鎖が束となって襲い掛かってきた。
「あなたは邪魔だと言ったでしょう」
「ッ――」
後方へと引き下がりつつ鎖へと剣を浴びせるが、やはり全属性の魔力を籠めなければ鎖は斬れないようだ。彼我の距離が十歩余り離れたところで、それ以上の追撃はこなくなった。
さらに鎖の男は胸元から何かを取り出すと、俺の方へと放ってきた。破裂音が響くと同時、新たな赤い鎖が現れて俺へと襲い掛かってくる。
俺は飛来する鎖へと剣を叩き付ける。そうすると確かな手応えと共に、割と軽々と鎖を断ち切ることに成功した。どうやら新たに表れた鎖は、男の操るものとは少し異なるらしい。
それでも襲来する鎖の数は多く、俺は捕まらないようにと激しく動き回る。
「さて、後は遠隔縛鎖』に任せて、引き上げるとしましょう」
「仕方ねぇな……だが、まだ兎が一匹残ってるんじゃねぇのか?」
「火兎族はまだ十分残ってますからね。あれよりも、捕らえた半龍の方が価値が高いでしょう」
「ふぅん、ならいいか……おい、ジークハルト。女共を助けたけりゃ、東の古城に来るんだな!」
「貴方と言う人は……何も、わざわざ敵に居場所を知らせる必要はないでしょう」
「こんな結末で納得できるか! なぁに、来たところで返り討ちにするだけだ。最も、ただの腰抜けなら、来ることはないだろうがな」
そんな会話を交わしながら、ヴォルフと鎖の男は俺に背を向け、この場から立ち去り始めた。
「――! 待て!」
追いかけようにも、襲い掛かる鎖が邪魔で身動きができない。
すべての鎖を切り伏せ、肩で息をする頃には、既に二人の姿はどこにもなかった。
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