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215話 火兎族の里と赤い鎖4

「ヴォルフ……お前、こんなところで何してるんだ?」


 俺は立ち並んだ二人の男を前に、油断なく腰を落としたまま剣を構える。

 何故こんな王都から遠く離れた北の地にヴォルフがいるのかは定かではないが、赤い鎖を操る男の背後から現れた以上、二人は協力関係にあるとみていいだろう。

 少なくとも、例え顔見知りの相手とは言え油断することはできない。


 俺の問いに、ヴォルフは大仰な仕草で手に持つ黒剣を肩に担ぐ。

 そうしてぐるりと俺達を見渡した。その瞳が、アメリアの姿を捉える。


「お前こそ、こんなところまで何しに……来たのかは、何となくわかった。なるほどな、次の獲物はお前達だったのか」


 その言葉に、俺は思わず眉根を寄せる。


「獲物とはな……お前、自分が何してるかわかってるのか?」


 奴隷狩りは、この国においては明確な犯罪行為だ。直接手を下したものだけでなく、売買にかかわった者に対しても厳しい処罰が施される。仮にも王都に居を構えるギルドのギルドマスターが、軽はずみで手を出してよいものでは決してない。

 ヴォルフはそのことをわかっているのだろうか。


 俺の言葉に、ヴォルフは興味がないと言った様子で後ろ手で頭を掻く。


「別に、バレなきゃ構わねぇだろ。今は手っ取り早く稼げりゃ、何だっていいしな」


 そう口にするヴォルフは、自身が悪いとは微塵も思ってない様子だった。

 以前のヴォルフも粗暴なところはあったが、決して犯罪行為に手を染めてまで金稼ぎに執着するような人物ではなかったはずだ。一体何が彼をそうさせたというのだろうか。


 睨み合う俺達の前、鎖の男が片腕を上げ俺の方を指し示す。その動きに合わせ、腕に巻かれた赤い鎖が軽い金属音を響かせた。


「君はあの男の相手を頼みます。なかなかの手練れのようだ、倒せないにしても、私の邪魔をさせないでください」


「はっ、見くびるなよ。お前こそ、俺の邪魔をさせるんじゃねぇ」


 そう言うと、ヴォルフは他に目もくれずに俺の方へと駆けてくる。

 彼が鎖の男に与している以上、交渉で戦わずに済ませることは最早不可能だろう。俺は仕方なしにヴォルフを迎え撃つべく、剣を構える。

 そうして上段から振り下ろされる、黒剣の一撃を受け止めた。


 周囲に金属のぶつかり合う音が鳴り響く。

 それを皮切りに、再び赤い鎖が動き始めた。

 狙いは先程と変わらず、シャルロットへと定められているようだ。


 シャルロットが再度、自身の身を守るべく氷壁を展開するのを視界の端に納めながら、俺はヴォルフへの対応を余儀なくされている。

 激しく剣を打ち合いながら、俺は止むを得ず徐々に後退させられていた。それと言うのも、単純な腕力ではヴォルフの方に分があるからだ。


 以前から、ヴォルフは膂力に優れた冒険者ではあった。だが、剣術大会で戦った時よりも、遥かに腕に返る剣圧が増している。

 この短期間で、ここまで身体強化の習熟が深まることがあるだろうか。


 一つ気掛かりなのは、ヴォルフの持つ黒剣だ。

 打ち合うたびにその禍々しき気が膨れ上がっているようにも感じるその黒剣は、かつて呪術を操るオスヴァルトと言う男を追いかけた際に戦った、魔族の女が持っていたものに酷似している。

 まさか同一のものだとは思わないが、ルーツは極めて近いのではないだろうか。


「ヴォルフ、その剣、どこで手に入れた?」


 力任せに黒剣を弾き、後退して距離を稼ぎながら問いを投げかける。

 ヴォルフは口元に余裕の笑みを浮かべながら、刀身を軽く撫でて見せた。


「いい剣だろう? こいつを手に入れてから、調子が良くてな。さぁて、どこで手に入れたんだろう、な!」


「くっ!」


 ヴォルフの大振りの一撃を愛剣の刀身で受け止める。衝撃に手が痺れ、剣を取り落とさないようにするだけでも一苦労だ。

 ヴォルフの戦い方は以前立ち会った時と比べても大雑把なもので隙が大きいが、その隙を補って余りあるほどの威力を秘めていた。少なくとも、ヴォルフと互角に打ち合えるだけの力がなければ、正面からの斬り合いは不利だろう。


 かと言って、


「『石の槍(フェルズ・ランツェ)』!」


 開いた距離を利用して魔術を放ってみれば、


「無駄だ!」


 返す刀の一振りで黒い衝撃波が発生し、中空の石弾は容易く弾かれ、更には迫る衝撃から身を守るという繰り返しである。


 ――全属性の剣技であれば。


 それならば、ヴォルフとも互角以上に打ち合えることだろう。

 だが、そのためには高い集中力が必要だ。このように激しく打ち合っていては、単一の属性を剣へと込めるだけでも精一杯である。

 そして何よりも。

 俺は正面に顔を向けたまま、目線だけで周囲の様子を探る。


 氷壁を幾重にも取り囲む無数の赤い鎖。

 宙を舞いながら攻勢に転じる気を窺いつつも、攻めあぐねている様子のクリスティーネとフィリーネ。

 逃げ場を失わないよう、か細い綱を渡るように立ち回りながら、時折腰に下げたナイフを投擲しているアメリア。


 やはり俺が狙いから外れたことにより、より一層の苦戦を強いられているようだ。

 そちらの様子が気にかかり、ヴォルフだけに集中をしていられないのだ。


「余所見とは、まだ余裕があるらしいな!」


 轟、という音と共に大振りの一撃が振るわれる。力に任せた黒剣の重撃を、軌道を見極め刀身を充てることにより俺は辛うじて受け流す。

 逸る心とは裏腹に、状況は一向に好転しない。


 いや、それどころか――


 ガラスの割れるような音が響き渡り、氷の城が砕け散った。

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