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214話 火兎族の里と赤い鎖3

「シャル!」


 夥しい数の赤い鎖が後方へと殺到する様子を目にし、俺は瞬時に鎖の向かう方向へと駆け出した。その先にあるのは、小柄な少女の姿だ。

 絶えず飛来する氷弾を嫌ったのか、それとも一人遠く離れた位置から動かないために御しやすいと見たのか。男の思惑は定かではないが、シャルロットが狙われるのは非常にまずい。あの子はクリスティーネ達と異なり、近接戦闘は不得手なのだ。


 赤い鎖に取り囲まれては、たちまちのうちに捕らえられてしまうだろう。援護に向かおうと俺は地を駆けるが、それよりも鎖の方が速い。

 迫る鎖の赤波を前に、シャルロットは迎え撃つように両の手を前へと広げた。


「『大氷壁アイス・グロース・ヴァント』!」


 掛け声に合わせ、白い壁が立ち上がる。左右に広く、上下に高く伸びた氷の壁は、その身を以て赤い鎖の突進を受け止める。

 鎖はそれでも猛進を続け、氷の壁を穿たんと乱打する。白き壁は確かな力強さでそれを阻むが、鳴り響く轟音と共に白い粒子を散らしている。あのような連打を受けては、何れは打ち崩されることだろう。


 それだけには終わらない。

 正面からの突破が困難と見たのか、赤い鎖が大きく広がりを見せる。氷壁を回り込もうという動きだ。

 鎖が氷壁の表面を伝い、白い壁を赤が染めていく。そうして壁の端に到達し、その奥へと到らんとしたところで、


「『大氷城アイス・グロース・シュロス』!」


 再度、シャルロットの声が響いた。

 その声と同時に、再び白い壁が聳え立つ。

 それも、今度は前方だけではない。シャルロットを中心に、円を描くように背を伸ばす氷壁は徐々に収束し、中天で一つとなった。


 それは、シャルロットの身を守る氷の城である。

 隙間なく築き上げられたそれは、完全に外界からの干渉を隔絶していた。


「無駄ですよ」


 男の声と共に、赤い鎖が氷の城の正面を這う。それはたちまちのうちに城の中心を追い越し、やがてはすべての白を赤へと塗り替えた。

 それだけには留まらず、シャルロットを護る氷の城を、二重三重にも取り巻いていく。鈍く擦れ合う鎖の音からは、かなりの力がかけられていることがわかった。


 力任せに破ろうというのだろう。その証拠に、白い城壁は既に小さく悲鳴を上げ始めている。破られるのは既に時間の問題だ。


「させるか! 『重剛剣』!」


 裂帛の気合と共に、剣を上段から振り下ろす。

 狙いは氷壁へと絡みつく赤い鎖の根元だ。

 だが、鎖を断ち切らんと振り下ろした剣が、その半ばで止められる。金属音と共に数本の鎖を断ち切ることには成功したものの、勢いを殺され振り切るまではいかない。


 一応、鎖を切ることには成功したが、全体の量に比べれば些細な本数だ。これを繰り返して全ての鎖を断ち切るのは、匙一本で石壁に穴を開けるような行為だろう。


「シャルちゃんばっかり狙ってる場合かな?」」


「フィー達の事も、忘れないで欲しいの!」


 攻め手が緩んだところを好機と見たのか、中空のクリスティーネとフィリーネがほぼ同時に魔術を放ち、さらにそれを追って一気に高度を下げる。

 だがそれも、先程までよりは男の元へと近付けたが、その途上で鎖の束に阻まれる。


「貴方達は後回しです。まずは確実に、一人頂く」


 その言葉と同時、氷城を締め付ける力が強まった。鎖がギシギシと音を立て、白い壁に亀裂が入る。

 その間にも俺は剣を振るい鎖を斬り払ってはいるが、やはり数が多すぎる。

 また一つ氷壁の亀裂が深まり、最早幾ばくの時間もない。

 どうにか楽に鎖を切れる方法がないかと――


「そうだ、全属性なら――」


 ――考え至った。

 全属性の魔力をミスリルの剣に込めれば、容易に鎖を断ち切れるのではないだろうか。少なくとも、切れ味は飛躍的に向上するはずだ。

 未だ万全に使いこなせるわけではなく、高い集中力が必要となる。例えるなら、卵を乗せた匙を手に持ったまま動くようなものだ。それでも全属性を扱う訓練を続けたことで、匙の大きさが小匙から大匙になったくらいには上達している。

 今なら短時間であれば、剣に全属性の魔力を込めることが可能だ。


 俺は深く息を吐くと、剣へと魔力を集中させていく。

 好都合なのは、男が氷城の攻略に掛かり切りとなり、その他は防御に徹していることだ。これならば、魔力を集めることに集中できる。


 やがてミスリルの剣が虹色の光を帯び、魔力が十分に集まったことを示す。

 その剣を手に、俺は再び剣を上段に構え、


「ふ――」


 振り抜く。

 ただそれだけの動作で、束となった鎖がまとめて断ち切られた。


「馬鹿な?!」


 男から初めて動揺したような声が届くが、それには構わず二度、三度と剣を振るう。

 金属のような手応えのあった鎖はまるで紙を切るように容易く切り裂かれ、その切り離された先端を赤い粒子へと変えていく。

 氷壁を取り巻く鎖が益々その力を強める中、俺はそれを阻止すべく剣を振るった。


 やがて最後の鎖を断ち切ると同時、氷壁が音を立てて瓦解する。崩れた氷の破片が落下しながら白い粒子へと変わっていく中、その中心には傷一つないシャルロットの姿があった。

 鎖に周囲を囲まれる中、必死に抗っていたのだろう、少女は少し疲れたような顔をしていた。それでもその体に外傷がないことを確認し、俺はほっと一つ息を吐いた。


「ジークさん、ありがとうございます」


「いや、無事でよかった」


 駆け寄ってきたシャルロットの頭へと、軽く片手を乗せる。


「まさか、こうも容易く切られるとは……」


 その声に振り向けば、憎々しげな顔した男と目が合った。

 傍目から見れば容易く見えたのかもしれないが、実際にはこれでも結構苦労しているのだ。全属性の魔力を操るのは格段に集中力が必要で、その証拠に今は既に俺の剣は虹色の輝きを失っている。

 どうやら、シャルロットの無事を確認した際に気が抜けてしまい、集中力が途切れたらしい。


 だが、剣に全属性の魔力を込めれば鎖を断ち切れることはわかった。これならば、大きく躱す必要もなく懐へと飛び込めることだろう。

 俺は最終宣告を告げるように、男へと剣を突きつけた。


「攻略法は既に知れた。降参するなら今のうちだぞ?」


 鎖さえ切り裂けるのであれば、近付くのは容易とは言わないまでも、そう難しいことではない。男の操る鎖がすべて俺へと向くのであれば困難だろうが、そんなことをすればクリスティーネ達の剣が届くことだろう。

 後は数の優位を生かして攻め込むのみ。

 そう意気込む俺の前で、男は不敵に笑みを見せた。


「なるほど、大したものです。やはり保険を頼んでおいて正解でした」


「保険だと?」


 訝しむ俺だが、不意に全身の鳥肌が立った。

 脅威を感じてシャルロットを庇うように立ち、剣を構えればガツンという衝撃が両手に返る。

 少し痺れを感じる手のまま、受けた衝撃から方向を割り出せば、鎖の影から一人の男が現れた。

 剃り上げた頭で光を反射するその男は、俺の見覚えのある相手だった。


「まさか、こんなところで会うことになるとはな」


「……ヴォルフ」


 そこにいたのは、かつて俺をギルドから追放した男。

 その手には、どこかで見たような禍々しい気配を纏った、漆黒の剣を掲げていた。

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