211話 火兎の少女と物資調達2
地下倉庫から出た俺達は、手分けして倒壊した倉庫の中を探っていく。鞄に余裕はあるのだし、何か使えるものがあれば持っていきたいところだ。
「見て見てジーク、熊の毛皮だよ!」
その声に振り向いてみれば、両手を上へと伸ばして熊の毛皮をこちらへと見せつけるようにするクリスティーネの姿があった。
その熊の毛皮はなかなかに大きなもので、クリスティーネが手を伸ばしても余裕で地面に足が着いている。見た目はとても綺麗なもので、丁寧な仕事振りが窺えた。
「これ、暖かそうでいいよね? 子供達も喜んでくれるかも!」
「いや、普通に毛布を持って帰ればよくないか?」
そう言って、クリスティーネの隣を指差す。そこには壊れずに残った棚の中、木箱に入った毛布が見える。わざわざ熊の毛皮を選んで持ち帰る必要はないだろう。
クリスティーネが少し未練のありそうな目線で熊の毛皮を見ていると、フィリーネが何やら木箱を手にやって来た。
「ジーくん、魔石の入った箱を見つけたの!」
そう言って、抱えた箱を地面へと下ろす。少し重そうな様子で置かれた木箱の中には、様々な色合いをした魔石がゴロゴロと入っていた。
魔石の大きさは不揃いで、そこまで大きなものはなさそうだ。小さいものだと、親指ほどの大きさの小粒なものなどもあるが、これくらいでも魔術具をある程度は動かせるので、大切な燃料である。
「こいつはいいな。全部……だと多すぎるから、半分ほど持って帰るか。それでいいか、アメリア?」
「えぇ、構わないわ」
アメリアの了承を得て、俺はその場に腰を落とすと背負い袋から空の革袋を取り出し、その中へと魔石を詰め込み始めた。この魔石は火兎族達のものなのだし、俺達の私物と混ざらないようにしなければ。
そうしてふと、俺は隣からの視線を感じた。見れば、フィリーネが俺と同じように腰を落とし、俺へとその眠たげな赤い瞳をじっと向けている。その瞳には、何かを聞いた慰するような輝きが見えた。
「どうした、フィナ?」
「ジーくん、フィーはこれを見つけてきたの。とっても偉いの。褒めてほしいの」
そう言って、ずずいと顔を近づけてくる。それに対し、俺はほんの少し体を仰け反らせた。こんな風に押されるのは、あまり得意な方ではないのだ。
だが、それもフィリーネのおかげ……いや、フィリーネのせいで大分慣れている。そして、フィリーネの言わんとしていることにも想像がついた。
少し褒めるくらいなら、別に構わないだろう。俺は片手を伸ばすと、フィリーネの綿のような白い髪の上へと乗せる。
「はいはい、偉い偉い」
あまりにも言い方が適当だったためか、フィリーネは小さく頬を膨らませた。それでも、俺の手の感触を受けてか、小さく笑みを漏らした。
そのあまりにも単純な様子に、本当にこれでよいのだろうかと内心首を傾げるが、当の本人が幸せそうなのだ。俺の対応も、別に間違ってはいないのだろう。
「むぅ、ジーク、私はこれを見つけてきたよ!」
そう言って、どすんと音を立てて木箱が置かれる。二箱重ねられているようで、クリスティーネの手により上の箱が除かれ、二つが並べられた。
見下ろしてみれば、中には様々なものが入っているようだ。
「どれどれ、こっちが食器でこっちは……調理用の金物か。こいつも使えそうだな」
食器については完全に不足している状況だ。辛うじて人数分の器があるくらいなので、ここで見つかった意味合いは大きいだろう。
調理用の金物にしても、俺達の手持ちにはそれほど種類があるわけではない。今日のように拠点から離れて行動する場合は鍋などを分けて持つ必要があるため、こうやって余分があると荷物の選択肢が広がるのだ。
いくつか拠点で使えそうなものを持ち帰ろうと考えていると、クリスティーネがどこか期待を含んだ表情で見つめていることに気が付いた。
先程の事もありすぐに察し、俺はクリスティーネの頭を優しく撫でる。
「よしよし、偉いぞクリス」
すぐにクリスティーネはその顔を蕩けさせた。フィリーネのものとはまた違い、銀の輝く髪はすべすべとした絹のような手触りだ。
これはシャルロットの事も構ってやるべきかと考えたところで、丁度小柄な少女が大きな箱を抱えてこちらへと来るところだった。体格と比較して箱が大きいためか若干、足元がふらついている。
「ジークさん、これはどうでしょうか? 多分、魔術具だと思うんですが……」
そう言って、そろそろと箱を下ろせば、中からガチャガチャと硬質なものが触れ合う音が聞こえてきた。
覗き込んでみれば、複雑な形をした大小様々な品が無造作に詰め込まれている。
「確かに魔術具だな。こっちは水を生み出す魔術具、こっちは火が出る魔術具……こいつは見たことがないな」
シャルロットの言う通り、木箱の中に入っていたのは魔術具のようだ。ほとんどは俺の知っている魔術具だったが、いくつかは初めて目にするものも入っているようだ。
用途の分からないものでも、魔石を嵌めて動かしてみれば役割はわかることだろう。魔石もあるのだし、壊れていないかの確認も含めて一通り動かしてみるのが良さそうだ。
「いいものを見つけてきたな、シャル。よくやった」
「えっ? えっと、ありがとう、ございます」
先の二人と同じように頭を撫でれば、予期していなかったのかシャルロットは少し驚いたような顔を見せた。それも一瞬のことで、すぐにはにかんだような笑みを見せてくれる。
もしや、これはアメリアも褒めなければならないのだろうか。だが、アメリアは俺に触れられることを嫌がっていたはずだ。少し判断に迷うところだ。
そうしてチラリとアメリアの様子を窺いみれば、無言でこちらを見つけるアメリアの瞳と目が合った。その表情からは、何を考えているのか窺えない。
だが、すぐにアメリアは表情を変えた。半目を作り、冷ややかな視線をこちらへと向ける。その表情は、明らかに「働け」と物語っていた。
「貴方達、遊びに来たわけじゃないのよ?」
「あぁ、悪い」
俺は素直にアメリアへと返すと、目の前に並んだ箱の数々を見下ろした。これだけあるなら、分担した方が良さそうだな。
そうして魔石をフィリーネに、食器や金物をクリスティーネに任せると、俺はシャルロット共に魔術具の選別に入るのだった。
倉庫での作業が終わるころには、すっかりと陽が高くなっていた。半壊した倉庫から外へと出て、天を見上げて陽に手を翳す。時刻は丁度、昼時と言ったところだろうか。
「さて、どうするかな」
「ジーク、私、ちょっとお腹空いたかも」
クリスティーネがお腹の辺りへと手を当てる。俺自身、もうしばらくは平気だろうが、若干の空腹を感じているところだ。
これからのことを考えるなら、このあたりで昼食を取った方がいいだろうか。
「それじゃ、そろそろ昼にするか。場所は……どうするかな」
「適当でいいんじゃないかしら? それとも、私の家に行ってみる? 崩されていたけど、少し片づければ座るくらいはできると思うわ」
「そうだな……」
アメリアの言葉に、少し考える。里の中とは言え、勝手に人の家を使うわけにはいかない。
ほとんど野宿の時と変わらないが、アメリアの家を使わせてもらう方が少しは楽かもしれないな。
「それなら――っ! 何か来るぞ、備えろ!」
俺は大声で注意を促すと同時、腰の剣を引き抜いた。範囲はそれほど広くはないが、ある程度の範囲に広げていた風の魔術に反応があったのだ。
それは、何か多くのものが俺達の方へと迫りくる音だった。
俺の声に、クリスティーネ達も各々武器を抜き放ち、少し周囲へと散開する。
それから間髪を空けず、前方の家屋を粉砕して赤い鎖の波が姿を現した。
評価およびブックマークを頂きました。
ありがとうございます。
「面白い!」「続きを読みたい!」など思った方は、是非ともブックマークおよび下の評価を5つ星にしてください。
作者のモチベーションが上がります。




