21話 半龍族の兄妹3
陽が落ち気温が低くなる夕方頃、俺は宿でクリスティーネと向かい合っていた。
クリスティーネの兄、ヴィクトールと別れてから街へと戻り、一度冒険者ギルドで狩猟成果を精算してからは真っ直ぐ宿へと戻ってきた。それからクリスティーネとは一度別れ、各々部屋で休んでいたのだが、まだ落ち込んでいるようだ。
いつもであれば笑顔で夕食を口へと運んでいるというのに、今日は顔に陰があり所作もゆっくりとしたものだ。
悩んでいるのは間違いなく、ヴィクトールのことだろう。俺としても何とかしてやりたいが、どこまで踏み込んでいいものか悩む。ただの兄妹喧嘩と言ってしまえばそれだけの話なので、無関係の俺が口を挟むのもどうかと思うのだ。
ただ、このまま放っておくことはできない。ヴィクトールが本気であれば、クリスティーネは半龍族の里へと連れ帰られてしまうのだ。そうなると当然、パーティは解散となる。
俺としては、これからもクリスティーネとパーティを組んで活動したかった。二人なら今まで狩れなかった魔物も狩れるし、息だって合ってきたところだ。それでなくとも、この少女といるのは楽しいので、これから先も一緒にいたいと思う。
当のクリスティーネ自身も、ヴィクトールの言葉には納得していないようだった。冒険者を続けたいという考え自体は、少し時間を置いた今でも変わってはいないだろう。そうでなければ、これほどまでに悩む必要はないはずだ。
一人で悩んでいても、良い考えは思い浮かばないだろう。今、俺がクリスティーネのために出来ることと言えば、まず話を聞いてやることだ。そう思い、俺は口を開いた。
「なぁクリス、悩んでいるのはお兄さんのことだろう?」
「ジーク……うん、そうだよ。お兄ちゃん、私を連れ帰るつもりみたいだから……」
そう言ってクリスティーネは眉尻を下げた弱々しい笑みを浮かべて見せた。その表情にはどこか諦めが見て取れる。
「お兄さんはクリスを連れ帰るって言ってたが、あれは本気なんだよな?」
「うん、そうだと思う。元々、里から出るのには反対されてたから……」
クリスティーネは里を飛び出すまでにも何度か、他の街へと行ってみたいと訴えていたそうだが、兄も両親も許してはくれなかったそうだ。許可が出たのは里にやって来た冒険者と周囲の森に入るところまでで、その許可でさえ渋々認められたそうだ。
もっとも、その時の経験で外への憧れはますます強くなった上に、冒険者としてやっていけるほどにもなってしまったのだが。
「クリスは、まだ冒険者を続けたいんだよな?」
「うん、まだ全然世界を見れてないし……王都にだって、連れて行ってくれるんだよね?」
「あぁ、約束したからな」
ひとまず、一番大事なクリスティーネの意思は確認できた。クリスティーネ自身が冒険者を続けたいと考えているのなら、俺としても手伝うのは吝かでもない。さて、クリスティーネが冒険者を続けるためにはどうしたら良いか考えよう。
「しかしそうなると、どう行動すべきか……確か、クリスのお兄さんは明日の朝に、またあの場所に来るって言ってたよな?」
「うん。どうにかお兄ちゃんを説得できないかな?」
「そもそも、行かなければいいんじゃないか?」
俺の思う、もっとも手っ取り早いであろう解決策だ。そもそも、無視してしまえばいいのではないかと。そうすれば、クリスティーネが半龍族の里へと帰る必要はなくなる。待たされるヴィクトールは少々気の毒だが、俺はクリスティーネの味方をすると決めている。
俺の発言に、クリスティーネはう~んと頭を悩ませる。
「でも、また見つかったらどうするの? 今度こそ力尽くで連れ帰られちゃうよ?」
「まぁ、そうなるよなぁ……」
一度無視をしたとなれば、次こそ無理矢理連れ帰られてしまうだろう。いくら世界が広いとは言っても、クリスティーネの兄をいつまでも避けて冒険者を続けるというわけにはいかない。里を飛び出したクリスティーネを僅か数日で見つけ出した兄のことだ、次もすぐに見つけ出すかもしれない。
それに、出来ればクリスティーネの兄には妹の気持ちを理解し、応援してほしいものだ。
「どうにか説得できればいいんだが……そこのところどうなんだクリス、お兄さんは説得されて考えを変えるような人か?」
「う~ん、難しいかも……昔から何度も言ってるんだけど、許してはくれなかったから……」
確かに、昼間は取り付く島もない様子だった。そもそも、クリスティーネが里の外に出るのに反対していただけでなく、外に出たのを探して追いかけてくるくらいである。少々の説得くらいでは、ヴィクトールは折れないだろう。
そうすると、他にはどういう手段があるだろうか。俺は目の前で悩むクリスティーネへと目を向ける。考えられるとすれば、後は泣き落としくらいか。
そう思っていると、なにやらクリスティーネは決意を固めたように両の拳を握った。
「こうなったら、もう力尽くしか……」
「随分と物騒になったが……そもそも敵うのか?」
「とっても難しいけど、お兄ちゃんはあれで、力こそ正義みたいな考えがあるから……お兄ちゃんに勝てれば、冒険者として認めてくれるかもしれないの」
昼間見たときはそんな風には見えなかったが、あれで意外と力こそすべてだと考えているそうだ。そのため、半龍族の里ではクリスティーネをずっと守ってきたらしい。そんなヴィクトールだからこそ、クリスティーネが力を示せれば冒険者として認めてくれるかもしれないということだった。
問題は、ヴィクトールがクリスティーネよりも遥かに強いということだった。普通に戦ったところで、クリスティーネではまず勝てないという。
「やっぱり、不意打ちしかないかなぁ……ついて行く振りをして、後ろからこう、ゴスっと……」
そう言いながら、クリスティーネが剣を振り下ろすような動作をして見せる。相手を倒すためには効果的かもしれないが、それで勝ったところで冒険者としては認めてくれないだろう。ただ卑怯なだけである。
「いや、それで認めて貰えるかというと……それより、冒険者として認めてもらうことが目的なんだろう? それなら、俺と二人で戦えばいいんじゃないか?」
「えっ、ジークと?」
クリスティーネが驚きに目を見開くのに対し、俺は一つ頷いて見せる。
「あぁ、俺とクリスはパーティだからな。二人で力を示せれば、それは冒険者としてやっていけることの証明になるだろう?」
何も、一人で戦うのが冒険者ではない。ソロで活動する冒険者もいるが、ほとんどの冒険者はパーティを組んで活動している。そうして、仲間達と力を合わせて戦うのが冒険者というものだ。俺がクリスに手を貸すのは当たり前のことである。
二対一は卑怯だろうか。いや、クリスティーネと冒険者を続けるには仕方がない。
「そうだけど……ジーク、手伝ってくれるの?」
「もちろんだ。俺達は同じパーティの仲間だろう?」
「うん……そうだねっ!」
クリスティーネがパッと顔を輝かせる。
これで、ひとまずの方針は決まった。一応、初めは交渉を試みるつもりだが、おそらくこれは決裂するだろう予想だ。その後は冒険者としての力を示すために、ヴィクトールに二人で挑むことになる。
クリスティーネはヴィクトールが決闘を受けるだろうと予測しているようだが、俺としては受けても受けなくてもやることは変わらないと思っている。受けないというなら従う必要もないし、クリスティーネを力尽くで連れ帰ろうとするなら、結局俺達二人を相手にすることになるのだ。来る度に追い返してしまえばいいだろう。
問題は、二人掛かりでヴィクトールに敵うのかということだ。昼間見た限りでも、その場に佇んでいるだけで強い存在感とでも言うべきものを感じていた。強者の類であることは疑いようもない。
クリスティーネから得た情報では、ヴィクトールは両手に剣を持つ二刀流を操り、他にも火属性の魔術が得意だという話だ。こちらは数の有利を生かし、挟み撃ちする形で立ち回るのがいいだろう。
そうして、この日はクリスティーネとヴィクトール対策として夜遅くまで話し合うことになった。




