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207話 火兎の少女と洞窟暮らし5

 洞窟から外へと足を運び、陽の光を受けて深呼吸を一つ。そろそろ、昼食が近い時間だろう。広場を見渡してみれば、クリスティーネとフィリーネの姿はなかった。どうやら、まだ出掛けているらしい。

 広場の片隅では、シャルロットが小柄な体で懸命に大鍋をかき混ぜている姿がある。今日の昼食は、シャルロットと火兎族の少女達の手によるものである。


 その間、俺が何をしていたかと言うと、いくつかの設備を整えていた。

 初めに用意したのは水飲み場だ。喉が渇くたびに、俺やシャルロットが魔術で水を生み出すというのは現実的ではない。

 それに、俺達はこれから先は外へと頻繁に出掛けることになる。そうなったとき、飲み水に困るという事態は避けたい。


 そんなわけで、洞窟内の壁際に水を溜め込む貯水槽を土魔術で作り上げた。壁面に取り付けられた栓を空ければ、水が出てくる仕組みである。流れ出た水は、水路を通って壁の外へと送られる仕組みだ。

 水を止めるための栓は、アメリアが木を削って用意してくれた。手持無沙汰だったようで、意外に快く引き受けてくれた。そうしてアメリアは器用にナイフを操り、隙間にピタリと嵌まる栓を作り上げた。

 水を出す魔術具でも代用は可能だが、燃料となる魔石の確保が問題となってくる。基本的には貯水槽の水を利用し、貯水槽の水がなくなれば、一時的に魔術具を頼ることになるだろう。


 貯水槽を作った後は、用を足すための厠を作った。これも、生活には必須となる設備だ。諸事情のため、男女一つずつである。

 厠の構造だが、まず扉は作れないので、石壁で折れ曲がった通路を作った。使用中のところに不幸にも他者が入ってしまわないよう、使用中の木札を吊り下げる仕組みとした。これで、恥ずかしいところを見られることはほぼないだろう。


 肝心の用を足すところだが、縦穴を掘り、中に汚物を処理するための魔術具を設置した。この魔術具が二つしかなかったために、男女一つずつしか作れなかったのだ。

 魔術具自体は、割と一般的に流通しているものである。町の魔道具屋に行けば、まず間違いなく買うことが出来る代物だ。


 冒険者でこの魔術具を持ち歩いているのは、少し珍しいかもしれない。少なくとも、マジックバッグがなければ持ち歩くという選択肢は取れないだろう。

 魔術具自体は、全体的に薄い黄色をしたやや不定形のぶよぶよとしたものだ。どういう仕組みなのかは知らないが、汚物を処理してくれる効果がある。


 直接触れると触れた部分が赤く腫れてしまうので、取り扱う際は革手袋の着用が必須だ。保管の際は壺に入れることが推奨されており、俺はさらにその上から革袋に入れている。

 魔術具のおかげで汚くはないとはいえ、やはり衛生的にな。

 ひとまず、魔術具を設置することで厠は完成した。


 最後に作ったのは風呂場だ。衛生面を考えれば、ただ体を拭くだけよりは風呂が欲しいところだ。

 そんなわけで、洞窟を少し拡張し、外にせり出した浴場を作り上げた。眺めが良い方がいいだろうと、無駄に階段を上がった二階の高さにある風呂場だ。


 広い洗い場に、女性陣がまとめて入れるだけの浴槽を用意した。少々広すぎる気もしたが、俺やシャルロットの水魔術であれば水の確保は容易だし、火兎族達の火魔術があればお湯にするのも簡単だ。

 後は、機能的には十分だが、少々殺風景なところが気になるな。なにせ、素材はすべて石なのだ。眺めが悪くないことだけが救いだろうか。後程、何か石像でも作っておこうか。


 さて、他に何か作るものはあっただろうか、などと考えていると、


「なぁなぁ、兄ちゃん!」


 不意に、背後から声を掛けられた。

 振り向いてみれば、俺の後ろに小柄な姿があった。この洞窟で一時的に暮らす、火兎族の子供の一人である。活発そうな見た目をしており、その瞳には何やら好奇心の色が見えた。

 さらに、その少年から少し離れて、二人の少年の姿も見えた。心配そうにこちらの様子を窺う気弱そうな少年と、少しぼんやりとした様子の少年だ。


 俺は軽く膝を曲げると、目の前の元気そうな少年と目線の高さを合わせた。


「何か用か? 確か……カイだったな」


「兄ちゃん、冒険者なんだろ? 剣振ってるところ見せてくれよ!」


「ちょっと、カイ、やめなよ……」


 気弱そうな少年が後ろから声を掛けるが、カイには聞こえていないようで、その瞳を期待にキラキラと輝かせている。

 少年の声を受け、俺は少し考え込む。昼食まではもう少し時間もあるようだし、剣を振っている姿を見せるくらいは簡単なことだ。

 それに、折角の希望なのだ。子供達とはもう少し仲良くしておきたいし、子供の期待を裏切るのも忍びない。


「あぁ、お安い御用だ。少し離れていてくれ」


 そう告げ、カイが他の少年の傍へ駆け寄るのを見届けてから、俺は腰に留めたミスリルの剣を抜き放つ。それだけで、少年達はミスリルの輝きに目を奪われたようで大口を開けた。

 その反応に思わず苦笑を漏らしつつ、俺は正眼に剣を構える。それから、いつも訓練でやっているように、鋭く剣で空を切り裂いた。


 二度、三度と剣を振るう度、少年達から感心したような声が漏れる。

 正直に言うと、ちょっと気分が良かった。


「すっげー! なぁなぁ兄ちゃん、なんか技とかないのか?」


「技? あぁ、剣技か」


 確かに、ただ剣を振るよりも剣技を交えたほうが子供受けはしそうなものだ。無属性の剣技だと少しわかり辛いので、視覚的にもわかりやすい属性剣技を見せてやるのが良いだろう。

 一目でわかりやすいのは……炎剣技だろうか。


「『火炎剣』!」


 一歩踏み込み、言葉と同時に剣を切り上げれば、炎を纏った剣が赤い軌跡を描く。火の粉が直線を描く光景は、いつ見ても幻想的なものだ。

 だが、以外にも子供達の反応は先程よりもいまいちだった。


「そんな感じのなら、見たことあるな!」


「ん? あぁ、そうか」


 彼らは炎の魔術を得意とする火兎族なのだ。俺の今見せた炎剣技のようなものは、里の大人達でも使うことが出来るのだろう。少し、見せる剣技を誤ったようだ。

 それならばと、俺は再び腰だめに剣を構える。


「なら、これはどうだ? 『流水剣』!」


 剣の軌跡を追って、水の飛沫が湧き上がる。それは刹那の時間を以て、中空を水色に染めていった。

 今度は子供達も素直な反応を見せた。歓声を上げ、小さな手で柏手を打つ。


「さらに……『絶氷剣』! 『残光剣』!」


 俺が剣を振るうたび、氷の礫が、光の粒子が中空を彩る。

 俺が剣を振るう毎に、子供達のテンションも鰻上りである。カイだけでなく、他の少年達も歓声を上げて手を打ち鳴らしている。


 こうも素直な反応を見せられると、益々応えたくなってくる。

 俺は剣を両手で腰溜めに構え、一気に魔力を練り上げた。


「そしてこれだ! 『風炎の裂衝剣』!」


 赤と緑の光が煌めき、斬撃が正面の地面を抉る。風が吹き荒れ、俺の前髪が小さく揺れる。

 そうして飛んでいった斬撃が――


 ――正面の石壁を破壊した。


「あっ」


 思わず構えを解くが、そんなことでは時は戻らない。ガラガラと音を立てて崩れ落ちる石壁の向こう、開いた隙間からは森の木々の様子が見えた。

 衝撃に驚いたのだろう、森の中から鳥達が大騒ぎをしながら飛び立っていく。


「すっげぇぇぇぇぇっ!」


 少年達は大喜びだが、俺の内心はやっちまったなという思いが否めない。

 気まずげに視線を横へと向ければ、料理中の少女達の様子が目に入った。シャルロットは宝石のような瞳をぱちくりと大きく見開いており、火兎族の女の子たちは少し怖がった様子でベティーナやロジーナの陰に隠れている。

 それからアメリアは、完全に呆れた様子で俺の方へと半目を向けていた。


「……何やってるの」


「……すまん」


 俺は素直に謝罪を口にした。

 そこへ、上空からクリスティーネとフィリーネが勢いよく降りてきた。どうやら偵察から戻ってきたようだ。


「ジーク、大丈夫?!」


「なんだか、すごく大きな音が聞こえたの」


「……すまん」


 俺は大急ぎで戻ってきた様子の二人へと、事の次第を説明するのだった。

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