205話 火兎の少女と洞窟暮らし3
背中を硬い岩盤に預け、俺は小さく息を吐く。疲労困憊と言うわけではないが、少し眠くなるような心地よい怠さを感じている。やはり、長時間魔術を使用するのは疲れるものだ。
ぼんやりと前方へと目を向ければ、魔術具の明かりが洞窟内を柔らかく照らす向こう、左右に長く伸びた壁があるのが目に入る。あれが、今日の俺の努力の成果である。
俺は午後いっぱいの時間を使って、この拠点を護るための防壁を築いていたのである。崖に沿って半円状に築き上げられた防壁は、高さは俺が手を上へと伸ばした程度のものだ。
身体強化をした俺なら優に飛び越えられる程度の防壁だが、それくらいでも十分に外敵の侵入を防いでくれることだろう。少なくとも、野生動物やゴブリンなどを気にする必要がなくなるのは大きい。
外壁の内側には一応、何箇所かに階段を設けている。最も、身体強化をして飛び乗った方が早いので、俺が使用することはないだろうが。
俺が作り上げた防壁には、出入口は存在しない。と言うのも、扉を用意できないからだ。残念ながら、木を削りだして扉を作るには道具がないし時間もかかるし、そもそも作ったこともない。
石扉なら土魔術で生成できるかもしれないが、重すぎて動かすのに身体強化が必須となる。そんなことになるくらいなら、防壁を飛び越えたほうが早いだろう。
子供達が容易に外へと出ることが出来なくなるが、不用意に出られても危険なので、むしろこの方が良いだろう。防壁内もそれなりのスペースがあるため、子供達には壁の内側で過ごしてもらおう。
これで、目先の安全は確保されたわけだ。もちろん見張りを立てないというわけではないが、それでもある程度は安心して眠ることが出来るだろう。
そうして左側へと目を向ければ、毛布の山が目に入った。その山の中、火兎族の子供達が思い思いの姿で横になっているのが目に入る。
あそこにある毛布は、すべて俺達が持っていたものだ。この辺りが氷の属性の強い土地だということは知っていたため、野営に備えて多めに毛布を用意しておいたのだ。
そのお陰で何とか、全員分の毛布は確保することが出来た。いくら平らに均したとはいえ、洞窟内の床は石製だ。毛布に包まりでもしなければ、その硬さに寝るのも一苦労である。
子供達の傍では、ベティーナとロジーナと共に、アメリアも子供達を寝かしつけていた。子供達を見る目は慈愛に満ちたもので、旅の間にはあまり見ることのなかった優し気な眼差しだった。
「ジークさん、お隣、いいでしょうか?」
その声に顔を上げれば、毛布を胸元に掻き抱いたシャルロットの姿があった。
おずおずと言った様子の少女へと、俺は隣の岩肌を軽く叩いて見せる。
「あぁ、構わないぞ。おいで、シャル」
「えへへ、失礼します」
シャルロットは顔を綻ばせ、毛布を広げて俺の隣にちょこんと腰掛ける。そうして小柄な体を毛布で包み、胸元で小さく両手を擦って見せた。
「やっぱり、夜は少し冷え込みますね」
「本当にな」
言葉を返し、小さく息を吐く。吐いた息が白くなるほど気温は低くはないが、それでも王都の夜とは比べるべくもない。
特に、昨夜は宿の室内だったのに対し、今は屋外なのだ。少しでも洞窟内を温めようと焚火をしているのだが、あまり効果的ではないようだ。
いっそのこと、入口も岩で塞いでしまえばより安全に、そして暖かくもなるのかもしれないが、それだと空気がなくなってしまう。それに、閉塞感だって増してしまうのだ。
何よりも、俺の魔術がなければ外に出られないという状況は避けるべきだろう。何かあった時のためにも、出入りは自由にできたほうがいい。
そう言うわけで、洞窟内は少し気温が低いのだった。それも、毛布に包まっていれば耐えられるくらいである。
だが、シャルロットは寒いのか小さく身を震わせた。そうして毛布を胸元へと掻き抱いた。
「寒いのか、シャル?」
「えっと、少しだけ……」
そう言って、眉尻を下げて小さく笑みを見せた。
さて、どうしようか。追加の毛布を渡そうにも、既に予備の毛布も含めて出してしまっている。焚火にくべる薪を多少増やしたところで、大した温度の上昇は見られないだろう。
そこで、いいことを思いついた。
「それなら……よっと」
「えっ? ひゃっ」
俺はその場に立ち上がり、シャルロットの小柄な体を抱き上げる。そうして再び、その場へと腰を下ろした。俺の前に、シャルロットが座る形である。
背中を岩壁へと預ける膝の間、小柄なシャルロットの体がすっぽりと収まった。そうして一枚の毛布を広げ、俺とシャルロットをまとめて包み込む。
「ほら、これで少しは寒くなくなるんじゃないか?」
「えへへ、暖かい、です」
シャルロットがほにゃりと顔を蕩けさせる。
腕の中のシャルロットは暖かく、まるで天然の湯たんぽのようだ。そうしてくっつきあっていると、シャルロットの鼓動がわかるほどだった。
「あっ、シーちゃんばっかりずるいの!」
その声と共に、軽い衝撃を受けた。その方向へと目を向ければ、至近距離にフィリーネの顔があった。その綿のような髪が頬に触れ、少々こそばゆい。
クリスティーネは俺へと思い切り抱き着き、その白翼でシャルロットごと俺を包み込んだ。白の羽根はふかふかで、まるで高級な羽毛布団に包まれているようである。
「んふふ、こっちの方があったかいの」
「まぁ、確かにな」
普段であれば溜息の一つでも漏らしているところだが、今夜の外気を考えれば一箇所にまとまっている方が暖かくて過ごしやすいだろう。
そんな俺の態度をどう受け取ったのか、フィリーネがますます腕の力を強め、俺へと密着してきた。決して嫌と言うわけではないが、やはり腕に触れる柔らかさなどが少々気になるな。
「いいなぁ、それなら私も!」
そんな声と共に、今度はフィリーネの反対側から軽く押される。そちらへと顔を向ければ、クリスティーネのいい笑顔と目が合った。フィリーネと同じように、体全体で俺へと抱き着いている。
腕の中にシャルロットを抱え、左右から二人の少女に抱き着かれた俺は大層暖かい。随分と居心地はいいが、さすがに少し気恥しいな。
「クリスは見張りをするんじゃなかったのか?」
今夜のところは俺とクリスティーネ、それにフィリーネの三人で交代をして見張りをする予定である。
ベティーナとロジーナは連日奴隷狩り達から隠れることに疲れているだろうし、アメリアだって今夜くらいは同族たちと過ごしたいことだろう。シャルロットはまだ小さいので、よく寝てよく育ってほしい・
見張りの順番はクリスティーネ、俺、フィリーネの順番だったはずだ。睡眠時間をまとめて取れない、真ん中に俺が配置されている。
この中では、俺が最も早起きだからな。多少睡眠時間が短くなったところで、さして支障をきたさないだろう。
「えへへ、ちゃんと起きてるから大丈夫!」
「まぁ、それならいいか」
元より、見張りをするのは万が一のためだ。崖の周り一帯は壁で囲んだことだし、外敵が侵入してくるようなことは早々ないだろう。
そこでふと、視線を感じて左手へと目を向ける。俺に頭を擦りつけるフィリーネの向こう側、子供達の傍に佇むアメリアが、何やら俺の方へと目を向けていた。
ジトッとした、少し冷ややかな目線である。それも、俺と目が合ったかと思えばふいっと逸らされてしまった。
俺が少女達に囲まれているこの状況に、何か物申したいような様子であった。決して、俺自身が望んだ状況ではないことを、心の中で言い添えておこう。
評価およびブックマークを頂きました。
ありがとうございます。
「面白い!」「続きを読みたい!」など思った方は、是非ともブックマークおよび下の評価を5つ星にしてください。
作者のモチベーションが上がります。




