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201話 火兎の少女と隠れ里6

 建物の影から現れた男達は続々とその数を増やし、俺達を取り囲むように半円状に広がった。その数は全部で十人余りと言ったところだ。

 一般人が偶然通りかかったにしてはここは人里から離れすぎているし、冒険者にしては些か人数が多すぎる。そして何よりも、男達が俺達へと向ける目は、どこか獲物を見るような嫌な視線だった。


 少なくとも、友好的な存在でないのは間違いない。俺は右手に剣を構えたまま、油断なく周囲へと視線を向けた。

 すると、俺の正面に立つ男が武器を肩に担ぎ、一歩こちらへと近づく。


「はっ、お頭の言う通り、生き残りがいるじゃねぇか! ……で、お前は何だ?」


 お前と言うのは、俺へと宛てた言葉のようだ。さて、何と答えたものか。

 男達の態度と生き残りと言う言葉から、男達の正体にはある程度見当がついている。しかし、ここは慎重に、男達の出方を窺いたいところだ。

 俺は男達を刺激しないよう、言葉を紡ぎ出すことにした。


「俺達は通りすがりの冒険者だが、そういうお前達は?」


「なんだ、ただの冒険者か。お前に用はないから引っ込んでろ。ただし――」


 男はそこで一度言葉を切り、その太い指を俺達へと向ける。


「そっちの女達は置いて行ってもらおうか」


 そう言って、下卑た笑みを浮かべて見せる。

 俺はその男の発言に若干苛つきながら、傍らのアメリアへと小さく問いかける。


「なぁアメリア、こいつらって……」


「奴隷狩りよ。それ以外にないでしょう」


「まぁ、そうだよな」


 前以て予想していただけに、驚きはない。そもそも、こんな人里離れた場所に武装した男達が集団で訪れたとなれば、今はそれ以外に考えられなかった。

 さて、相手が奴隷狩りだとわかった以上、遠慮は必要ないだろう。今後のことを考えると、ここで二、三人程捕らえられるとよいのだが。


「悪いが、従うわけにはいかないな」


「お前の意見なんて聞いてねぇよ。それともお前、この人数差でやり合うつもりか?」


 そう言って、男は馬鹿にするように余裕の表情で笑った。

 だが、この人数差とは言っても高々こちらの人数の倍でしかない。少し前にオーガの大群を見た身としては、まったく恐れるような状況ではないのだ。

 そんな俺の態度に業を煮やしたのか、男は顔から笑みを消して武器を構えた。


「いい度胸じゃねぇか。後悔しても遅ぇぞ!」


 そう言い切ると同時、男達が一斉に動いた。

 なるほど、奴隷狩りと言えどもそれなりに訓練はしているようで、その動きには連携の文字が見えた。俺に向かってくる三人の男の動きは鋭く、構えた剣が同時に振るわれることが予測される。


 男達の攻撃を後手で受けては苦戦が予想されるが、先手を取れば対処は容易だ。

 故に、俺は矢継ぎ早に魔術を行使した。

 中空に生み出した光の盾に男の一人が激突し、射出した岩塊を顔面に受け、もう一人の男が後方へ倒れ込む。


 そうして残った最後の男の一人へと、


「『裂衝剣』!」


 掬い上げるように斜め下から剣を振り上げた。

 まともに当たればそれだけで相手の命を容易く奪える一撃だが、さすがに手加減はしている。その証拠に、俺の剣は相手の剣を折り砕くだけで、男には一切の外傷を与えていなかった。


 だが、それだけで効果は十分だったようだ。

 男は信じられないといった様子で自らの手にある剣に目を落とし、次いで先程までの勢いが嘘のように消え、怯えをその瞳に滲ませた。さらに、焦りを含んだ様子で左右へと目を向ける。


 それに釣られたわけではないが、俺も仲間達の様子を確認するために視線を素早く左右へと振った。

 だが、やはり心配は必要なかったようだ。

 クリスティーネ達の前では、多かれ少なかれ負傷を負った男達が、怯えを含んだ瞳や警戒の眼差しで距離を取っている。

 唯一気掛かりだったベティーナとロジーナでさえ、男達の撃退に成功していた。


 そう言えば、と俺は以前にアメリアと交わした会話を思い出す。

 奴隷狩り達が火兎族の隠れ里へと攻め込んできた際、火兎族達は優位に事を進めて行っていたと言っていた。それが赤い鎖の男によって覆されたということで、雑兵達には決して後れを取ってはいなかったのだった。

 それならば、ベティーナとロジーナが男達を相手にも優勢に立てるのは不思議なことでは決してない。


 男達もその事は身を以て知っているはずなのだが、先程までの余裕の態度はいったい何だったのだろうか。その事をすっかり忘れてしまっていたというわけはないだろうし、大方、俺以外が何れも年若い少女達だったから侮っていたのだろう。


「おい、こいつら強ぇぞ!」


 焦りを隠しきれない声で、俺の正面の男が騒ぎ出す。それを皮切りに、周囲の男達も狼狽えた様子で男の周囲へと集まりだした。

 既に男達から戦意は失せているようで、形だけ俺達へと武器を向けたままじりじりと後退りを始めた。


 どうやら敵わないとみて逃走を計ろうとしているらしい。その決断の速さには正直舌を巻くが、だからと言って素直に逃がしてやる義理はない。

 この男達は、アメリアの仲間達を探し出す絶好の手掛かりなのだ。


「まさか、逃げられるなんて思っていないよな?」


 そう言って、俺は男達へと一歩踏み込む。男達の様子を見ても、伏兵がいるということはないだろう。俺達の勝利は揺るぎない。

 男達がこの様相であるなら、一人残らず捕らえることが出来そうだ。俺としても、男達が大人しく投降するのであれば、必要以上に傷つけるつもりはない。


 だが、そんな俺の思いとは裏腹に、正面の男は焦りを隠しきれない表情のまま、ニヤリと唇の端を持ち上げた。

 何か、まだこの状況を打開するような手立てがあるとでもいうのだろうか。

 訝しむ俺の前で、男は懐へと手を伸ばした。


「こういう時の、奥の手ってのがあるんだよ!」


 奥の手を切るにしては随分と性急な気がするが、それだけ向こうも焦っているのだろう。

 何をするつもりかと一歩踏み出したところで、男が懐から取り出した何かを勢い良く地面へと叩きつけた。

 何かが割れると同時に、身構えるよりも早く変化が訪れる。

 俺達と男達とを隔てるように現れたのは、無数の赤い鎖の壁だった。


「なっ?!」


 現れると同時に襲い掛かってきた赤い鎖を、俺は跳び退ると同時に斬って捨てる。そうして正面から目を逸らさないまま、隣のアメリアへと問いかける。


「こいつが赤い鎖の術者か?!」


「いいえ、違うわ! 私が見たのは、こいつじゃない!」


 この状況で、アメリアが俺に嘘を吐くはずがない。では、どういうことだろうか。

 考えられるとしたら三通りだ。


 一つは、赤い鎖を操る術者が複数いる場合だ。それなら、アメリアが見たのとは別のこの男が、赤い鎖を操ることも可能だろう。

 だが、それなりに魔術関連の知識があると自負している俺でさえ、赤い鎖を操る魔術については聞いたことがない。そんな希少な魔術を扱う者が、複数いるとは考え辛い。


 二つ目は、赤い鎖を操る魔術が実は魔術具由来の力で、それを男が譲渡されている可能性だ。赤い鎖を操る力が受け渡し可能だとすれば、複数の男がその力を使えることにも納得がいく。

 だが、この赤い鎖のような強力な力を操ることが出来る魔術具と言うのは、使い手を選ぶと聞いたことがある。偶々この奴隷狩り達の中に、適合者が二人もいたとでも言うのだろうか。


 最後の可能性は、実際に赤い鎖を操る力を持つ男が別にいて、その男から目の前の男が部分的な力を借り受けている場合だ。

 魔術の力を簡易的な魔術具のように固めて、誰でも使用できるようにすることが出来るという話は聞いたことがある。その話のように、赤い鎖を操る力の一部を行使したのではないだろうか。


 想像は尽きないが、今は考えることは後回しだ。

 それよりも、現状への対応が先決である。

 俺達は互いに背中合わせとなり、縦横無尽に襲い掛かる赤い鎖との戦闘に臨むのだった。


 そうして夢中で剣を振るうことしばらく、クリスティーネの剣が閃き、最後の赤い鎖が断ち切られた。切り離された赤い鎖は、いつかのように赤い粒子となって中空へと溶けるように消えていく。

 それを見送り、一息ついた時には、男達の姿は影も形もなかった。

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