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200話 火兎の少女と隠れ里5

「なっ?!」


 塀を飛び越えて現れた二つの人影に、俺は思わず剣を引き抜く手を止めた。

 これが、現れたのが魔物であれば、躊躇することなく一刀のもとに斬り捨てていたことだろう。

 だが、現れたのは俺達と同じ人に属する者、それも赤い髪に側頭部から斜め下へと伸びる大きな兎の耳を持つとなれば話は別だ。それは、明らかにアメリアと同じ火兎族の少女達であった。


 二人の少女は、左右から俺の方へと身を低くして迫ってくる。向かって左、ショートカットの少女が地を蹴り、中空でくるりと一回転をすると上段からの踵落としを繰り出した。

 その脚はいつかのアメリアのように、炎を纏っている。


「くっ」


 まさかまともに受けるわけにはいかないが、かと言ってアメリアの同族を傷つけるわけにもいかない。

 判断に迷った俺は、咄嗟に鞘に納めたままの剣で迫る炎蹴を受け止めた。ミスリル製の剣を納めるための鞘は相応に頑丈なもので、少女のしなやかな脚を確かな感触で防いでくれる。


 だが、俺へと迫る少女はもう一人いる。

 右から迫ってきた長い髪の少女が、両手を地に着き斜め下から掬い上げるように俺へと回し蹴りを放ってきた。その脚にはやはり、炎を纏っている。


 魔術を紡ぐほどの時間はない。

 俺はダメージ覚悟で身体強化をした身で以て受け止めようと歯を食いしばり、


「やっ!」


 鈍い音と共に、右の少女の蹴撃が止められた。見れば、クリスティーネが俺と同じく鞘に納めたままの剣で少女の足を止めている。

 火兎族の少女達はそれ以上押し込めないと見るや、すぐに脚を引き俺達から距離を取った。それでも戦う意思を放棄したわけではないようで、油断なく俺達へと鋭い目線を向けている。


「助かった、クリス」


「んっ! でも……」


 クリスティーネが戸惑ったように言葉を溢す。俺としても、火兎族の少女達に襲われるような覚えがない。

 いくら俺が火兎族に嫌われる人族だとは言っても、そこまで好戦的と言うわけではないだろう。現に、アメリアにだって出会った直後に襲われては……いや、火は吹かれたな。


 ともかく、何か弁明が必要だろう。


「俺達は――」


「この里に、人族が何の用だ!」


「ベティー、そんなの決まってるのぉ。こいつらも、奴らの仲間よぉ」


「ロジーもそう思うか? 私も同意見だ。どうせ以前のように、私達や子供達を捕らえに来たんだろう」


 二人が言葉を交わし合う内容から、どうも俺達は奴隷狩り達の仲間だと思われているらしいと察する。

 考えてもみれば、アメリアによると奴隷狩りが来る以前に外部から人がやってくるようなことはなかったようだ。そんな火兎族の隠れ里へと人族がやってくるなど、少女達にしてみれば奴隷狩り以外に心当たりがないのだろう。

 なるほど、出会い頭に襲われるわけである。


 とにかく、早急に誤解を解く必要がある。だが、未だ戦闘状態を解かない少女達の前で武装を解除するわけにはいかない。俺だけが蹴られるくらいならまだ耐えられるが、こちらにはクリスティーネ達がいるのだ。

 何とか怪我を負わせることなく制圧できないかと考える俺を待つことはなく、少女達が再び地を蹴った。


 対する俺は仕方なく、再び鞘に納めたままの剣で対処を試みようと構え、


「待って!」


 俺達と少女達との間に、赤毛の少女が割り込んだ。

 先程まで俺達から少し離れ、倒壊した自宅を眺めていたアメリアだ。どうやらこちらの騒ぎに気が付いたらしい。


「アメリア?!」


 火兎族の少女達が躓いたように足を止め、揃ってアメリアの名を呼ぶ。その反応を見るに、おそらくは今の今までアメリアの存在に気が付いていなかったのだろう。

 少し離れていたからな、塀の影にでもなっていたのだろう。そうでもなければ、同族であるアメリアに何らかの反応を示していたはずだ。


 これでようやく話が出来そうだと体から力を抜く俺の前で、火兎族の少女達はアメリアの体を両側から掴み、ずるずると俺から距離を取らせた。


「離れて、アメリア!」


「丁度いいのぉ、アメリアにも力を貸してほしいわぁ」


「えっと、二人とも、落ち着いて話を聞いてほしいの。この人族は大丈夫だから……」


 未だ興奮した様子の少女達を、アメリアが宥める。俺達は下手に刺激しないほうがいいだろうと、少女達から数歩距離を取る。

 そうして二人が落ち着くまでには、今しばらくの時間を要するのだった。




「なるほど、そんなことがあったのか」


 ショートカットの赤髪の少女が、腕を組み納得の頷きを見せる。アメリアから、俺達がこの火兎族の隠れ里へと至った経緯について、一通りの説明を終えたところだ。

 俺達の前に現れた二人の少女は、やはりこの里に住む火兎族で、アメリアの友人だという。それを聞いて改めて見てみれば、確かに三人は同年代に見えた。


 アメリアの話に頷いて見せたショートカットの少女は、名をベティーナというそうだ。少し吊り気味の瞳に、勝気な雰囲気を纏っている。

 服装に頓着がないのか、随分と無装飾な衣装からは健康的な肢体が覗いている。ただ一つ、首には獣の牙をつなげたような不揃いな首飾りが下げられていた。


 そしてもう一人、長い赤髪を腰のあたりで一つ結びにしている少女がロジーナと言う。柔らかい雰囲気を与える垂れ気味の瞳に、豊満な胸が特徴的な少女だ。

 身に纏う衣装はベティーナと対照的に、細部に至るまで緻密な刺繍が施されていた。


「あんた達、さっきは悪かったな。てっきり、また奴隷狩りの奴らが来たのかと思ってよ」


 そう言って、ベティーナが快活に笑って見せる。とても悪かったと思っているようには見えない態度だが、不思議と嫌には感じないな。


「別に気にしてないさ。そっちの事情もわかってるしな。だが……」


 そこで俺は一度言葉を切り、ベティーナとロジーナの顔を交互に見た。二人とも、先程俺達と敵対したとは思えないほどに普通の態度である。

 それ自体は歓迎するべきことなのだが、以前のアメリアの態度を見ていると、少し不思議に感じることがあるのだ。


「俺が言うのも何なんだが、二人とも、人族である俺に対して思うところはないのか?」


 今でこそアメリアは俺に対して、大分柔らかい態度を取るようにはなっている。それはノルドベルクの町を発ってから特に顕著だ。さすがに昨日のように不用意に触れれば怒られもするが、出会った当初のように無意味に睨まれるような事態はなくなっている。

 だが、目の前の二人は先程こそ当時のアメリアと遜色のない眼差しだったが、既に今のアメリアと同じくらいには普通の態度を取っている。それが、俺には不思議に思えた。


「そりゃ、今でも人族は嫌いだけどな? ただ――」


「アミーが大丈夫だっていうならぁ、間違いないしぃ?」


 どうやら、アメリアの言葉が二人にとっては俺の予想以上の意味を持っていたらしい。それだけで、三人の間にある絆の大きさが垣間見えるようだった。


「けど、二人が無事でよかったわ」


 そう言って微笑むアメリアの表情は、俺達と旅した間には見たこともないほどに明るいものだった。火兎族の里が襲われ、ともすれば奴隷狩りに攫われていてもおかしくはなかった友人二人がこうして無事だったとなれば、嬉しくも思うだろう。

 その言葉に、少女達二人も笑顔で応じる。


「あたしとロジーは子供達と地下食糧庫に隠れていて見つからなかったんだよ。でも、まさかアミーが無事に帰ってくるとは思わなかったな!」


「アミー、他の人達はぁ?」


 ロジーナの言葉にアメリアは目を伏せ、ゆるゆると首を横に振って見せる。それを見て、二人も小さく肩を落とした。


「私は運よく逃げられたけど、他の皆は捕まったままだと思うわ……二人の方も、他に仲間は?」


「あたし達の他には、子供達が六人ほどいるぜ! それで、今まで一緒に食糧庫に隠れてたんだけどな……」


「そろそろ残りの食料も少なくなってきたしぃ、たまにだけど、まだ奴隷狩りの奴らがこの村に来ているみたいなのぉ。それでぇ、私とベティーはどこかに行くべきだって思ってるんだけどぉ、行くところなんてどこにもないしぃ?」


 火兎族の生き残りでも探しているのか、奴隷狩りが未だに訪れるのであればおちおち寝ることもできないだろう。かと言って、他の場所に別の火兎族の村があるわけでもない。

 シュネーベルクの町は近いが、火兎族の者達、特に子供達がいるとなれば町にも行き辛いというのはわかる。

 なるほど、困った状況だな。


「なぁ、アミーはどう――」


「静かに」


 俺はベティーナの言葉を遮ると、腰を上げて剣へと手を添える。それを見て、クリスティーネ達も各々の武器を構えた。

 周囲の音を探るように、アメリアの大きな耳がぴくぴくと動く。


 やがて、倒壊した建物の影から、武器を持った男達が現れた。

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