2話 王都出立
ギルドを追放となった俺は、借りている宿屋へと戻っていた。この王都グロースベルクの街にやってきて以来、ずっと借りている宿屋だ。
もはや自室と言ってもいいくらいである。部屋はそれほど大きくはなく、中にあるのはベッドの他には小さな机と椅子くらいなものだ。
その宿屋の一室で、ベッドに横になり天井を仰ぎながら考えるのはこれからのことだ。
ギルドマスターであるヴォルフから追放を突きつけられた以上、もうギルドには戻れないだろう。そうなると、これからどうするべきだろうか。
まず、冒険者は続ける。これは決定事項だ。
まだ何も成していないような状況で、今更故郷にすごすごと帰るわけにもいかず、一流の冒険者になるという夢も諦めてはいない。
まずは一人で冒険者として過ごすのがいいだろう。元々、ギルドでも固定のパーティを組んではいなかったのだ。
たまにギルドの新人達とパーティを組むこともあったものの、基本的には一人で依頼を受けていた。ギルドを追放となった今でも、やることはそんなに変わらないだろう。
幸い、ギルドに所属していない冒険者が依頼を受ける場所として、冒険者ギルドという場所がある。そこに行けば仕事にはありつけるはずだ。
もしくは、別のギルドに所属するという手もある。どこか別のギルドであれば、俺を受け入れてくれるところもあるはずだ。
「だがなぁ……」
俺はギルドを追放されたばかりである。今すぐ他のギルドに所属するというのは、なんとなく気が進まない。しばらくは一人で気ままに冒険者生活を続けるのがよさそうだ。
「いやいや、ここは前向きに考えよう。ギルドに縛られなくなったってことは、別に王都に拘る必要もないんだよな」
折角なので、別の町に行ってみるというのはどうだろうか。
故郷からこの王都に辿り着いて二年、多少依頼で遠出をすることはあったものの、ほとんどを拠点であるこの王都で過ごしていた。良い機会だし、別の町へ行ってみるというのも面白そうだ。
それに、この町に居続けるといつ元のギルドメンバーに合うかもわからない。ギルドを追放となった身で、元のギルドメンバーと街中で会うのはなんとなく気まずいものがあった。他の街へ行けば、そうそう出会うこともないだろう。
そうと決めれば、行動は早い方が良いだろう。俺は翌朝、この王都を出ることを決めた。
明けて翌朝、朝食を取った俺は長らくお世話になった宿屋を後にしていた。すっかり顔なじみになっていた店主に別れを告げ、町の外を目指し歩みを進める。
目的地はここグロースベルクの西に位置する町、ネーベンベルクだ。川を超えた先にあるその町は、さすがに俺の今いるこの王都よりは小さいものの、国内に存在する町の中では大きいほうだったはずだ。
移動手段は徒歩である。乗合馬車を利用してもいいのだが、路銀にはあまり余裕がないし、この時間に出れば徒歩でも夕方には辿り着く。
天気も良いし気温も暖かく、長い散歩だと思えばいいだろう。さして急ぐわけでもないことだし、のんびりと歩いていけばいい。
町の入口に辿り着き、俺は一度後ろを振り返る。目に入るのはここ二年で何度も目にした王都の街並みだ。慣れ親しんだ景色に少し後ろ髪を引かれる思いはあるが、首を振って背を向ける。
何も二度と来ないということではない。きっと一流の冒険者となって、再びこの町を訪れよう。
そうして俺はネーベンベルクの町を目指し、街道に沿って足を進め始めた。事前に地図で確認したが、隣の町までは街道が通っており、しかも一本道のため迷う心配もない。
背負い袋を一度背負い直し、街道に沿って歩を進める。空は雲一つない快晴で、風も強くなく実に快適だ。微風に揺られた草花が、小さく乾いた音を立てている。
途中、大河に架かった大橋を越えると、左手に大森林が見えてくる。山の向こうまで続くこの大森林は、魔物達の領域だ。
冒険者が獲物を求めてよく足を踏み入れており、俺自身何度も入ったことがある。ネーベンベルクの町で受ける依頼でも、きっと訪れることになるだろう。
俺は街道脇の草むらに背負い袋を置き、その場に腰を下ろした。陽は高く、今は道程の半ばまで来たところだ。休憩するにはちょうどいい時間帯である。
街道に背を向け、大森林の方へと顔を向ける。魔物が街道まで出てくるようなことは滅多にないものの、最低限の警戒はしておいた方がいいだろう。
それから俺は背負い袋を開け、王都で購入したパンを取り出した。縦長のパンを縦に切り、肉と野菜を挟んである。安く手軽に食べられるため、冒険者には人気の食事だ。
俺は手早く食事を済ませ、魔術で生み出した水で喉を潤わせる。こういう時、水魔術が使えると飲み水を持ち歩かなくてもいいのは便利だ。未だ初級魔術しか使えないものの、水の心配は不要である。
しばらく風を浴び、体力を回復したところで腰を上げ、思い切り背伸びをした。あと半分の道程だ、この調子であれば夕方までには辿り着くことだろう。
背負い袋を背負い直し、大森林に背を向ける。そうして再び街道に沿って歩き出そうとしたところで、背後からガサガサと木々をかき分けるような音がした。
俺は勢いよく振り返ると同時に背負い袋を地面へと落とし、腰の剣を引き抜いた。長い間、使い慣れたそれは手によく馴染み、身構えるまでの動作は一瞬のことである。
さらに腰を落とし、いつでも動き出せるようにと態勢を整えた。
音の正体は人か、魔物か。人であればよいのだが、問題は魔物だった場合だ。その場合、対処は大きく二つに分けられる。
即ち、討伐か、逃走か。
弱い魔物であれば問題ない。移動のついでに狩ってしまえば、食事代や宿代の足しくらいにはなるだろう。
問題は、強力な魔物だった場合だ。その場合は、身体強化した足でひたすら逃げることになる。
街道付近に出る魔物の強さなどたかが知れているはずだが、稀に強い魔物が現れることもあるのだ。
それらの選択肢を頭に思い浮かべながら身構える俺の目に飛び込んできたのは、魔物に追われる少女の姿だった。