199話 火兎の少女と隠れ里4
廃村と言うのは、こういった場所の事を言うのだろう。
村を取り囲む石壁の大部分は未だ健在だが、出入りのための門に面した部分は大きく抉られていた。門は開け放たれているどころか片側は地面へと転がりその役目を放棄しており、残ったもう一方の門扉も接合部が辛うじて繋がっている状態だ。
俺達は村の入口に立ち、内部の光景へと目を向ける。
木造の建物がいくつも立ち並んでいるが、その多くには破壊の跡があった。大型の魔物にでも襲われたのではないかと思えるくらいに大部分が破壊されたものから、一部の壁が壊されているだけの家屋まで様々だ。
大規模に破壊された家は屋根すら潰れ、辛うじて真ん中の支柱が斜めに空へと伸びている。原型の残っている家屋も、壁に空けられた穴から見える室内には荒らされた形跡があり、内部には調度品が散乱しているのが見えた。
これらの光景を前にし、俺はそっと隣の様子を窺い見た。目の前の情景を目の当たりにし、衝撃を受けているのは他ならぬアメリアであろう。
そうして盗み見たアメリアは、その瞳を大きく見開いていた。それから、何かに耐えるように下唇を強く噛む。さらに、その両の拳が小さく握られたことに気が付いた。
「大丈夫か、アメリア?」
そう言って、癖っ毛が特徴的なアメリアの頭へと手を伸ばしかけ、俺は動きを止めた。不用意にアメリアに触れ、怒られたのはつい昨日の事である。
どうにも、つい撫でたくなるシャルロットやクリスティーネ、自ら撫でることを強要してくるフィリーネといるせいで、人の頭を撫でる癖がついてしまったようだ。アメリアには不用意に触れないよう、注意しなければ。
「……えぇ、平気よ」
だが、そんな俺の様子にも気が付いた様子はなく、アメリアは前方へと目を向けたまま答えた。隣の俺が目に入らないくらいには、目の前の光景に衝撃を受けているということだろう。
だが、いつまでもこうしていては仕方がない。
「それで、アメリア。ここからどうする?」
元々、俺達はクリスティーネ達に施された赤い鎖の刻印を何とかするために、王都から遥々この里へと来たのだ。
アメリアの話によれば、少なくとも火兎族の里が襲われた時には赤い鎖を操る術者がいたということだ。それならば、この場所からその足取りを辿ることも不可能ではないだろう。
だが、この里の現状を目にすると、それよりも先にするべきことがあるように思う。
「そう、ね……」
「どうだ、まずは里の中を一通り見回ってみないか?」
俺の言葉に、ようやくアメリアが正面から目線を外して俺の方へと顔を向けた。その表情には、少し意外そうな色合いが含まれている。
「けれど、赤い鎖の男を追うために来たんでしょう?」
「それはそうなんだけどな。もしかしたら誰かいるかもしれないし、手掛かりだって得られるかも知れないだろう?」
軽く膝を曲げて顔を覗き込めば、アメリアは考え込むように少し俯いて見せる。おそらくは、どこまで俺達を火兎族の事情に巻き込むべきか悩んでいるのだろう。
クリスティーネとフィリーネに赤い鎖の刻印がなされてから、二人を巻き込んだことをしきりに気にしていたのだ。
ここまで来て、俺達の事を信頼していないわけではないことはわかっている。それでも、俺達を火兎族の事情に巻き込むことについては、まだ踏ん切りがついていないようだ。
そんなアメリアの背中を押すように、フィリーネがアメリアを後ろから抱き締めた。アメリアはシャルロットほど小柄と言うわけではないがフィリーネよりは小さく、その白翼にすっぽりと包み込まれる。
「フィーはジーくんの意見に賛成なの。この鎖の奴を探し出すのは、急がなくっても大丈夫なの」
「今のところ、あれから襲撃とかもないもんね?」
確かにクリスティーネの言うように、赤い鎖に襲われたのはアメリアを助けた直後の一回だけである。あれから常に襲撃を警戒していたのだが、どういうわけだか一度も襲われずに済んでいるのだ。その事実が、却って恐ろしいところはある。
だが、俺達にとって好都合なのは事実だ。このまま、何事もなく術者を探し出せればよいのだが。
二人の言葉に、アメリアも心を決めたようだ。再び俺の方を見上げ、小さく顎を引いた。
「わかったわ、村を見て回りましょう」
その言葉を皮切りに、俺達は村の中へと足を踏み入れた。
探索を目的とするのであれば手分けをする方が効率が良いが、まだここが安全とは決まっていない。アメリアが襲われてからそれなりの時間が経過しているため、奴隷狩り達はいないにしても魔物などが住処としている可能性はある。
だが、その考えは杞憂だったようだ。村の中を歩き回ってみても、他の火兎族の姿はもちろんのこと、ゴブリン一匹として見かけることはなかった。
やがて、アメリアが一軒の家の前で足を止めた。元は大きく立派な屋敷だったのだろうが、今や完全に倒壊しており、原型を成してはいなかった。
アメリアはその家を前にして少しの間、言葉を失った様子だったが、中へと踏み入ると半ばで折られた柱を手で一撫でした。その様子からは、この家に何か思い入れがあったように見えた。
「知り合いの家か、アメリア?」
「……いいえ、私の家よ」
そう小さく口にするアメリアは俺達へと背を向けており、その表情は窺えない。だが、その声色には複雑な色合いが込められていた。思えば、俺達はアメリア自身の事についてはあまり知らない。
俺達はアメリアを一人その場に残すと、辛うじてその姿が見えるところまで距離を取った。彼女には、少し気持ちを整理するだけの時間が必要だろう。
「誰もいないね? ジーク、どうしようか?」
「そうだな、もう少し村を見て回って、それから――」
俺はそこで言葉を切り、腰の剣へと手を伸ばした。どこからか、視線とも気配とも言うべきものを感じたためだ。
俺のその様子を見て、クリスティーネ達も互いに背中を合わせ、周囲を警戒する。
そうして呼吸一つ分の間も空けず、少し欠けた塀の向こうから二つの赤い影が現れた。
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