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195話 大鬼討伐の後始末4

「それじゃ、世話になったな」


 ノルドベルクの町にある宿屋の玄関ホールにて、俺はカウンターの向かいに座って煙管を吹かせる老婆、ゲルダへとそう声を掛けた。

 いよいよ、と言った感じはしない。何せ、この町へと迫るオーガに気付いて引き返す前、一度この町を発つ際にも同じような言葉を告げているのだから。


 ゲルダもそういう感想を抱いているのだろう。俺達へと向ける視線には、以前よりも興味の色が薄れているように見えた。


「まったく、冒険者って言うのは慌しいねぇ。戻ってきたと思ったら、また出ていくって言うんだから」


「別に、戻ろうと思って戻ってきたわけじゃないんだけどな」


 そう言いながら、俺は後ろ手で頭を掻く。

 何事もなければ、この町へ再び立ち寄るのはすべてが終わった後、王都へと帰るときに立ち寄るはずだったのだ。こんな風に短期間に世話になることなど、不本意なことだったのである。


「まぁ、うちとしては客が来るのは大歓迎だけどね」


 そう言って、唇の端をニヤリと持ち上げて見せる。

 正直な感想を言わせてもらえば、何か良からぬことを企んでいそうに見えるので、その顔はやめた方が良いと思う。もちろん口には出さないのだが。


 そこへ、前と同じように奥の方から宿屋の孫娘、エマが現れこちらへと近付いてきた。その両手には、最早見慣れた木製のボウルと棒があった。

 料理は修行中だと本人は言っていたが、芋を潰している姿しか見ていない。それしかさせてもらっていないのだろうか。少し心配になってくる。


「皆さん、また出発されるんですか?」


「あぁ、行くところがあるからな」


「そうですか……折角、仲良くなれたのに」


 エマは露骨に肩を落として見せる。

 俺達とエマとは、夕食後の席などで多くを語り合ったからな。別れるのを惜しんでくれているらしい。

 俺としても、この話好きで明るい少女と話をするのは楽しかった。特に、この町の住人からは終始厳しい目を向けられていただけに、尚更である。


 それから、少女は何かを思い出したかのように体を揺らした。


「そうそう、今、この町では異種族に対する見方が変わりつつあるんですよ!」


 そう言って、少女は自らが見聞きした話を語ってくれた。

 何でも、異種族を差別せず、もっと協力し合うべきだと主張する人々が現れたという。その人々と、元々町に根付いている人族至上主義派との間で、対立構造が生まれているそうだ。


 何故そんなことになったのかと言うと、


「この町でそれなりの権力を持った方が、翼を持つ異種族に助けられたんですって。それって、ジークハルトさん達の事ですよね?」


「まぁ、心当たりはあるな」


「私とフィナちゃんのことかな?」


「他に翼のある冒険者なんて見なかったの」


 町中へ侵入したオーガ達を討伐した際、俺達は結構な数の市民達を救助、および治療している。その中に、エマの言う権力者とやらも含まれていたのだろう。

 最も、俺達自身はオーガ達を倒すのに必死で、そのあたりの区別は一切ついていなかったのだが。


「もしかしたら、ジークハルトさん達も他の宿に泊まったり、普通に買い物ができるようになるかも知れませんよ?」


「そうなると有難いな」


 エマのおかげで辛うじて買い物は出来るようになったが、いくつか足りないものがあるのが現状だ。そういったものが買えるようになれば、俺達としても非常に助かる。

 とは言っても、俺達がこの町へ再び立ち寄るのは、王都へと戻る一度くらいなものだろうが。それ以降は、基本的にはまた王都周辺を拠点とすることだろう。


「他の宿に行かれるのは困るねぇ。折角の金づるだって言うのに」


「安心しろ、別の宿に泊まるつもりはないから」


「ふぇっふぇっふぇっ、そうかいそうかい」


 ゲルダが心底おかしいといった様子で笑い声をあげる。

 俺としては、飯も美味いし部屋もそれなり、値段は少し高いが許容範囲なので、わざわざ宿を変えようとは思っていない。少なくとも、異種族連れだと言う理由で宿泊を断られた宿に、再び行こうとは思っていなかった。


 まぁ、それも俺達が再びこの町に立ち寄った際、この宿が潰れていなければの話だが。主に外観の古さによって客足が遠退いているのだろうが、このままでは何れ経営不振に陥りそうだ。もしかしたら既に手遅れかもしれないが。


「それでは皆さん、お気を付けて!」


 芋を潰すための木の棒を握ったまま手を振るエマに別れを告げ、俺達は宿の外へと出る。そうして向かう先は町の北側、外の世界とを隔てる門である。


 門を潜る途中、左右に立つ兵士達が何か言いたげな視線を向けてきた。その瞳は以前に見た、嫌なものを見るような目線とは少し異なったものである。

 どうやら、オーガ達の侵攻を通して、兵士達の異種族に対する意識も変わりつつあると見える。


 だが、結局は兵士達は俺達へと声を掛けてはこなかった。俺達としても、別に彼らに用があるわけではないので無言で通り過ぎる。

 そうして街道へと足を向けたところで、テオが俺の隣へと早足で並び出た。


「それじゃ、ジーク先輩。俺とアルマはここで別れるッス」


「あぁ、そうだったな」


 俺達はこれから北東方向、シュネーベルクの町を目指すのだが、テオとアルマの二人は北西方向へと向かうそうだ。

 何でも、二人は霜雪草という薬草を求めて北部へと来たそうなのだが、昨日町で聞いた話によると、北東よりも北西の方に自生しているということがわかったらしい。


 もっと早くにわかっていれば、北東に向かってオーガに鉢合わせて死にかけることもなかったのに、とテオは悔しそうだった。

 だが、そのおかげで町へと迫るオーガの群れに気付けたのだから、結果的には良かったのだろう。


「ジーク先輩達って、そのうち王都に戻られるんですよね?」


「あぁ、こっちでの用事が終わったらな」


「でしたら、また王都でお会いしましょう」


「その時は、俺と手合わせしてほしいッス!」


「私も、連鎖詠唱のやり方とか、教えてほしいです」


「どちらも構わないぞ。王都に戻ったらまた会おう」


 おそらく、俺達が王都に戻るよりも先に、テオ達の方が王都へ帰りつくことだろう。俺達が王都に帰ってから二人を探せば、タイミング的には見つかるはずだ。

 特に日時を指定しなくても、冒険者ギルドに言付けを頼んでおけば相手に伝わるのが、冒険者の良いところである。


「約束ッスよ! それじゃジーク先輩、姐さん方、失礼するッス!」


「あぁ、テオもアルマも、気を付けてな」


「元気でね~!」


 こうして俺達はテオとアルマと別れ、シュネーベルクの町へと向けて街道を歩き始めた。

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