194話 大鬼討伐の後始末3
沈みつつある陽の照らす中を、俺はクリスティーネ達と共に歩み行く。大きく広がったノルドベルクの町の大通りは、既に昨日の騒動など嘘のように賑わっていた。
道行く人々の顔はそのほとんどが明るく希望に満ちたもので、沈んだ表情をしている者は極稀である。
それらは決して昨日の事を忘れてしまったわけではなく、今を生き未来を見据えて日々を過ごす人々の心境を反映したものであろう。
何せ、昨日のようなことは例外中の例外だ。あのようなことを前提に怯えて暮らしてばかりいれば、何れ息が詰まってしまうだろう。
「でも良かったね、ジーク」
不意に、クリスティーネが首を傾げ、俺へと笑顔を向けてくる。その動きに合わせ、長い銀髪が流れるように肩から零れた。
「ん? 何がだ、クリス?」
「お金、いっぱい貰えて」
その言葉に、あぁそのことか、と納得する。
俺達はオーガ達の解体をすべて終え、つい先ほど冒険者ギルドにて、今回のオーガ達の侵攻に関する報酬を受け取ったところであった。
通常であれば冒険者ギルドの職員達の手によって、窓口で報酬を手渡される形となるのだが、どういうわけだが俺達はギルドマスターの居室にて、ディルクから直接渡されることとなった。
それというのも、俺達が他の冒険者達とは少し扱いが異なるためだという。
他の冒険者達には、オーガとの攻防の間に仕留めたオーガの数や貢献度、それにオーガの解体数に応じた報酬が支払われるという。当然、これらの報酬は俺達にも支払われるものだ。
それらに加えて、まず俺達にはオーガ達の接近を知らせたことによる情報料が支払われる。今回のオーガ達の進行は大規模なもので、町の一大事だったこともあり、俺達が先んじて知らせた情報にはかなりの価値があるらしい。
そんなわけで、情報料だけでもかなりの額になるようだ。
また、杖持ちのオーガを倒したことについても、別途報酬が支払われるそうだ。
あの重力の魔術は俺達だけでなく、多くの冒険者へと影響を与えていた。そんな戦局を左右する魔物を仕留めたということで、貢献が認められたらしい。
さらに、町中へと侵入したオーガを倒したことも考慮されるそうだ。
俺達が町中のオーガを討伐している間、他の冒険者達は冒険者達で防壁の防衛などをしていた。そのため役割が異なるだけで貢献度としては変わらないと思っていたのだが、どうもそうではないらしい。
何でも、俺達の動きが迅速で、被害を最小限に抑えられたことが大きいらしい。また、俺とクリスティーネが治癒術を使えるため、怪我人を素早く治療できたことも考慮されているそうだ。
そんな風に複数の要素が絡んだ結果、俺達へと支払われる報酬額は結構な金額となった。ミスリルゴーレムの売却額すらほとんど手付かずだというのに、またも所持金が増えてしまったのである。
いい加減、使い道を考えるべきだろう。だがまぁ、別に所持金が増えるのは悪いことではない。
「そうだな。別にあり過ぎて困るということはないし……」
「えへへ、これでいっぱい食べ物が買えるわ」
そう言って、クリスティーネは嬉しそうに顔を綻ばせる。相変わらず、この子の脳内の大半は食べ物で占められているらしい。
「それも、次の町に行ってからだけどな」
俺は両手を頭の後ろで組み、周囲へと目を向ける。
俺達が歩いている大通りの左右には、所狭しと様々な店が立ち並んでいる。その中には、軽食などを取り扱う屋台の姿も少なからず認められた。
だが、俺達はそこで商品を買うことはできない。この人族至上主義の町においては、異種族にものを売ってくれる店と言うのが限られているのだ。
数日前、クリスティーネが屋台で買い食いをしようとして、断られていた時の様子が思い出される。あの時のクリスティーネは、今まで見たこともないほどに悲しげな顔をしていた。
しかし、と俺は周囲の様子を注意深く見やる。周囲の様相は、数日前のそれと比べると少々変化しているようだった。
相変わらず厳しい視線を送ってくるものもいるのだが、その数が少し減っているようだ。中には、興味深げな色合いを含んだようなものまで見受けられた。
たった数日の間に何かあっただろうかと、おれが内心で首を捻っていると、
「お姉ちゃん!」
背後からの幼い声色が耳へと届いた。
だが、その声に俺達は特に反応を示すことはない。元より、この町の知り合いなど限られているのだ。人族嫌いのこの町で、好き好んで俺達に話しかけるような者はいないだろう。
だが、
「龍のお姉ちゃん!」
続いた言葉に、俺達は驚きと共に振り返った。その言葉は、明らかにクリスティーネの事を指し示していたからだ。この町において、半龍族の少女と言うとクリスティーネをおいて他にないからだ。
そうして振り向いた先には、先程の声の持ち主であろう小さな少女の姿があった。どこか見覚えのある少女である。
少女の視線は俺達、否、クリスティーネへと注がれていた。
「えっと……私のこと?」
クリスティーネが戸惑ったように首を傾げる。
小さな少女はそんなクリスティーネの様子を気にした様子もなく、満面の笑みと共に駆け寄ってきた。そうしてクリスティーネ目の前へと来ると、両手を大きく伸ばす。
クリスティーネは困惑した様子だったが、軽く膝を曲げて腰を落とす。すると、小さな少女はクリスティーネの首へと両手を伸ばし抱き着いた。
まさか振りほどくわけにもいかず、クリスティーネは小さな少女を抱え上げる。
そこへ、一人の女性が駆け寄ってきた。
「マリー!」
「あっ、お母さん!」
クリスティーネに抱えられた少女が、女性へと手を伸ばす。どうやら、この女性は少女の母親らしい。
「あっ……」
女性がクリスティーネの数歩手前で立ち止まる。
その様子を見て、クリスティーネが少し身を固くした。この町の住人の俺達に対する態度を見ていれば、思わず身構えてしまうのは無理もない。
だが、女性は俺達の予想に反して笑顔を見せた。
「昨日はありがとうございました」
「えっ……?」
予想外の反応に、クリスティーネが首を傾げる。
そこで思い出した。クリスティーネの抱える少女は、昨日彼女が身を挺して助けた子だ。オーガに襲われかけていたところを、間一髪でクリスティーネが助けたのだった。
「あっ、そっか、昨日の!」
どうやらクリスティーネも思い出したらしい。腕に抱えた少女の顔をまじまじと見下ろした。
「貴方達のおかげで、娘も怪我一つなく助かりました。昨日はお礼も言わずにごめんなさい」
そう言って、女性は軽く頭を下げて見せる。
それを目にし、クリスティーネは破顔して首を横にゆるゆると振る。
「ううん、気にしてないよ! 無事でよかったね!」
その様子を目にし、俺は内心でほっと息を吐いた。
この町にいる間、クリスティーネ達はどこか沈んだ様子を見せていた。町中の人達から厳しい目線を向けられていたのだから仕方がないが、俺は密かに気掛かりだったのだ。
だが、今の様子を見れば元気を取り戻したらしい。
さらに、そんな女性の様子を目にしてか、何人かの人々が近寄り俺達を取り囲んだ。
「俺も昨日助けられたんだよ。礼にこれを持って行ってくれ! 家で取れた野菜だ!」
「それなら私からもお礼に、畑で取れた芋をあげる!」
「そういうことなら、僕からはこの木彫りの熊をあげよう。是非持って行ってくれ!」
そんな風に、周囲の人々からあれこれと手渡されていく。食材はともかく、工芸品など貰ったところで飾る場所などないのだが。
しかし、昨日の礼にと手渡されているわけで断り辛い。俺は作り笑いを浮かべながら、一人一人に礼を言いつつ受け取るのだった。
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