19話 半龍族の兄妹1
夕日が照らす街道を、俺はクリスティーネと共に歩いていた。ネーベンベルクの街から見て南に存在する森での狩りを終えてきたところで、今はその帰り道である。
ここ数日は特に良さそうな依頼がなかったため、依頼は受けずに狩猟や素材採取をして過ごしている。今日もオークを四匹狩ることができたため、俺達の背負い袋にはオーク肉がしっかりと仕舞い込まれている。マジックバックのおかげで荷物には余裕があり、重さもほとんど感じることはない。
オークはマジックバック持ちの俺達にとっては良い収入源だった。中級魔術であれば一撃で倒せるし、近接戦闘でもそこまで苦戦することはない。素材は魔石と肉しかないのだが、このオーク肉がそれなりに良い値段で売れるのだった。
今日狩った四匹分のオークを売れば、数日は冒険者として活動しなくても問題はない。もっとも、不測の事態に備えて蓄えは必要である。
連日オークを狩っているため、懐には多少の余裕ができていた。クリスティーネも、たまに買い食いなどしている以外には散財などしていないようなので、金は貯めているはずである。
「今日も大猟だったね、ジーク!」
「あぁ、いい調子だな」
クリスティーネが両手を広げ、上機嫌にくるりと体を回して見せる。それに対する俺自身、笑顔を浮かべていることを自覚する。
連日の狩りのおかげで、クリスティーネとも呼吸は少しずつ合ってきていた。簡単なハンドサインで意思疎通ができるようになったし、役割分断もスムーズだ。この調子であれば、もう少し難しい依頼でもそれほどの問題なく達成できるだろう。
しかし、これから先はどう行動すべきだろうか。オーク狩りは確かに儲かるものの、それだけではいつまで経っても冒険者ランクは上がらない。しばらく稼いで装備を一新したら、行動範囲を広げることも視野に入れたほうがよさそうだ。
そう言えば、と視線を隣を歩くクリスティーネへと向ける。クリスティーネは、世界を見て回るために半龍族の里を飛び出してきたのだった。今のところ本人は楽しそうに狩りに励んでいるものの、オーク狩りばかりではそのうち飽きも来ることだろう。
近々、別の街に足を運んでみるのも悪くはないかもしれない。いきなり遠出というのも難しいだろうから、まずは近くからで良いだろう。そうすると、思い浮かぶ行先は一つ、王都だ。
「なぁクリス、クリスは他の街に行ったことがあるんだったか?」
「他の街? ううん、ないわ! ここが初めてだよ!」
「ということは、王都にもまだ行ったことがないんだよな?」
「うん、まだだよ! もしかして、連れて行ってくれるの?!」
期待に金の瞳を輝かせるクリスティーネの言葉に、俺は頷きを返した。
俺自身は冒険者としての生活に忙しかったためあまり詳しくないのだが、王都にはいくつか有名な観光名所などもあったと記憶している。王都までは一日歩けば辿り着けるため、最初の目的地としても適当だろう。
冒険者としての活動も、王都の方が冒険者ギルドの規模も大きく、依頼の数も種類も多い。ネーベンベルクの街も大きな方ではあるが、王都の方がよりいろいろな依頼を受けられるだろう。
王都に行けばヴォルフを始めとした、以前のギルドメンバーに遭遇する可能性もある。会えば何か言われるかもしれないが、相手も暇ではないだろうし問題はないはずだ。基本的には気にしなくてもいいだろう。
「王都までは歩いても一日で行ける距離だ。懐には余裕があるし……他の街、見てみたいだろ?」
「うん! ねぇジーク、ジークは王都に行ったことがあるんだよね?」
「あぁ、ついこの間までは王都を拠点にしてたんだが、まぁいろいろあってな」
見栄を張っているというわけではないが、わざわざギルドを追放になったことは言わなくても良いだろう。初級剣技と初級魔術しか使えないことを理由にギルドを追放となったが、今では中級魔術も使えるようになったことだし、既に過去のことだと割り切っている。
横目でクリスティーネの様子を窺うが、俺が言葉を濁したことに気付いた様子はなかった。それよりも、まだ見ぬ王都に思いを馳せているようだ。
「王都って、どんなところなの?」
「そうだな……まず、人が多いな。ネーベンベルクも結構多い方だが、王都はそれよりもな。それから、クリスみたいな半龍族の姿は見なかったが、人族以外の種族も多くいるぞ」
王都にいた頃の街並みを思い出しながら、クリスティーネへと話して聞かせる。その他に覚えていることと言えば、比較的大きな建物が多く、目立つ建物がいくつか存在したことだろうか。
その中でも、代表的な建物と言えばやはり王城だろう。あの権力の大きさを象徴したような建物は、一見の価値があると言える。当然のことだが、俺のような庶民は中に入ることなど出来ず、外側から建物の外観を見るだけである。Sランク冒険者にでもなれば、話は別なのだろうが。
そうやってクリスティーネに王都の話を聞かせていると、何やら威圧感とでも言うのだろうか、妙な気配を背中に感じた。もしや森の方から魔物でも出てきたのだろうかと振り返るが、視界には変わった様子は映らなかった。
それでも妙な気配を感じたままのため、足を止めて辺りを注意深く観察する。そんな俺の様子に気付いたクリスティーネも、眼を鋭くして辺りを見回し始めた。
「ジーク、あれ!」
そう言って、クリスティーネがおもむろに前方の空を指さした。その指の指し示すほうへと目を細めてみれば、青い空と白い雲の中に黒い点が一つあることに気付いた。鳥だろうかと見ていると、その黒い点はみるみるうちに大きさを増していく。どうやら、正体は未だわからない何かが俺達の方へと高速で近付いてきているようだ。
魔物だろうか。俺はクリスティーネに警戒するよう指示を出し、腰の剣を引き抜いた。身体強化を体に掛け、いつでも動き出せるように準備をする。
そうして身構える俺達から少し離れた前方へ、その何かが土煙を巻き上げて着地した。




