189話 対大鬼防衛戦6
また一匹、この世からオーガを葬り去る。これで、今日は一体何匹のオーガを倒したことだろうか。
俺はアメリアと共にノルドベルクの町を回りながら、町へと侵入したオーガを倒して回っている。町には結構な数のオーガが侵入してしまったようで、この短時間で既に両手の指では足りない数のオーガを倒している。
幸いなのは、今のところ民間人の犠牲者を見ていないことだろう。冒険者ギルドからの避難指示が的確だったからか、町の北側は既にもぬけの殻のようだ。
新たなオーガを打ち倒し、俺は剣を鞘へと納めて一息つく。
そこへ、額の汗を拭いながらアメリアが近づいてきた。
「まったく、キリがないわね」
そう言うアメリアの表情は、少しうんざりとしたものだった。倒しても倒しても終わりが見えないとなれば、そんな風に思う気持ちもわかるというものだ。
それに、と俺はアメリアの様子を窺い見る。元々、アメリアがこの戦いに臨んでいるのは、シャルロット達を巻き込んでしまった罪悪感からである。
今は一応、俺の身を案じてついて来てくれたようだが、町の人達のために戦っているわけではないので、意気込みとしてはそれほど高くはないだろう。
そんな風に考えていると、遠くの方から悲鳴が上がった。それと同時、何かが崩れるような音が響く。その声に、その音に、俺達は揃って弾かれたように顔を上げる。
もしかすると、人のいる場所へオーガが辿り着いてしまったのかもしれない。音の大きさから言って、それほど離れてはいなさそうだ。
「近いわね」
「あぁ、急ぐぞ、アメ――」
声を掛けながら、アメリアへと振り向いた俺は驚愕に目を見開くこととなった。
いつからそこにいたのだろうか、アメリアの後ろに額から角を生やした、赤黒い肌の巨漢の魔物が、既にその剛腕を振り上げた状態で存在していた。その立ち位置からすると、おそらくは建物の間の小道から現れたのだろう。
先程の悲鳴に気を取られ、接近を察知できなかったようだ。アメリアの視界には映っていないようで、彼女はまだ後ろのオーガに気が付いていない。
「アメリア!」
剣を抜くだけの時間もない。
俺は強く地を蹴ると、一息でアメリアへと肉薄した。
「なっ――」
突然の俺の行動に後ろを振り向き、アメリアがその身を固くする。
その様子にも構わず、俺はアメリアの背中に手を回し、その頭を押さえて体の内へと抱え込む。さらに、アメリアの身を守れるよう、オーガとの間に自らの体を割り込ませた。
そうして全身の身体強化を強め、来る衝撃に備える。
その瞬間、オーガの剛腕が俺の頭部を撃ち抜いた。
オーガは、単純な膂力では人を遥かに凌駕する魔物だ。これまで冒険者側が優位に立ち回れていたのは、出来る限り力勝負に持ち込まなかったからである。
直撃を受けた俺が踏み止まれるはずもなく、成す術もなく地へと叩き伏せられた。
天と地とがひっくり返り、上下がわからなくなる。
視界が赤く染まり、思考が吹き飛んだ。
頭が割れるように痛む。
身体の感覚が朧気だ。
俺は今、どういう状態なのだろうか。
立っているのか、それとも倒れているのかもわからない。
ただ、腕の中の暖かな感触を守らなくてはと、強く抱き締めた。
「――! ――!」
腕の中の少女が何かを言っているようだが、上手く認識できない。
聞き取ろうとしたところで、再度、背中に強い衝撃を受けた。
上手く認識できない視界が回り、全身に鋭い痛みが走る。
肺の空気が押し出され、強く咳き込んだ。
何とかしなければと脳内は叫ぶが、思いに反して体は動かない。
ただぼんやりと、あぁ、俺はここで死ぬのかと考え――
「『光龍墜剣』!」
聞きなれた少女の声に、意識が覚醒する。
それと同時に、柔らかな風が頬を撫でた。
そうだ、俺はアメリアを庇ってオーガに殴り倒されたのだ。
それを証明するように、今も尚頭部は酷く傷みを感じる。
横になった視界を動かせば、先程のオーガの前に、銀の翼を持つ少女の姿が見えた。少女の持つ剣が、オーガを縦一文字に切り裂いているのがわかる。
少女は血振りをすると、後ろ向きに倒れるオーガに目もくれずこちらへと駆け寄ってきた。
俺の傍へ膝立ちになると、こちらの顔を覗き込む。
その顔は普段の明るいものではなく、はっきりと青褪めていた。
「ジーク!」
「ク……ス……」
名を呼ぼうとしたが、痛みのためか上手く発音が出来なかった。
それと同時に咽せ、ゴホゴホと咳き込んでしまう。
そこへ、白い翼が空から舞い降りてきた。
銀の翼の少女の隣へと並ぶ。
その表情も、いつもの眠たそうな瞳ではなくはっきりと憂いが浮かんでいた。
「クリス、フィナ……二人とも、大丈夫なのか?」
二人は、空を飛んでいたところをオーガの操る重力の魔術により地面へと落とされ、負傷していたのだ。
だがこの様子を見るに、治療が完了したとみてよさそうだ。
「フィー達は平気なの。それよりも今はジーくんなの!」
「待っててね、すぐに治すから! フィナちゃん、警戒をお願い!」
「任せるの!」
その言葉と同時、クリスティーネの治癒術が俺の体を包み込む。
暖かな光に包まれ、俺の体から徐々に痛みが消えていった。
そのまましばらくの時間が経過し、元の健康体へと回帰する。
それから俺はゆっくりと上体を起こした。
「ありがとうな、二人とも。おかげで助かったよ」
「ううん、ジークが無事でよかった!」
俺が礼を言えば、二人は安堵の微笑みを見せた。
「そ、そろそろ、放してほしいんだけど……」
「ん?」
不意に、下の方から声が聞こえた。
何だろうかと見下ろしてみれば、俺の腕の中で赤毛の少女がその身を小さくしていた。
そうだった、アメリアをオーガから庇ってから、そのまま抱き締めていたままだった。
俺が小柄な体を解放すれば、アメリアは逃げるように俺から距離を取った。
その頬には、少々の赤みが差していた。やはり、オーガに襲われた衝撃が大きかったのだろう。
「アメリア、怪我はないか?」
「え、えぇ、まぁ、そうね……」
なにやら歯切れの悪い答えだ。それに、そわそわしているというか、何だか余所余所しい。
あまり見ない反応に、俺は小さく首を傾げた。とりあえず、怪我はないようなので何よりである。
そんなことを考えている間に、通りの向こうから悲鳴が響く。
そうだ、まだまだ町中にはオーガがいるのだ。こうしてはいられない、早く向かわなければ。
俺はその場へ素早く立ち上がると、クリスティーネ達へと視線を向ける。
「クリス、フィナ、行けるか?」
「大丈夫だよ! 行こう、ジーク!」
「フィー達に怪我をさせた報いを受けさせてやるのっ!」
二人ともやる気は十分なようだ。少なくとも、先の負傷を思わせない表情だった。
次いで、アメリアへと視線を向ければ、小さく頷きが返ってくる。彼女も問題なさそうだ。
そうして俺達は悲鳴の聞こえた方向へと駆け出すのだった。
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