188話 対大鬼防衛戦5
突如として耳に聞こえた報告に、俺は弾かれたように顔を上げた。
そうして中央部側へと目を向けるが、中央部の防壁前にはまだまだオーガの姿が見える。それでも、中央部は二層目の防壁前でオーガの進行を防いでいるようだ。
そこからさらに左手、左翼側はどうなっているのかと視線を移すが、生憎と防壁は弧を描くように配置されているため、中央部の防壁に阻まれて左翼を見通すことはできない。
だが、先程の報告が誤報でもなければ、左翼側は三層目の防壁をオーガ達に突破され、町への侵入を許したとみていいだろう。
俺は周囲へと目を向け、現状を分析する。俺達のいる右翼側はほぼオーガの殲滅が終わり、残すところ数えるほどのオーガのみである。この様子であれば、少なくとも右翼側を護り切ることが出来るのは間違いない。
それらを確認し、俺は即座に判断を下す。この場は他の冒険者達に任せて、俺は左翼への応援に向かおう。
「テオ、この場を任せる! 俺は左翼への応援に行く!」
「わかったッス! ジーク先輩の分まで頑張るッス!」
右翼側の守りをテオや他の冒険者達へと任せ、俺は二層目の防壁へと駆け寄る。
そのまま防壁に設けられた通路を通ろうとしたところで、上からシャルロットがひょっこりと顔を見せた。
「あ、あの! ジークさん、私はどうすれば?」
その言葉に、瞬時に考えを巡らせた。
左翼側の状況が不明なため断定はできないが、外壁が破られ町にオーガが侵入しているのであれば、向かった先で街中の救援に行く可能性は十分に考えられる。そうなると、市街地での戦闘となるだろう。
その場合、オーガを相手に、主に近接戦闘を強いられることになるはずだ。市街地は入り組んでおり死角も多く、魔術では戦い辛いからである。
そこにシャルロットを連れていくのはどうなのだろうか。
随分と腕を上げたとはいえ、さすがにまだシャルロットをオーガと正面切って戦わせることはできない。そんなシャルロットを連れていくのは、却って危険だろう。
やはりシャルロットにはここに残ってもらった方がいい。
俺は防壁を見上げると口を開いた。
「シャルはここで、テオやアルマ達と一緒にオーガの進行を防いでくれ! くれぐれも危険なことはせずに、自分の身の安全を第一に考えるんだぞ! アルマ、シャルの事を頼む!」
「わかりました! ジーク先輩もお気をつけて!」
アルマの声に頷きを返すと、俺は二層目、三層目の防壁を抜け、町の外壁の傍に設けられた簡易式のテントの前へと出る。そこでは負傷したクリスティーネとフィリーネが、今なお治療を受けているはずだ。
少し立ち寄っていきたい気持ちもあるが、左翼側は予断を許さぬ状況だろう。俺は後ろ髪を引かれる思いで右手側、中央部へと足を向けた。
そうして走り出した俺の隣へと、アメリアが軽やかな足取りで並んだ。どうやらついて来たくれたらしい。
まだまだ体力には余裕があるのか、動きに衰えは見えない。
「何だ、手伝ってくれるのか?」
茶化すように声を掛ければ、半目でこちらを睨んでくる。
「別に、貴方のためじゃないわ。貴方に何かあれば、シャル達が悲しむからよ」
そう言って、ふいと顔を逸らして見せる。
憎まれ口を叩いてはいるが、遠回しに俺の身を案じてはくれているのだろう。実際、一人で向かうよりも心強いので、有り難く同行を受け入れる。
やがて中央部を抜け、左翼側へと到達した。
そこは一目で被害の甚大さが窺えるものだった。
外壁の傍に建てられた簡易式の救護テントは、見るも無残に破壊されていた。折れ曲がった支柱が転がり、布にはオーガ達に踏まれた跡がある。
町と外とを隔てる外壁には大きな穴が空けられ、既に壁としての役割を果たしていなかった。おそらく、あそこからオーガ達が町へと侵入したのだろう。
その反対側、三層目の防壁も大きく崩れているのがわかる。どうやら、人が行き来するために設けられた隙間をオーガ達に広げられてしまったらしい。
今は冒険者達が総出で壁となり、新たなオーガの侵入を防いでいた。
「右翼から応援に来た! どうしたらいい?」
俺は半壊した三層目の防壁の上に立つ、指揮をしていると思しき男性へと声を掛けた。
男性は俺に気付くと、大穴の開いた外壁の方を指差した。
「防壁の守りは何とか盛り返したが、町中に侵入したオーガ達まで手が回っていないのが現状だ! 出来れば、そちらの対処を頼む!」
「わかった! 行くぞ、アメリア!」
「わかってるわ」
男性に言葉を返し、俺はアメリアと共に外壁に空いた穴へと向かう。
そこには大小さまざまな大きさの岩、もとい壁の残骸が散乱していた。壁の断面は歪な形に抉られており、オーガ達が力任せに破壊していったのだろうという様子が伺えた。
それら壁の残骸を乗り越え、俺達は街中へと足を踏み入れる。
周囲をぐるりと見渡してみるが、人影もオーガの姿もない。元より、町の北部には冒険者ギルドから避難命令が出ているはずなので、住民の姿が見えないことは不思議ではない。
とは言え、人々を町の外へと避難させることはしていないはずだ。町の外に避難させて、別の魔物に襲われるようなことになれば本末転倒だからだ。
そのため、北側の住民達は町の南側へと避難させているはずである。そこまでオーガ達が辿り着いてしまえば、被害はより甚大なものとなってしまうだろう。
俺はアメリアと共に、オーガが向かったであろう方向へと全速力で駆け抜ける。
オーガ達は目に付くものを手当たり次第破壊して回っているようで、その痕跡を辿ることはそう難しいことではない。ただ、町へと入り込んだオーガが予想以上に多いのか、その範囲は段々と広がっていった。
一瞬、アメリアと手分けをするべきか考えが浮かぶが、すぐに却下する。
俺もアメリアも、オーガが一体であれば問題なく倒せるが、複数となると危険だ。オーガ達がどれだけの集団となっているのかわからない今、分散するのは却って悪手だろう。
そんなことを考えながら走っていると、前方に二匹のオーガが見えた。道の左右に一匹ずつ、何やら家屋を破壊しているのが目に入る。
その姿を確認し、俺は隣を並走するアメリアへと目線を向けた。するとアメリアが目を合わせ、小さく顎を引く。
そうして俺達は左右に開き、各々が別々のオーガへと向かって駆けていく。
そして、
「『重剛剣』!」
「『炎蹴撃』!」
俺の剣がオーガを斜めに切り裂き、アメリアの炎を纏った蹴りがオーガの首の骨を砕いた。二匹のオーガは一瞬で絶命し、その巨体を揺らして地面へと倒れ込んだ。
普段であれば魔石などの回収をするところだが、それらはすべてが終わってからでよいだろう。俺達はその場にオーガの死骸を残すと、再び走り出すのだった。
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