181話 大鬼進行対策会議4
昨日に引き続き訪れた冒険者ギルド内は、前日とは様相が様変わりしていた。
何人ものギルド職員達が、右へ左へと足早に移動を繰り返している。ギルド内には多くの冒険者の姿があり、各々が自由に会話をしているため建物内は喧騒で満たされていた。
その中に一人、見知った姿を見つける。ギルドに努める小柄な少女、リリーだ。
他の職員達に混ざってギルド内を駆けまわっていたリリーだが、俺達の姿を見つけると自らの存在を主張するように片手を上へと伸ばした。
「ジ、ジークハルトさん、皆さん、お待ちしていました!」
そう言葉を発しながら、冒険者達を掻き分けてこちらの方へと近寄ってくる。小柄なリリーは体格の良い冒険者達に阻まれ、こちらへと向かうのにも少し苦労していた。その様子に、数名の冒険者達がなんだなんだと俺達の方を振り向く。
リリーは俺達の前まで辿り着くと、膝に手を置き息を整える。
「おはよう、リリー。随分と騒がしいな?」
「何かあったみたいだね?」
「えぇ、ジークハルトさん達の知らせてくれたオーガの件で、今ギルドは大忙しです!」
なるほど、オーガの群れが接近していることが表沙汰になったのだろう。ということは、ギルド側での確認が取れたということだ。
それにしても、俺達がオーガの件を知らせてから半日ほどしか経過していないというのに、よくこの短時間で確認ができたものだ。さすがは冒険者ギルドと言ったところか。
そこでふと、リリーに手を取られた。
小柄な体格に見合った、小さな手だ。剣など扱ったこともないのだろう、実に柔らかな感触である。
「ディルクさんがジークハルトさん達を呼んでいましたので、御案内しますね」
そうして歩き出そうとしたところで、どうしたわけかフィリーネが押し止めた。
何故だか、繋いがれた俺の手とリリーの手とを両手で掴む。
「え、えっと……?」
「どうした、フィナ?」
「案内するだけなら、別に手を繋ぐ必要はないと思うの」
そう言って、リリーへといい笑顔を向ける。
顔は笑っているのだが、何故だろうか、その表情からは言い知れぬ圧力を感じた。
「別に、俺は構わないが……」
今日の冒険者ギルドは前日までと異なり、少々込み合っている。まさか建物内で逸れることはないとは思うが、より確実性を期すなら手を繋ぐのも悪くはないだろう。
だが、フィリーネは笑顔を浮かべたまま俺達の手を放さない。
「手を、繋ぐ必要は、ないと、思うの」
「ひ、ひぇっ」
フィリーネの言葉に、リリーが怯えたように握った俺の手をぱっと放した。
それから、すすすっと俺から少し距離を取った。
それを見たフィリーネは満足そうに息を吐くと、空いた俺の手を透かさず握った。
思わず、俺はフィリーネへと半目を向ける。
「……手を握る必要はなかったんじゃないか?」
「ただフィーがそうしたいってだけなの。ジーくんだって、別に構わないって言ったの。それとも、フィーと手を繋ぐのは嫌?」
「別に嫌ってことはないが……まぁいいか」
そう言って、小さく溜息を吐く。
どうせ、ディルクのところに向かうまでの間だけなのだ。それでフィリーネが満足するのであれば、好きにさせてあげよう。
そんな風に考えていると、今度は反対側の腕を取られた。
見れば、クリスティーネが俺の腕に己のそれを絡めている。
「んふふ、フィナちゃんがするなら、私も!」
そう言うクリスティーネは満面の笑みを見せている。密着する形となり、必然的に胸の双丘が俺に触れるのだが、本人に気付いた様子はない。
俺にとっては、最早一人も二人も同じようなものである。少々周囲の冒険者、特に男性陣から向けられる目が鋭いものになったように思うが、気にしないことにしておこう。
「まったく、こんな男のどこがいいんだか……」
背後から溜息と共にアメリアの呟きが聞こえてきた。
実際、俺自身も人目を憚らずギルド内で何をしているんだろうかと思わないでもないが、両脇の二人が実に楽しそうなので何も言えないのだ。宿屋の室内であれば、そんなことも気にする必要がないんだがな。
だが、アメリアの呟きを聞き取ったのだろう、シャルロットが「あれ?」と口にする。
「でもアメリアさん、ジークさんの事、人族の中では好感が持てるって言ってませんでしたっけ?」
何と、いつの間にそんなことを言っていただろうか。少なくとも、アメリアの口から俺の事を褒めるような言葉を聞いた覚えはないのだが。
もしや、俺の知らないところでは意外とそう言った話をしているのだろうか。
「違うわ、シャル。人族の中ではマシだと言ったのよ」
「えっと……同じことじゃないですか?」
「いいえ、全然違うわ。この男の事、私が認めることは絶対にないから」
「そ、そうですか……」
やはり、俺とアメリアとの間には、まだまだ高い壁が存在しているようだ。多少歩み寄れたように思えていたのだが、その速度も尺取虫程度ということだろう。
俺としてはアメリアに対してわだかまりなどないので、出来れば旅の間に少しくらいは打ち解けたいと思っているのだが。まぁ、この様子では難しそうだな。
さらに斜め後方からは、テオの感心したような声が聞こえてきた。
「はぁ~、ジーク先輩、モテモテッスね」
「先輩、さすがですね……」
「そうか? そもそも、別にモテてるわけじゃないと思うが……」
クリスティーネもフィリーネも、元々人とこんな風にスキンシップを取るのが好きなだけだろう。現に、宿などでも二人して隣り合い、布団の上でゴロゴロしている光景がよく見られる。
そこへ、シャルロットや今ではアメリアまで巻き込んでいることだって珍しくはないのだ。別に、触れ合う相手が俺である必要はないのだろう。
「そ、その……そろそろ、いいでしょうか?」
「ん? あぁ、そうだったな」
リリーがおずおずといった様子で問いかけてくる。
すっかり忘れていたが、ディルクの元へと向かう途中だった。
俺はリリーへと「悪い悪い」と返し、周囲から興味深げな、否、棘のある視線を向けられる中、ギルドの奥へと足を運んでいった。
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