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180話 大鬼進行対策会議3

 宿屋の一室、床に敷いた布団の上に腰を下ろし、俺は両手で足を揉み解していた。今は夕食も湯浴みも済ませ、就寝を控えた空き時間である。

 普段よりも、少し足が張っているように感じた。早めに町へと知らせるために、先を急いだのだから仕方がない。


 それでも俺は普段から鍛えているのでこれくらいで済んでいるのだが、クリスティーネとフィリーネは大分疲れているようだった。やはり、前日に全力で空を駆けたのが響いているらしい。

 既に、二人して布団にうつ伏せとなり、身体を思い切り伸ばしていた。


「それにしても、大変なことになったねぇ」


 クリスティーネが枕に頭を預け、両腕を上へと伸ばして首だけをこちらへと向けた。


「本当にな。クリスとフィナが見てきてくれて助かったよ」


 そう言って、労うように輝く銀の髪を持つ頭へと片手を乗せた。

 クリスティーネは微笑むと、せがむ様に頭に乗った俺の手を両手で掴み、足をパタパタと動かした。


 すると、反対側から服を引かれる感触を覚えた。

 見れば、クリスティーネと同じように布団に横になったフィリーネが上目遣いでこちらを見上げている。

 何を要求しているのかを察して頭を撫でれば、口元が笑みをかたどった。


 クリスティーネの髪は滑るようにサラサラとした感触だが、フィリーネのものは綿のようにふわふわである。どちらも非常に触り心地が良く、甲乙つけがたいものがある。


「ジークさん、今回みたいに魔物が町を襲う事って、よくあることなんですか?」


 そう言ったのは、布団にぺたりと座り込んだシャルロットだ。今はアメリアに、その緩くウェーブのかかった水色の髪を櫛でとかしてもらっている。

 俺に対しては実に冷ややかな態度のアメリアだが、シャルロットを始めとした女性陣には実に友好的である。今も、シャルロットの世話を焼くその表情はどこか楽しそうだ。


「少なくとも、半龍族の里ではなかったなぁ」


「フィーの町にも、魔物が攻めてきたことはないの。盗賊だったらあるの」


「火兎族の里でもなかったわね。来たのは奴隷狩りくらいなものよ」


 クリスティーネ達が口々に自らの体験を話す。

 それに応えるように、俺は一つ頷いて見せた。


「そうだな、こんな風に魔物の群れが攻めてくるようなことは、あまりないことだな」


 昔話として伝え聞く物語の中には、そう言った魔物を撃退するような話もなくはないが、実際には滅多にあるようなことではない。そんなことが頻繁にあれば、世界はもう少し殺伐とした様相を呈していることはずだ。

 こういったことは、それこそダンジョンに何らかの異変が発生し、魔物が外へと溢れた時くらいであろう。その時だって、事前に何らかの予兆が確認できるので、事前に対策を講じられるものである。


 今回は、俺達が偶然にも町へと接近するオーガの群れに気付けたが、本来であればもっと近付いてから発覚していたことだろう。

 そうなった場合、確実にこれから発生する被害は増えていたと考えられる。そう言う意味では、事前に気付けたのは幸運だったと言えるな。


「そうですか……大変な時に来ちゃいましたね」


「まったくだ」


 眉尻を下げるシャルロットにそう返し、小さく溜息を吐く。

 振り返ってみれば、呪術を操る男に襲われたり、ダンジョン内で罠に掛かったり、赤い鎖に襲われたりと、ここのところ不運が続いているようにも思う。知らないうちにそういった呪いにでもかけられているのではないだろうか。


「ただ、この町が魔物の群れに襲われるのは、ただ運が悪かったってだけじゃないように思うんだよな」


「ん? ジーク、それってどういうこと?」


 俺の言葉に、クリスティーネを始めとした女性陣が首を捻って見せる。

 もちろん、今回の事態をただ不運だったと片付けることはできる。ただ、俺には今回の件に因果関係があるように思えてならないのだった。


 もちろん、そんな風に思ったのには理由がある。

 この町は、人族至上主義の町であるが故に、他の町とは違うところがあるのだ。

 皆はそのことに気付いているだろうか。


「クリス、この町の冒険者ギルドに入って、何か気付いたことはないか?」


「気付いたこと?」


 俺の言葉に、クリスティーネは頭の上に俺の手を捕まえたまま首を捻って見せる。

 それから、「む~」と小さく唸り声をあげた。


「王都に比べると建物が小さかったけど、他の町の冒険者ギルドもそんな感じだったでしょ? 依頼掲示板も受け付けも、よくある普通の感じだったし……」


 一つ一つ記憶を言葉に変えていくが、何れも冒険者ギルドを構成する基本的な要素である。

 これは答えられないかな、と思っていると、左手側から小さく声が上がった。


「あの、何となくですが、人が少なかったなって……」


「シャル、正解だ」


 おずおずといった様子のシャルロットへと、褒めるように言葉を口にした。

 シャルロットの言うように、冒険者ギルド内にいる冒険者が他の町と比較しても少なかったように思う。そしてその原因にも心当たりがあった。

 だが、これだけではわからないようで、クリスティーネは首を傾げたままである。


「確かに、言われてみれば人が少なかったように思うけど……それが、魔物の群れに関係するの?」


「あぁ、俺はそう思ってる。一つずつ説明していこうか」


 そう言って、俺は指を一本立てて見せようとしたのだが、生憎と俺の両手はクリスティーネとフィリーネの頭上にある。

 仕方なく、俺は口頭のみで説明を続けた。


「まず、冒険者ギルドに冒険者が少なかったのは、異種族の冒険者がほとんどいなかったからだろうな」


 俺の説明に、クリスティーネ達はほぅほぅと納得の表情を見せる。


 この町に異種族の冒険者が少ないのは、ひとえにこの町が人族至上主義の町だからであろう。異種族が町の中を歩けば白い目で見られ、買い物にも難儀するともなれば、異種族の冒険者が近寄らないのは道理だ。

 だが、異種族の冒険者は、人族の冒険者と同数くらいには存在するのである。そんな異種族の冒険者が立ち寄らないということは、町に訪れる冒険者が半減するということである。


「町に来る冒険者が減ると、どうなると思う?」


「ん~っと、依頼が余るようになるかなぁ?」


「狩りに行く人も減るから、お肉や素材が減っちゃうの?」


「そうだな」


 二人の言葉に首肯を返す。

 どちらも、冒険者が減ることによって発生するであろう弊害だ。ただ、それだけであればそこまでの問題ではない。

 依頼は優先度の高いものを冒険者ギルド側が選別すれば良いし、食料は他の町から調達することもできる。


 問題なのは、その状況が長期に渡ることによって発生する、魔物の増殖だ。


「冒険者って言うのは、ある意味では魔物の数の調整役を担っているんだよ」


 冒険者は狩りのために森へと踏み入り、魔物を仕留めるのが仕事だ。魔物が大量に発生するようなことがあれば、冒険者ギルドに討伐依頼が出されることだろう。

 そんな冒険者の数が減れば、相対的に魔物の数が増えるのである。


「それじゃ、オーガの群れがこの町に向かってるのは、冒険者の数が少ないから?」


「あくまで推測だけどな」


 この町が人族至上主義の町でなければ、冒険者の数が減ることはなかっただろう。冒険者の数が他の町と同数程度であれば、事前に魔物を間引くことでその数を減らし、オーガが群れとなることはなかったはずだ。

 また、近くに他の町があれば、その町の冒険者が狩りの役目を担ってくれたことだろう。だが、この町の北側には遠く離れた場所にしか次の町が存在しない。


 そう言った細かい条件が重なったことで、今回のオーガの群れへと至ったのだろうと俺は語った。

 俺の言葉に、クリスティーネ達は納得の表情を浮かべる。


「確かに、ジークの言う通りかも!」


「つまり、この町が人族至上主義の町である以上、いつかは起こっていた問題ってことだ」


 そう言って、俺はこの話を締めくくった。

 たとえ今回の件を乗り越えたところで、この町の意識が変わらなければ同じことを繰り返すだけかもしれない。ただ、町の人々の意識を変えるのは大変なことだろう。

 俺達に出来るのは、目先に迫った脅威を少しでも減らすことだけだ。

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