177話 旧知の再会2
「それで、二人はどうしてこんなところにいるんだ?」
そう言いながら、俺は鍋からスープを器へとよそってテオへと手渡した。二人が落ち着くのを待ちながら、丁度良い時間帯なので昼食を取ることにしたのだ。
テオは軽く頭を下げながら、俺の手から器を受け取った。
「依頼ッス! 王都で霜雪草の採取依頼を受けちゃって……」
「霜雪草の?」
思わず俺は聞き返していた。
霜雪草と言うと、北の寒い土地や氷の属性の強い土地で取れる薬草の一種だったはずだ。少なくとも、王都の周辺には自生していないはずである。あまり詳しく覚えてはいないが、何かの薬の材料になると記憶している。
そんな薬草の採取依頼が王都に出るなど、余程品薄だったのだろうか。
それにしても、二人は王都に拠点を置くギルドに所属している冒険者である。よくそんな、面倒な依頼を引き受けたものだ。
「聞いてくださいよジーク先輩! テオったら、報酬額の高さに釣られて霜雪草の採取依頼なんか受けたんですよ!」
「それについては、もう謝っただろう!」
どうやら、テオが依頼票の内容をよく見ずに受けてしまったらしい。そう言えば、俺がギルドに所属しているときも、テオは少し粗忽者なところがあった。
嬉々として依頼を受け、事実が分かったところでアルマにこっぴどく怒られる様子が目に浮かぶようである。
そんなことを考えながら、俺は一つ溜息を吐いた。
「テオ……依頼票はよく見るようにと、あれほど教えただろう……」
そう言いながら、俺は軽く頭を抱えた。
まだ俺がギルドに所属していた頃、冒険者になったばかりのテオとアルマの面倒を見ていた時のことを思い出す。
依頼の受け方もわからない二人へと、俺がいろいろと教えたのだった。そう言えば、アルマは比較的すぐに慣れていたのだが、テオはずっと依頼額ばかりを気にする癖が抜けていなかったな。
俺の言葉に、テオは慌てたように両手を彷徨わせる。
「ジ、ジーク先輩は、どうしてこっちの方まで?」
露骨な話題逸らしだが、俺としてもそこまで追及するつもりはない。
アルマはもう少しの間テオへと半目を向けていたが、こちらの事情が気になったのか俺の方へと目線を向けてきた。
「まぁ、ちょっと用があってな。ここから北東にある、シュネーベルクの町まで行くつもりだ」
実際の目的地はそこからさらに北にあるという火兎族の隠れ里なのだが、テオ達にそこまで知らせるのはな。
アメリアを目にしても火兎族と言う種族を知っているわけではなさそうなので、詳しい事情は話さない方が良いだろう。何かの拍子に火兎族の存在が知れ渡れば、また面倒なことになりそうだ。
詳しく聞かれないよう、俺は再びテオ達へと話の矛先を向ける。
「だが二人とも、ギルドの方はいいのか? こっちまで来るとなると、大分王都を離れることになるだろう?」
ギルドに所属しているからと言って、別に束縛されるということはない。高ランクの冒険者にもなれば、受ける依頼によっては数か月帰らないということもざらである。
だが、二人とも将来有望とは言え、まだまだ新人の域を出ない。そのため、しばらくは王都の周辺で受けられる依頼を受けるものだと思っていた。
まぁ、今回の依頼は不可抗力ではあったようだが。
しかし、俺の疑問に二人は揃って首を横に振って見せる。
「いや、俺達、ギルドは辞めたんスよ」
「ん? そうだったのか?」
「えぇ、少し思うところがありまして」
二人の言葉に、ふむ、と考え込む。それも一つの選択だろう。
ギルドは世界にいくつもあるのだし、所属するもしないも本人の自由である。
この二人であれば前のギルドよりも良いところにも入れるだろうし、俺達のようにギルドに所属しないという選択肢もある。
それからスープの入った器へと口を付けながら周囲へと目を向ければ、少し離れたところにオーガの死骸があった。あれらは後で解体する必要があるな。
「それにしても、災難だったな。こんな街道のど真ん中で、オーガに襲われるなんて」
事前に魔物の動きが活発化しているという情報は得ていたものの、この目で直に目にすると衝撃が大きい。特に、ゴブリンなどの小物ではなく、オーガが出てきているというのが驚きだ。
オーガと言うのは、もっと森の奥のような人の踏み入らない土地に生息する魔物である。それが街道まで出てきたとすると、周辺には多大な被害が出ていそうである。
これからの旅路にも一層の注意が必要だな、などと考えていると、テオが突如として立ち上がった。
「そうだった、こうしちゃいられないッス! 早く町に知らせないと!」
その言葉を受け、アルマもはっとしたように表情を変化させた。その態度を目にし、俺は首を傾げるばかりである。
周辺に魔物の影はなく、オーガ達はすべてテオとアルマの手によって打ち倒されている。これ以上、何をする必要があるのだろうか。
もちろん、街道付近にオーガが出没したことについて報告は必要だろうが、そこまで急ぐ必要もないだろう。
頭に疑問符を浮かべる俺達の前で、テオは言葉を続けた。
「オーガはこれだけじゃないんス! もっと大勢のオーガの群れが、この先のノルドベルクの町に向かってるんスよ!」
「何だって?」
そうして、しばらく慌てる二人を落ち着かせながら詳しい事情を聞きだした。
まず、二人が打ち倒したオーガ達と遭遇したのは、昨夜のことだという。この街道の先、少し北に外れた草原で、オーガの群れと遭遇したそうだ。
その数はあまりにも多く、二人は一目で討伐は不可能だと踵を返したらしい。
だが、その際に何匹かのオーガに気付かれてしまったようだ。それから二人はオーガ達に追われ、夜通し逃げ続けることとなったらしい。
逃げながらも少しずつ数を減らし、ようやくこの場ですべてを打ち倒したようだ。だが、その時にテオが致命傷を負ってしまったらしい。
そこへ、俺達が通りかかったというわけだ。
「なるほどな、オーガの群れか……そいつは不味いな」
オーガと言うのは、オーク以上に強力な魔物である。討伐するには、それなりに力のある冒険者が必要だ。
数が少なければ俺達だけでも対処が可能だが、テオ達によると魔物はそれ以上の数だという。少なくとも、俺達だけでは討伐は不可能だということだ。
そんな魔物の群れが人里へと向かっているとなれば由々しき事態である。早急に確認し、何か必要な対策を取らなけれなばらないだろう。
腕を組む考え込む俺を、ちょいちょい、とクリスティーネが突く。
「ねぇジーク、私が様子を見てこようか?」
そう言って、銀の翼を大きく広げた。
「そうだな……」
クリスティーネであれば、上空から確認が可能だろう。オーガのおおよその数や進行方向がわかれば、取れる手段の方向性も決まってくるというものだ。
テオ達がオーガを目撃してから少し経っている今、偵察をして現在の同行を確認するのは悪くはない考えだ。
だが、一人で行かせるのは少々不安である。
俺は背後を振り向き、白翼の少女へと視線を送った。
視線を受けたフィリーネは一つ頷き、隣に座るクリスティーネへと抱き着いて見せる。
「クーちゃんが行くなら、フィーも一緒に行くの。二人の方が安全なの」
「ありがと、フィナちゃん!」
抱き合う二人へと、俺は首肯を返す。
二人ならば、万が一何かあったとしても大丈夫だろう。
それから俺達は空を駆ける二人を見送り、今日のところはその場に止まることを選択した。これからどう行動するかは、オーガの動き次第で変わってくる。
そうして焦れるような時間が過ぎ、二人が戻ってきたのは陽が落ちるころだった。
かなり急いできたのか、二人とも地上に降りた時にはその場にへたり込み、額からは大量の汗を流していた。
そうして息を整える暇も惜しいように、こちらを見上げて報告を口にする。
「ジーク、大変大変! すごい数のオーガ達が、こっちの方に向かってる!」
「このままだと、間違いなく二、三日後にはノルドベルクの町に行きつくの!」
評価およびブックマークを頂きました。
ありがとうございます。
「面白い!」「続きを読みたい!」など思った方は、是非ともブックマークおよび下の評価を5つ星にしてください。
作者のモチベーションが上がります。




