176話 旧知の再会1
俺達が近づくことに気付いた藍色の髪の少女、アルマははっとしたように顔を上げ、その腕に抱えた少年、テオを護るように強く抱き抱えた。
しかし、すぐにその瞳は大きく開かれることとなる。
丸々とした髪と同じ藍色の瞳が、俺の姿を捉えた。
「ジーク先輩、どうしてここに?!」
少女が驚きを露わにしているが、俺としても似たような感想を抱いている。
このアルマと言う少女とテオと言う少年は、以前俺が所属していたギルドにいた後輩だ。確か俺が冒険者となって一年程経過した辺りで、王都の冒険者ギルドで出会ったのだった。
冒険者になるために王都へ来たばかりで、まだ右も左もわからなかった二人にいろいろと世話を焼き、折角知り合ったのだからとギルドに勧誘したのだった。二人がギルドに所属してからは時折、この二人を連れて依頼に行ったりしたものである。
俺がギルドから去って以来、合う事とはなくなったが、どうやらまだ冒険者を続けているようだ。まぁ、二人とも将来有望な冒険者だったからな。
積もる話はあるものの、今はテオの身が優先である。
「話は後だ。まずはテオの治療をするぞ」
そう言って手を差し伸べれば、応じるようにアルマがその手に抱えたテオをこちらへと差し出して見せた。額からの出血は酷く呼吸も浅いが、一応生きてはいるようだ。その事実に小さく胸を撫で下ろす。
そうして治癒術を行使し、テオの治療を試みる。白い光が溢れ出し、徐々に傷口が塞がっていった。治癒術では付着した血液まで取れるものではないので、後で洗い流す必要があるだろう。
俺が治療を続ける中、アルマは涙を拭いながらぽつぽつと言葉を溢す。
「私達、ずっとオーガの群れに追われて……何とか倒せたんですけど、テオが……薬は使い切っちゃったし、私は治癒術は使えないし……」
「そうか、よく頑張ったな。もう大丈夫だ」
詳しい話を聞くのは、テオの意識が戻ってからでもいいだろう。それよりも、今はアルマを落ち着かせた方が良い。
俺はアルマの話へと相槌を打ちながら、じっくりと治療を続けていった。
そうしてしばらく、治療が完了するのと同時にテオが身じろぎをした。もうすっかりと呼吸も安定している。
ゆっくりと瞼が持ち上がり、その明るい茶の瞳が露わになる。始めは少しぼんやりとしていた様子だったが、次第に焦点が合い始めた。
それから小さく唇が動いた。
「うっ……俺は……」
「テオ!」
意識を取り戻したテオへと、アルマが縋りつく。その体はテオを失うかもしれなかったという恐怖からか、小刻みに震えていた。
その様子に、テオは少し驚いたような表情を見せた。少し記憶が混濁しているのが、何が起こったのかわかっていない様子である。
「アルマ……?」
「よかった……本当によかった……!」
しばらくの間、抱き合う二人を俺達は静かに見つめていた。
「いやぁ、ジーク先輩にはまた世話になったッス!」
そう言って朗らかに笑うのは明るい茶髪を跳ねさせた少年、テオである。確か、年齢は俺よりも一つか二つほど下だったはずだ。
先程まで死にかけていたとは思えないほどの元気の良さである。今は、水に濡らしたタオルで血の付いた額を拭っていた。
テオは冒険者らしい軽装に身を包み、腰には一振りの長剣を吊り下げていた。典型的な剣士であり、確か中級剣技までは使えたはずだ。
「本当に、ありがとうございました」
その隣、土魔術で作り上げた岩の上に腰掛け、綺麗に足を揃えているのがアルマである。テオの幼馴染の冒険者で、年齢もテオと一緒だったはずだ。
先程まで涙を見せていたために、今は少し目元が赤く腫れている。
アルマは魔術師が良く身に付けるようなローブに身を包んでいる。それもそのはずで、アルマは魔術士だ。その傍らには、先程まで地面に転がされていた杖が置かれている。
「助けられてよかったよ。俺達が今日、ここを通りかかったのは幸運だったな」
この広い世界で、こんな風に知人の命の危機に通りかかる確率と言うのは如何ほどのものだろうか。
今回、俺達が通りかかっていなければ、間違いなくテオは命を落としていたことだろう。本当に、幸運だったという他にない。
そんな風に考えていると、横から軽く袖を引かれた。
振り向けば、クリスティーネのくりくりとした金の瞳と目が合った。
「どうした、クリス?」
「あのね、ジーク。この二人って、ジークの知り合い……なんだよね?」
その言葉に、俺は「あぁ」と首肯を返す。そう言えば、互いに見知った間柄だけに紹介するのをすっかり忘れてしまっていた。それもこれも、再会があまりにも衝撃的であったためである。
俺は一つ咳ばらいをすると、クリスティーネ達へと向き直る。そうして、片手でテオ達を指し示した。
「テオとアルマと言ってな。俺が以前ギルドに所属していた時の……まぁ、所謂後輩ってやつだな」
「テオッス! ジーク先輩にはお世話になってるッス!」
「アルマと言います。テオ共々、よろしくお願いします」
俺の紹介に、テオは快活な笑顔で、アルマは丁寧な礼で応えた。
それを聞き、クリスティーネ達はほぅほぅと納得したような表情を浮かべた。
さらに続いて、俺はテオ達へと再度向き直り、今度はクリスティーネ達へと片手の掌を向けた。
「彼女達は、俺が今パーティを組んでいる冒険者達だ」
「半龍族のクリスティーネだよ! よろしくね!」
「えっと……シャルロット、です」
クリスティーネが元気よく、シャルロットがおずおずといった様子で名乗りを上げる。
クリスティーネは他者に対して壁を作らず、性格も明るいのですぐに打ち解けることだろう。シャルロットは少し人見知りなところがあるが、素直な良い子なので特に心配はしていない。
それからフィリーネはと言うと、どういうわけか俺の後ろから両腕を前へと回し抱き着いてきた。
「フィーは有翼族のフィリーネ。ジーくんの婚約者なの」
「いきなり何を言い出すんだ……」
俺はさして慌てることなく、深く溜息を吐いた。フィリーネの奇行には、もう随分慣れたものだ。
だが、初対面の者はそうではない。テオとアルマなど、わかりやすく表情を驚愕へと変えた。
「ジーク先輩、婚約したんスか?!」
「おめでとうございます!」
「はぁ……誤解だ、誤解」
俺はもう一つ溜息を吐いた。そうして首だけを上へと向ければ、いい笑顔を浮かべたフィリーネと目が合った。
その目を見ながら、俺は軽く非難するように睨みつける。
「フィナ、初対面の相手に、あまりそういう冗談を言うんじゃない」
「こういうのは初めが肝心なの」
全く反省した様子のないそれを見て、俺は三度目となる溜息を吐いた。
それから軽く腕を振りほどけば、フィリーネは存外素直に俺から腕を放した。
そうして俺は再度テオ達へと向き直ると、真剣な表情を作って見せる。
「このように、フィナは少し変わった子なので、話半分……いや、できれば二割くらいで聞いてくれ」
「わ、わかったッス」
少し戸惑ったような表情で了承を返すテオ達へと、俺は頷きを返した。
そうして、最後の一人へと目を向けた。
俺の視線の先、少し離れた場所には我関せずといった様子でそっぽを向いた赤毛の少女、アメリアの姿がある。
これまでの言動から、こういった場面でも一応俺達の会話に耳を傾けているのは間違いない。とは言え、自分から人族へと名乗るようなことはないだろう。
仕方なく、俺はアメリアを手で示した。
「それから、あの子がアメリア。見ての通り彼女も異種族で、人族にはあまりいい感情を抱いていないようだから、出来るだけ刺激しないでやってくれ」
「よくわからないッスけど、わかったッス!」
「テオの分まで私が気を付けますね」
特に疑問に思うこともなく、二人は了承を返してくれた。
二人とも素直な子なので、イタズラにアメリアへと突っかかるようなことはないだろう。
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