175話 人族至上主義の町8
「確かに受け取ったよ」
俺の差し出した部屋のカギを受け取り、ゲルダはそう口にした。
いよいよ、ノルドベルクを出立する日がやって来た。とは言っても、この町に来てまだ三日目でしかないなのだが。
宿屋の孫娘エマの協力のおかげで、旅に必要な物資も買い込むことが出来た。魔物の動きが活発になっているという点が少々不安材料だが、何事もなければ後七日程で目的地であるシュネーベルクへと辿り着くことだろう。
「世話になったな」
俺は素直に礼を口にした。
事実、この宿屋に泊まらなければ宿泊はもちろん、物資の補給にも苦労していたはずである。少々外観は古びていたが、食堂の食事も素朴ながら美味しく、部屋の古さもそこまでは気にならなかった。
これは、この宿を紹介してくれた冒険者ギルドのリリーにも感謝が必要だろう。王都へと戻るときに立ち寄った際は、もう一度礼を言いに行こう。
「またこの町に来るようなことがあれば、うちに泊まっていきな」
「あぁ、そうさせてもらうよ」
実際、王都まで戻る際は高確率でこの町に立ち寄ることだろう。その時には、再びこの宿屋の世話になることだろう。
それから、俺は奥の方へと目線を移した。そちらには通路が伸び、食堂の裏側へと続いているはずだった。
折角なのだしエマにも挨拶をしたかったのだが、朝食の席で見かけたのが最後である。おそらく、今も食堂の手伝いをしているのだろう。
「エマにもよろしく伝えて――」
「呼びましたか?」
その言葉と共に、通路の向こうからひょっこりとエマが顔を見せた。その両手には、昨日と同じように木製のボウルが抱えられている。また芋でも潰していたのだろうか。
だが、丁度良かった。俺はエマへと軽く片手を上げて見せる。
「あぁ、俺達は今から出るんでな。最後に、挨拶だけでもしておこうかと思って」
「そうでしたか。わざわざありがとうございます」
「いろいろと世話になったな」
「いえいえ、こちらこそいろいろとお話が聞けて楽しかったです」
そう言って、屈託のない笑顔を見せる。
昨日の買い物の間や夕食の席などでエマとは多くを話し、かなり打ち解けていたのだった。
「それじゃ、王都からの帰りにまた寄るよ」
「またね、エマちゃん!」
「お世話になりました」
「また来るの」
「はい、お待ちしております」
俺達は口々に別れを告げ、宿屋から外へと出ていく。なお、アメリアだけは相変わらず終始無言だった。
アメリアにとってはこの町は特に合わなかったようで、終始ピリピリとした雰囲気だ。まぁ、町にいるのが嫌いな人族ばかりで、さらには敵意まで向けられているとなれば無理もないだろう。
そうして俺達は町中を歩いて町の出入り口である外壁の門を潜り抜け、シュネーベルクの町へと向かって歩き始めた。長く伸びた街道が、地平線の向こうまで続いている。
「それにしても、変な町だったの」
「なんていうか、息が詰まっちゃうよね」
フィリーネが吐息交じりに溢すのに対し、クリスティーネが苦笑を返している。
異種族であるクリスティーネ達にとっては、居心地の悪い思いをしたことだろう。俺自身、人族ではあるもののクリスティーネ達と共にいることで終始厳しい目線を向けられていたのだ。
あまり訪れたくはない町だったが、王都へ戻る道程を考えると、帰りにもう一度寄る必要があるだろう。
それでも宿屋と買い物ができる店は覚えたので、次回来る際はもう少しトラブルに巻き込まれないで済むはずだ。
「まったく、嫌なところだったわ。何度斬り捨ててやろうと思ったかしら」
「思い止まってくれて何よりだよ」
俺は小さく溜息を吐いた。アメリアが刃物まで持ち出していては、あれだけの騒ぎで収まったはずがない。よく止まってくれたものだと思う。
俺に良く突っかかることで若干短期っぽく見えるアメリアだが、その実結構我慢強いところがある。冷静な対応が取れるところは意外に気が合うと思っているのだが、アメリアが人族を嫌っている以上は仲良くすることは残念ながら不可能だろうな。
「でも、これでクリス達も人族がどれだけ非道かわかったんじゃないかしら?」
「う、う~ん、そうだねぇ……」
何故か嬉々とした表情を見せるアメリアに対し、クリスティーネは曖昧な微笑みで返す。
あの町は特殊な例過ぎて何の参考にもならないと思うのだが、どうもアメリアは益々人族嫌いを募らせていそうだ。
「でも、いい人もいましたよ?」
シャルロットが取り成すようにそう口にした。
確かに、冒険者ギルドのリリーや宿屋のエマやゲルドを始めとした、普通に接してくれる人もいたのは事実である。そう言った人がいなければ、多少無理をしてでも別のルートで王都まで帰ることを考えていただろう。
シャルロットの言葉に、アメリアは形の良い眉を寄せて見せる。
「まぁ、そこまでは否定しないわ。そう言った人族の中でも……そうね、この男は比較的マシな方と言えるわ。認めたくはないけれど」
そう溢すアメリアの表情は、どこか不服そうだ。相変わらず嫌われてはいるようだが、当初よりも多少は評価が見直されているらしい。
その言葉を聞いたシャルロットは、少し表情を明るく変化させる。
「それじゃあ、ジークさんともう少し仲良く――」
「それは嫌」
シャルロットの言いかけた言葉を、バッサリと切って捨てて見せた。そこまではっきりと否定されると、さすがの俺も少し傷つくのだが。
しかも人間的に嫌われているというより、種族的に嫌われているみたいなので、最早改善のしようもないと来たものだ。さらに言っている本人に悪気は無いようである。こうなるともうお手上げだ。
「そうですか……」
そう言って、シャルロットは小さく肩を落とす。その様子を見たアメリアは何か言いたげに口を開閉していたが、結局は何も言わずに口を閉ざした。
どうあっても俺と仲良くする気はないということだろう。その事実に、俺は小さく溜息を吐くのだった。
それからこの日は順調に歩を進め、街道脇での野宿となった。
明けて翌日、この日も移動を続ける予定で、付近に街はないために夜は野宿となる見込みである。
そうして軽く談笑をしながら歩き続け、昼が近くなった頃だろうか。
前方に、複数の影が見えてきた。
街道上に、人の背丈の半分ほどの人影が見える。それだけ背が低いというわけではなく、どうやらその場で膝を曲げているらしい。
さらに、その周囲にはいくつもの小さな影が見て取れた。
近付くにつれて、先の状況が見て取れるようになる。人影の周囲に横たわっているのは、いくつもの魔物の死骸だった。
人に似た姿形をし、二足で歩き二本の腕を持つ魔物。オークよりも大柄な身体に赤黒い肌、額からは小さな二本の角が生えている。
それは比較的森の奥に棲むはずの、オーガと言う魔物だった。
戦闘が行われたのか、オーガの死骸はどれも損傷が激しい。鋭い切り口からは大量の鮮血が溢れ、地面に血の絵画を描いている。
そんな魔物達の中心で、一人の少女が土が付くのも厭わず地面に膝をついていた。その両腕には、地面に横たわる少年の体を抱えている。
少女は瞳から涙を流し、必死の形相で腕に抱えた少年へと呼びかけていた。よく見てみれば、少年は意識がないのか少女へと何の反応も返しておらず、その額からは血を流していた。
おそらく、オーガと争って負傷したのだろう。まだ息があれば救うことが出来ると、俺達は足を速めた。
そうして少女達まであと数歩と言うところまで近づいたところで、ようやく少女の顔が確認できた。
その顔を見て、俺は驚きに小さく息を呑んだ。
「アルマ?! ってことは、そっちはテオか!」
王都から離れた北の地で再会したのは、以前所属していたギルドの後輩達だった。
評価およびブックマークを頂きました。
ありがとうございます。
「面白い!」「続きを読みたい!」など思った方は、是非ともブックマークおよび下の評価を5つ星にしてください。
作者のモチベーションが上がります。




