174話 人族至上主義の町7
「と、言う事があってだな」
「そいつは災難だったねぇ」
俺の言葉に、老婆は口の端を吊り上げながら煙管を軽く叩いた。
それから細く息を吐けば、その口からは白い煙が立ち昇る。
俺達は今、ノルドベルクの町で宿泊している宿屋の一階にいた。町中で男達と揉めた後、一度宿屋へと戻ってきたのだ。
クリスティーネ達は俺のすぐ傍で、各々椅子に腰かけて賑やかに談笑している。男達と揉めた当初は気分を害した様子だったが、今はそんなこともすっかり忘れているようだ。
そんな少女達を脇に置き、俺は一人、宿屋で受付をやっている老婆へと愚痴を吐いていた。
「そんなわけで婆さん、異種族でも買い物ができる店はないだろうか?」
「ゲルダさんとお呼び、小僧」
そう言いながら老婆、ゲルダがギラリと目を光らせる。戦闘力などなさそうなのだが、その眼光は不思議と鋭かった。
それに対し、俺は後ろ手で頭を掻きながら苦笑を返す。
「わかったよ、ゲルダさん。俺はジークハルトだ」
「ふん、覚えておいてやろうじゃないか。それで、異種族でも買い物ができる店、だったかい?」
「あぁ、心当たりはないだろうか?」
「なくはないね。いいだろう、折角の客だしね、何とかしてやろうじゃないか。エマ、おいで!」
ゲルダが奥へと声を掛ければ、すぐにぱたぱたという足音が近づいてきた。
そうして現れたのは宿屋の孫娘、茶髪の少女エマだ。料理の手伝いでもしていたのか、手には木製のボウルと棒を持っていた。中に入っているのは芋だろうか。
「なぁに、おばあちゃん?」
「この坊や達が異種族でも買い物ができる店を探しているんだとさ。エマ、お前さん暇だろう? 案内しておやり」
「いや、そこまでしてもらわなくても場所さえ聞ければ――」
「ん~、いいよ、丁度終わるところだったし!」
特に悩んだ様子もなく、エマが笑顔で即答する。
俺としては地図で二、三か所ほど場所を示してくれれば十分だったのだが、ゲルダは孫娘のエマに案内させるつもりのようだ。
しかし、不慣れな町を地図を頼りに歩くのと案内があるのとでは大違いである。可能なのであれば、案内を頼む方が良いだろう。
それからエマは俺達へと少し待つよう告げると、再び奥の方へと歩いて行った。おそらく、今手を付けている作業を終わらせてから来るつもりだろう。
俺はゲルダへと礼を言うと、談笑に興じているクリスティーネ達へと準備するように声を掛けた。それからそれほどの間を置かず、再びエマが姿を現す。
「準備が出来ました。それでは行きましょうか!」
そう言うと、エマは俺達を先導して宿屋の外へと歩き出す。
その途中、宿屋の入口の扉を開けるのに少し苦労していた。建付けが悪いのか、扉は開閉の度に大きな音を立てている。いつか外れてしまいそうだな。
「それで、まずはどこに行きましょうか?」
陽の当たる通りへと出て、エマが小首を傾げて見せる。
その様子を前にし、俺は軽く腕を組んだ。
「そうだな……まずは食材を見に行きたいな」
先程の店で、簡単な雑貨は購入できた。もう少し補充も必要だが、まず食材の買い足しが先だろう。
『時間遅延』の効果が掛かったマジックバッグがあるおかげで、生の食材は遠慮なく買うことが出来る。次の大きな町であるシュネーベルクまでに必要な分の食材さえ買えればいいだろう。
「その後は、昼飯でも食べるか」
「お昼ご飯?」
「あぁ。エマさんも、案内のお礼に奢ろうと思うんだが、どうだろうか?」
「いいんですか? 御馳走になります!」
隣を歩いていたエマが笑顔を見せる。
食料品を売っている店までは少し距離があるようだ。丁度良い機会だし、いくつか質問してみるか。
「それにしても、この町はどうしてこんなに異種族に厳しいんだ?」
この町以外で、ここまで異種族に厳しい町と言うのは聞いたことがない。そう言う思想を個人が持つことはそこまで珍しくはないが、町のような規模となるのはまずないことである。
厳密には希少種族など、小さな村を形成して異種族を排斥する種族と言うのはないわけではない。火兎族であるアメリアも、おそらく似たような環境で生まれ育っていたのだろう。
だが、人族となると話が違う。人族は、世界で最も数の多い種族である。そのため考え方も多種多様に存在し、種族内で意識が統一されるようなことはまずない。
この町に人族以外の種族を排斥するような人々が集まったのは、何らかの原因があるはずだ。そのことについて、エマは何か知っているだろうか。
「そうですね……おばあちゃんはから聞いた話ですけど、昔このあたりで、人族と異種族の間で争いがあったって話ですね」
「争い……ですか?」
「えぇ。何が原因だったかとかは、わからないみたいなんですけど。その争いの結果、人族が勝利したみたいですね」
「なるほどな……その争いに勝利した人族が、この町を作ったってことか」
俺は小さく吐息を吐いた。
それほどに根深いのであれば、一朝一夕には変わることもあるまい。この町はこれからも、異種族を排斥して続くことだろう。
まぁ、それは決して悪いことではないのかもしれない。個人的には異種族も含めて交流する方が何かと都合が良いと思うのだが、そのあたりは町を治めている者が考えることである。そう言えば町の運営者は、この町のことをどう考えているのだろうか。
そんな風に考えて、ふと気になったのはエマのことである。
「そう言えば、エマは異種族を嫌ってないんだな?」
エマと言いゲルダと言い、俺達に対する態度は至って普通のものである。この町ではその他に冒険者ギルドのリリーなどもいるが、ギルドの関係者はまた別だろう。
周囲に異種族嫌いが多くいるとその考えに染まりそうなものだが、エマはそうではないようだ。
「別に、異種族に何かされたわけじゃありませんからね。それに、『人族だろうが異種族だろうが、金さえ払うなら客に変わりはないだろう』って、常日頃からおばあちゃんは言ってますし」
「あぁ、如何にも言いそうだな」
エマの言葉に苦笑を返す。エマがこんな風に俺達へと接してくれるのも、すべてはゲルダの教えのおかげなのだろう。
そこへ、クリスティーネが後ろからひょっこりと顔を見せる。
「例え種族が違ったところで、それ以外に違いなんてないのにね、ジーク?」
「あぁ、まったくだな」
クリスティーネの言葉へ首肯を返す。
今まで俺とクリスティーネ達の間に種族の壁があるなんて思ったことはないし、それはこれからも変わらない思いだろう。まぁ、翼や尻尾があるのって、どんな感覚なんだろうな、などとは思ったことはあるのだが。
その後はエマの案内で店や食事処を回り、無事に必要な物資の買い出しを済ませることが出来た。
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