173話 人族至上主義の町6
「本当に……イライラする町だな……」
俺達はノルドベルクの町中を南へと歩いていた。
その足取りは、俺の内心を反映したように荒々しいものであった。
「まさか、ここまで嫌われてるなんてね」
「売ってもらえないとまでは思ってなかったの」
そう言って肩を落としたのはクリスティーネとフィリーネだ。二人の背から伸びる翼も、その心を反映したように今は小さく折りたたまれている。
シャルロットも普段より益々その小柄な体を委縮させるように小さくしているし、終始無言のアメリアも心なしか眉間の皴が深くなっているようである。
皆がそんな様子となった原因は明白だ。冒険者ギルドを後にし、旅に必要な消耗品の補充などをしようと町に出た俺達なのだが、フィリーネの言うように商品を売ってもらえなかったのだ。
いくつかの店舗を回ってみたのだが、そのどこでも買うことが出来なかったのである。店主達は、口を揃えて異種族に売る物などはないと言い張るのだった。
しかし、これは由々しき事態である。まだ物資にはある程度の余裕はあるものの、不測の事態に備えるためにもこの町で補充は済ませておきたいのだ。
こうなってしまっては、取れる手段は一つだけだろう。
「仕方ない、俺一人で行ってくるから、皆は外で待っていてくれるか?」
人族である俺だけであれば、おそらく買い物も可能だろう。
実際には見た目上、人族に見えるシャルロットを伴ってもいいわけだが、俺と二人だけで買い物をするよりも、皆で話でもしている方がシャルロットとしても楽しいだろう。
「わかったの、大人しく待ってるの」
「いってらっしゃい、です」
そうして俺は皆に見送られ、一つの建物へと足を踏み入れた。そこは雑貨屋のようで、様々な品物が棚に所狭しと並べられている。
そこで俺は、いくつか旅に必要なものを手に取っていく。皆を待たせているので、あまり物色せずに品物を選んでいった。
それらを手に、カウンターへと向かっていく。
今までの店であれば、俺達がカウンターへ向かえば店主は露骨に顔を顰めていたのだが、今回は普通の反応である。やはり、人族だけと異種族を伴うのとでは、この町では大きな違いがあるようだ。
無難に会計を済ませ、商品を背負い袋へと仕舞った俺は店外へと進み出る。だが前方へと目を向ければ、店外で待っているはずの皆の姿がなかった。
どこに行ったのかと周囲を見渡せば、皆の行方はすぐに知れた。だが、その様子が少しおかしい。
通りの少し向こうで、三人の男がクリスティーネ達と向かい合っている。何れもクリスティーネよりも頭一つ背が高く、質素な服を着た体格の良い男達だ。
そのうちの一人が、どういうわけかシャルロットの片腕を掴んでいる。シャルロット本人はと言うと、嫌がるように身を捩り、反対の手でクリスティーネの服を掴んでいた。
その周りでは、通りがかりと思わしき数人の人達が遠巻きに彼女達の周囲を囲んでいた。
どうやら何らかのトラブルに巻き込まれているらしい。
足早にそちらへと駆け寄れば、彼女達の会話が漏れ聞こえてきた。
「あ、あのっ……は、離して、ください……」
「おいおい嬢ちゃん、俺達は嬢ちゃんのためを思って言ってるんだ。異種族なんかと一緒にいたって、いいことなんかねぇぞ?」
「余計なお世話なの。その手を離すの」
「何だと? 異種族風情が、でかい顔で歩いてるんじゃねぇぞ!」
少し剣呑な雰囲気だ。普段以上に険しい顔をしたアメリアなど、腰のあたりに手を当てている。
ちょっと待ってくれ、そこにはナイフが吊り下げられているはずだ。さすがに町中で刃傷沙汰はまずい。
「ちょっと待ってくれ、何があったんだ?」
俺は彼女達へと駆け寄ると、シャルロットの腕を掴んでいる男の腕を、さらにその上から掴んだ。そうして、アメリアへと抑えるように視線を送る。
見たところ、男達の体格は良いものの普通の一般人のようである。冒険者であるクリスティーネ達はもちろん、アメリアでも本気でかかれば簡単に制圧することが可能だろう。
だからと言って、力尽くで制圧すれば兵士に捕らえられるのは俺達の方だろう。ここは出来るだけ穏便に解決する必要がある。
「何だ兄ちゃん、関係ないやつは引っ込んでろ!」
そう言って男が俺の腕を振りほどこうと藻掻くが、それくらいでは俺の手は振りほどけない。
だが、男に腕を掴まれたままのシャルロットが振り回され、痛みのためか顔を顰めた。
「そうは行くか、この子達は俺の連れだ!」
そう言い放ち、男の腕を掴んだ手に力を籠める。男は「ぐぁっ!」と言う呻き声をあげながらシャルロットの身を解放した。
自由となったシャルロットは、掴まれていたのと反対の手で男に掴まれていた手首を押さえ、後方のクリスティーネの傍へと身を寄せる。それに応じるように、クリスティーネがシャルロットの小柄な体を後ろからぎゅっと抱き締めた。
それを確認し、俺はクリスティーネ達を護るように男達へと向き直る。
男の腕を放せば、男は腕を抑えながら一歩後退った。
「てめぇ、人族のくせに異種族に肩入れするのか!」
「人族とか異種族とか関係あるか!」
俺の言葉を、男は意に介した様子はない。自分の価値観に一切の疑問を持っていないのだろう。こういう相手とは、言い合うだけ無駄である。
出来ればさっさと失せてほしいのだが、男達に退くつもりはないようだ。怒りのためか顔を赤くした男は拳を握り込むと、俺へと殴りかかってきた。
素人の拳だ、躱すのは容易い。だが、下手に躱して後ろのクリスティーネ達へと向かわれるのも困る。
そこで、俺は真正面から受け止めることにした。男の拳に自らの掌を合わせれば、パシンという軽い音が鳴った。
一般人にしてはそこそこ力強い方だろうが、冒険者からすれば何ということはない。
身体強化の必要すらなく、素の力だけで俺は男を凌駕する。
「くっ……」
「まだやるか?」
そのまま、じわじわと押し込んでいく。軽く手に力を籠めれば、苦痛のためか男の顔が歪んだ。
それでも、まだ男はやる気のようだ。これが並の冒険者であればとっくに退いているのだろうが、素人と言うのはこれだから面倒である。
他の二人の男達も、威嚇するように拳を鳴らしながら近寄ってきた。一人相手なら軽く捻れても、三人となると面倒だ。いや、実力的には何の問題もないが、どちらかというと手加減が出来そうにない。
どうしたものかと悩んでいると、左手からバタバタと言う足音が近づいてきた。
「お前達、何をしている!」
やって来たのは二人組の兵士だ。先程から遠巻きにしている人の数も増えているし、騒ぎが兵士たちの耳へと入ってしまったのだろう。
その様子を目にし、俺と組みあっていた男は舌打ちを一つした。それから乱暴に俺の手を振り払うと、「おい、行くぞ!」と他の二人へと声を掛け、足早に立ち去ってしまう。
ひとまずこれで面倒事はなさそうだ。
俺が胸を撫で下ろしていると、兵士達は俺達へと近付いてくる。
「お前達だな、騒ぎを起こしていたのは」
どうも誤解を与えてしまったようだ。
俺は弁解するように、兵士たちへと両の掌を示す。
「いや、俺達は巻き込まれただけだ」
「さっき逃げていった男の人達が、私達に突っかかって来たんだよ!」
俺に続いてクリスティーネが声をあげるが、その様子を見た兵士達は露骨に眉根を寄せた。
「異種族が不用意にうろつくからだ。お前達は余所者だな? 精々、町から早く出ていくことだな」
そう言い残すと、兵士達は元来た道を戻り始めた。
その姿が小さくなったところで、クリスティーネ達が声を荒げる。
「むぅ、悪いのはあっちなのに!」
「感じ悪いの!」
「本当に、人族と言うのは碌な奴がいないわね」
「放っておけ」
元より、この町の住人は異種族に排他的なのだ。それは兵士にしたって例外ではない。町に入る時の兵士の対応を思えば、これくらいは予想出来て然るべきだった。
何にしても、暴力沙汰にならずに解決できたのだ。あの兵士達の対応を見れば、感謝はできないが。
「それよりシャル、大丈夫だったか?」
言いながら、シャルロットの腕を手に取る。男に腕を掴まれていたが怪我などはしていないだろうか。
「だ、大丈夫です! ちょっとびっくりしましたが……」
そう言って、少し眉尻を下げて見せる。見たところ、特に怪我などはしていないようで一安心だ。一触即発といった状況だったが、何とか間に合ったようだな。
それから俺は憤るクリスティーネ達を宥めながら、一度宿へと戻ろうと再び町中を歩くのだった。
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