172話 人族至上主義の町5
ノルドベルクへと到着した翌朝、俺達は再び冒険者ギルドへと訪れていた。
この日は一日、休養日とする予定だった。当面の目的地であるシュネーベルクの町へと向かう道程の、大体半分ほどを来たことになるからだ。
事前に人族以外の種族にとっては暮らし辛い町だとは聞いていたものの、この町付近には同じくらいの大きさの町が存在しなかったのだ。消耗品の補充を考えると、この町で買い出しをしていくのが一番良い選択だろう。
そんなわけで、冒険者ギルドに寄った後は、町で買い物をする予定である。
そうして冒険者ギルドへと足を踏み入れてみれば、昨日よりも人の姿が見えた。おそらく、依頼を受けに来た冒険者達だろう。
その中には、他の町よりもずっと割合が少ないものの、異種族の姿も見受けられた。やはり、異種族の冒険者が全くいないというわけではなかったらしい。
軽くギルド内を眺めていると、昨日受付で話した小柄な女性職員が目に入った。丁度手は空いているようで、何となくそちらへと足を向ける。
「あっ、あなた達は昨日の……」
近付く俺達に気付いた受け付けの少女が顔を上げた。どうやら、向こうも俺達の事を覚えていたらしい。
まぁ、昨日に引き続いての訪問だし、翼を持つクリスティーネとフィリーネの姿はこの町では特に記憶に残りやすいだろう。先程からも、ギルド内から冒険者達の複数の視線を感じていた。
「昨日は世話になったな」
「そ、それではあの後、無事に宿屋には着きましたか?」
「あぁ、教えられた通りに行ったらな。見た目はちょっとあれだったが、意外と悪くはなかったよ」
「それならよかったです」
そう言って、少女はほっと息を吐いて片手を胸へと当てた。もしや、気にしてくれていたのだろうか。
「それで、本日はどうなさいましたか?」
「少し、情報を仕入れようと思ってな」
軽く小首を傾げる小柄な少女へと、俺はそう告げた。
情報と言うのは、冒険者にとってはある種の生命線である。質の良い情報があるのとないのとでは、生存率が大幅に変わってくることだろう。
特に、俺達にとって北の地は訪れたことのない未知の土地なのである。
俺達の中でも唯一、北の地出身であるアメリアにしたって、火兎族の隠れ里から出ることは稀だったようだ。そのため、周囲の状況について明るいわけではない。
そう言う理由で、冒険者ギルドで情報を集めようと思ったのだ。
この町に関する情報はこれまでもいくらか集めていたものの、目的地に近づくにつれて得られる情報の精度も向上することだろう。
「情報ですか。どういった内容をお望みですか?」
「そうだな……俺達はシュネーベルクの町を目指しているんだが、その町の様子とか、道中で気を付けることとか、何かあるだろうか?」
「えっと、少々お待ちください」
そう言って、少女は脇にある書類を数枚手に取り、目を通し始めた。
それから待つことしばらく、一つ頷いた少女がこちらへ見えるようにと一枚の紙を差し出してくる。どうやら機密情報などではないらしい。
俺が書類に目を落とすと同時、両脇からクリスティーネとフィリーネが身を寄せてきた。 シャルロットも気になっているようなので、手招きをして俺の前へと誘導する。俺の前側へと回ったシャルロットは、テーブルに両手を添えて文字を読み始めた。
アメリアはあまり興味がないのか、憮然とした表情で両腕を組んでいた。まぁ、話は聞こえる距離なので特に問題はないだろう。
「これがシュネーベルクの町の地図です。町の特徴としては、羊毛の産出で有名ですね。比較的氷の属性の強い土地なので、服装には気を付けたほうがよろしいかと」
「なるほどな……」
実際のところは近付いてみないとわからないが、寒い土地だという話は聞いている。アメリアの話では火兎族の隠れ里はさらに北にあるそうなので、どこかで服を調達する必要があるだろう。
なんなら、この後の買い物で服を買うのもいいかもしれない。
だが、この人族至上主義の町で、異種族加工のしてある服など売っているのだろうか。あまり期待しないほうがよさそうだな。
「むぅ、寒いのは苦手なの」
「私もあんまり好きじゃないなぁ。シャルちゃんは?」
「私は、どちらかというと暑い方が苦手です」
職員の少女の言葉を受け、女性陣がきゃいきゃいと言葉を交わし合う。氷精族であるシャルロットは、種族的に寒さに強くてもおかしくはない。
ちなみに、俺自身はどちらかというと寒い方が苦手だ。
俺達が書類に目を通していると、受付の少女が別の書類を手に取った。どうやら、そちらは見せてもらえないらしい。
「それから道中ですが……えぇと、魔物の動きが活性化しているようです」
「魔物が?」
「はい」
そう言って、書類の文字を目で追っているのだろう、少女の視線が紙の上を左右に走り出す。
「何でも、北の森の浅いところでも魔物を見かけるようになったそうです。それどころか、時には街道まで出てくることもあるとか……」
「街道までか……」
そういえば、と俺は記憶を探る。
この町に来る途中に助けた商人も、何やら魔物の動きが活発になっているなどと言っていた。それはこのことなのだろう。
基本的に、街道と言うのは人が通れるよう安全な場所に作られるものである。魔物が頻繁に現れるような街道は人が利用しなくなり、新しく別の場所に街道が引かれるものなのだ。
そんな街道まで魔物が現れるとなると大問題である。冒険者ギルドとしても冒険者を派遣するなどの対策を講じているはずだが、それでも収まらないとなると何か原因があるのかもしれない。
「えぇと、情報としてはこんなところですね。また何かありましたら、私のところまで来てください……あっ、私、リリーって言います!」
「リリーだな。俺はジークハルトだ」
名乗りを上げて笑って見せれば、何やらリリーは少し頬を赤くした。
それからあわあわと瞳を彷徨わせたかと思うと、少し身を乗り出す。
「ジ、ジークハルトさん達は、いつまでこの町に?」
「ん? あぁ、もう明日には出るつもりだが……」
「そ、そうですか……」
俺の言葉に、リリーはあからさまに肩を落として見せた。何やら残念に思われているようだが、滞在を伸ばすつもりはない。
そもそも赤い鎖の刻印を外すために先を急いでいるのだし、そうでなかったとしても、この異種族に対して厳しい対応を見せる町に長い間滞在する意味はないだろう。
「まぁ、王都への帰りにも寄るかもしれないし、その時はまた頼むよ」
「は、はいっ! お気をつけて、いってらっしゃいませ!」
こうして俺達はこの先の情報を得て、冒険者ギルドを後にした。
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