171話 人族至上主義の町4
足を踏み入れた室内は、今まで訪れた宿屋の部屋ともそこまでの違いは見られなかった。壁や天井の様相に多少の年季は感じられるものの、そこまで気になるようなものではない。
これで、宿屋の外観に準じたような内装だったらどうしようかと思っていたのだが、杞憂だったようだ。少なくとも、床を踏み抜いたり雨漏りを気にしたりする必要はなさそうである。
「ねぇジーク、早くご飯を食べに行こうよ!」
「そうだな、そうするか」
クリスティーネの明るい声に肯定を返す。
もうすぐ日没だし、受付の老婆が言うには間も無く食堂が閉まるらしい。背負い袋の中には保存の効く食料なども入っているが、わざわざ宿屋に泊まってまで手持ちの食材を消費する必要もあるまい。
それから俺達は部屋に荷物を残すと、一階の食堂へと足を運んだ。
食堂の中は、町の外れにありそうな小さな食事処といった様子だった。木製のテーブルと椅子が、やや窮屈そうに並べられている。
すでに食事時を過ぎてしまったからか、そもそも宿泊客が少ないせいかはわからないが、俺達の他に利用客の姿は見えなかった。
適当な席に腰掛ければ、俺達を部屋へと案内してくれた茶髪の少女、エマがぱたぱたと駆けてきた。
「いらっしゃいませ、お客さん! ご注文はお決まりですか?」
少女の声にメニュー表を眺め、適当に料理を注文する。少し多めに注文したところで、最終的にはクリスティーネが片付けてくれることだろう。
それから待つことしばらく、暖簾の向こうからエマが料理を運んできてくれた。それほど大きくはないテーブルの上が、すぐに料理でいっぱいになる。
全体的に、華やかさには欠ける印象だ。綺麗な店の高級料理と言うよりは、家庭料理に近いだろうか。それでも、料理から漂う香りは実に良い。
食前の言葉を口にして、料理を口へと運んだ。うむ、十分に美味と言っていいだろう。味の染み込み具合からは丁寧な下拵えが窺え、手作り感と言うか、どこか安心するような味わいだ。クリスティーネも満足そうである。
そうしてしばらく食事をしながら談笑していると、奥の方から再びエマが現れた。
そうして俺達の方へと近づくと、椅子を引き寄せて腰を下ろした。
「如何ですか、お客さん。お口に合いましたか?」
「あぁ。この料理はエマさんが?」
「いえいえ、作ったのはうちの両親です。私は修行中の身ですから」
なるほど、食堂の奥で料理を作っているのはエマの両親なのか。受付の老婆と言い、この宿は家族経営なのだろう。エマはさながらこの宿の跡継ぎと言ったところか。
俺が一人納得していると、エマがどこか興味深そうな様子で身を乗り出した。
「お客さん達は、冒険者なんですよね?」
「あぁ、冒険者のジークハルトだ。こっちは冒険者仲間のクリスティーネ、シャルロット、フィリーネ、それにアメリアだ」
俺の紹介に、アメリアを除いた三者は軽く頭を下げて見せる。ただ一人、アメリアは我関せずといった様子で黙々と食事を続けていた。
俺の言葉を聞いたエマはほぅほぅと頷き、小さく俺達の名前を復唱した。
「私はエマって言います」
「あぁ、受付で婆さんが呼んでいたな」
「あっ、そうでしたね」
そう言って、照れたように笑って見せる。
感情が直接表情に出る少女のようだ。根が良い子なのだろう、裏表がなさそうで信頼できそうである。
この町に来てからと言うもの、胡乱な者を見る目でばかり見られたせいで、余計にそんな風に感じてしまった。
俺がエマの様子を観察していると、少女は何かを思い出したような表情を見せ、再び前のめりの体勢となった。
「ジークハルトさん、良かったら冒険の話とか聞かせてくれませんか?」
エマの言葉に、俺は軽く首を傾げる。
「冒険の話? なんだ、冒険者になりたいのか?」
「いえいえ、私にはこの宿がありますから。ただ、そう言う話を聞くのが好きなんです」
純粋に興味本位と言う事らしい。単に人と話すことが好きなのだろう。
エマの言葉に、俺は一度食事の手を止め考え込む。
「冒険の話ねぇ」
さて、何がいいだろうか。
直近のものだと川を流れてきたアメリアを拾い上げた話になるが、あれはあまりにも特殊過ぎるだろう。その後、赤い鎖に襲われて今尚襲撃の危険があることなどは、他言するわけにはいかない。
そうなると、ミスリルの剣を始めて使用した時のことを話してやるのがいいだろうか。丁度、大物としてフォレストスネイクと戦ったりもしたのだ。
「それなら――」
「それなら、町を丸ごと一つ救った時の事を話すの!」
俺の言葉を遮り、声を上げたのはフィリーネだ。
しかし、町を丸ごと救った時とはいつのことだろうか。思い返してみても、そこまで大規模なことに心当たりはない。
もしや俺達と出会う前、フィリーネが一人で活動していた時のことだろうか。
フィリーネの言葉に、エマは目を丸くして見せる。
「町を丸ごと救ったんですか?!」
「そうなの。発端は、とある貴族から依頼を受けたことから始まるの」
その内容に、「ん?」と俺は首を捻る。
貴族からの依頼と言えば、以前ユリウスと言う貴族から護衛依頼を受けたことがあった。フィリーネと出会ったのも、その依頼の途中である。
しかし、あれは町を丸ごと救ったと言えるのだろうか。確かに、俺達が介入しなければ何れは町全体へと被害は広がっていただろう。
だが結局は俺達の手によって未然に防げたわけで、町全体を救ったかと言われれば被害規模を考えれば微妙なところである。
「貴族から依頼を受けるようなことがあるんですか? もしかして、ジークハルトさん達って、結構有名な冒険者だったり?」
「いや、別にそんなことはないが」
貴族から冒険者に依頼がされる場合は、そのほとんどが指名依頼になるという。その他だと、有名なギルドなどに依頼が行き、そこからギルドメンバーに割り振られるケースだな。
そんなわけでエマが勘違いするのも無理はないが、俺達が依頼を受けたのは全くの偶然である。あの時は、依頼主であるユリウスにそこまで時間的余裕がなかったためだろう。
そうして、フィリーネからエマへと話がなされた。内容はやはり、あの時のことのようだ。
黙って話を聞いていたが、どうにも脚色されているような気がしてならない。特に、俺に関する話が盛られているようだ。一体どこの英雄の話をしているのかと突っ込みたい気分である。
正直否定したいが、興味深そうに話しに耳を傾けているエマの事を考えると差し出口をするのも憚られる。
事実を知っているはずのクリスティーネとシャルロットはと言うと、特に否定することもなく、それどころかフィリーネと一緒になって話すほどだ。
まぁ、所詮は冒険話だ。エマが楽しんでいるのであれば構わないだろう。
一緒になって話を聞いていたアメリアはどう思っているのかと目を向ければ、俺へと胡散臭いものを見るような目を向けていた。あまり信じていないようだな。
「すっごく面白かったです。またお話、聞かせてくださいね」
そう言うと、エマは食べ終わった皿を片付け始めた。
あまり食堂に残っていては、食器を片付けなければならないエマ達にも迷惑が掛かってしまう。
俺達は手早く食事を終えると、早々に部屋へと戻るのだった。
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