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170話 人族至上主義の町3

「……ここが、そうみたいだな」


 ノルドベルクの町の西側、冒険者ギルドで教えられた場所へと足を運んだ俺は、目の前に立つ建物を目にして思わず言葉を溢していた。


 敷地への入口、錆びた鉄柵には植物が巻きつき、庭はあまり手入れされていないのか雑草があちこちで顔を見せている。割れた石畳の向こう、建物の壁は風雨に晒されたためか色褪せ、ところどころひび割れていた。

 言葉を選んでいえば、老舗と言うのが似合うだろうか。より率直に言えば、端的に古い建物だ。


 俺の記憶に間違いがなければ、ここが今日の宿の予定である。


「ふわぁ、なんて言えばいいのかなぁ……時代を感じるね、ジーク?」


「えっと……こういうのを、味があるって言うんですよね?」


「ぼろっちぃの」


 言葉を選んだのはクリスティーネとシャルロット、それに対して素直な感想を口にしたのがフィリーネだ。まぁ、俺の感想も正直に言わせてもらえば、フィリーネと似たようなものだが。

 若干引き気味の俺達の中で、唯一表情を変えなかったのはアメリアだ。旅の途中、クリスティーネ達と話している内容を聞いていた限りは森の中で暮らしていたようなので、こういった建物にも見慣れているのかもしれない。


 そう言えば、俺の暮らしていた田舎でもこういった建物は珍しくなかったように思う。

 冒険者となるために村を飛び出してから、俺も随分と都会に染まっていたようだ。


「とにかく、入ってみるか」


 そう言って、俺は敷地内へと足を踏み入れていった。

 他の宿屋を探そうにも、ここ以外に当てはないのだ。


 町の西側へと進むに連れ、徐々に人の数が減り、ぽつりぽつりと異種族の姿を見かけるようになっていた。さすがに人族至上主義の町と言えど、異種族がまったく住んでいないというわけではないらしい。

 この辺りには異種族がそれなりの数暮らしているようで、それなら異種族でも泊まれる宿屋がありそうなものだが、既に日没まではあまり時間がない。

 周囲を見回してみても目の前の宿屋と思しき建物と同じようなものしかなく、他の宿屋があったとしても似たようなものだろう。


 そうして俺達は入口の扉を開き、建物の内部へと足を運んだ。

 建物の中は、照明の明かりが絞られているのかやや薄暗いところ以外は、普通の宿屋のように見えた。少なくとも、外観ほどには古臭く感じない。

 その様子に、俺は内心で胸を撫で下ろした。


 正面に目を向ければ、壁際に設えられたカウンターの向こうに煙管を手にした老婆の姿があった。白の中にいくらか黒の混じった髪を後ろで一つに縛っている。

 顔にはいくつもの皴が刻まれ、その年齢の高さを窺わせた。煙管を手にした指は骨と皮ばかりのようで、その中に一つだけ、大きな赤い宝石の嵌まった指輪が付けられていた。


 そちらが受付だろうと見当をつけ、俺は皆を連れて歩み寄る。


「すまない、ここは宿屋だろう? 部屋に空きはあるだろうか?」


 声を掛ければ、老婆はこちらへと値踏みするような視線を向けてきた。


「ふぇっふぇっふぇっ、お客さんとは珍しいね。まぁ、異種族なんか連れてちゃ、この町じゃなかなか泊まれないだろうけどね」


「……泊まれるのか泊まれないのか、どっちなんだ?」


 老婆の態度に若干苛つきながら再度問うが、老婆はどこ吹く風といったようにどこか面白そうに笑って見せた。


「運がいいね、お前達。部屋に空きはあるし、うちは料金だって良心的だ。異種族を連れて泊まろうってんなら、うち以外にないだろうよ」


 そう言って、骨の浮いた指でカウンターに置かれた紙をトントンと叩いて見せる。

 そちらへと目を向ければ、置かれていたのは宿泊料金を記載した紙だった。若干割高ではあるが、十分に常識的な金額に収まっている。決まりだな。


「それじゃ、五人で大部屋を一つ頼む」


「まったく、若い冒険者ってのは節操がないねぇ。うちはそういう宿じゃないんだ。するのは勝手だが、うるさくはしないでおくれよ」


「なっ」


 何やら盛大に勘違いをしているようだ。男女で部屋を分けずに同室に泊まるのも防犯上の理由からで、決してやましい思いからではない。

 ちらりと横目で様子を窺えば、クリスティーネとシャルロットは意味がよくわからなかったようで、軽く小首を傾げていた。

 ニヤリとした笑みを口元に浮かべたのがフィリーネで、露骨に顔を顰めたのがアメリアである。この二人は察しているようだな。


 とにかく、誤解は解いておく必要があるだろう。

 俺は一つ咳ばらいをして見せる。


「悪いが、俺達は婆さんが想像しているような関係じゃない。一つの部屋に泊まるのも、その方が都合がいいからだ」


「そうかい? まぁ、そういうことにしておこうかねぇ」


 そう言って、老婆はにやにやと笑っている。とても誤解が解けたようには見えないが、これ以上言葉を交わしても無駄だろう。

 俺達としては、泊まれさえすれば文句はないのだ。

 俺が黙って人数分の宿泊料を差し出せば、老婆は細い指先で貨幣を数え始めた。


「確かに頂戴したよ。右手に見えるのが食堂だ。うちに泊まる客で異種族にごちゃごちゃ言うような奴はいないから、安心して利用するといい。ただ、そろそろ閉める時間だからね。利用するなら早くしな。部屋への案内は……エマ、おいで!」


「は~い」


 老婆の声に、応じるように奥の方から声が上がった。そうしてぱたぱたという足音と共に、俺達と同年代くらいに見える少女が姿を現した。

 頬にそばかすがあり、茶色の髪を首の後ろで一つ結びにしている。背の高さはクリスティーネと変わらないくらいか。活発さを思わせる、健康的な肌の色をしていた。


「おばあちゃん、呼んだ? あれ、お客さん?」


「うちの孫娘のエマだよ。エマ、お客さんを部屋まで案内しておやり」


「は~い! お客さん、ついて来てくださいね」


 少女の声に従い、俺達は後を追って宿の奥へと進んでいった。

 宿の奥には二階へと続く昇り階段があり、少女は手すりに手を添えながら上階へと上がっていく。


「お客さん達はどこから来たんですか?」


「王都からだな」


「王都ですか。結構遠いところから来ましたね。この町にはお仕事で?」


「まぁ、そんなところだ」


 話すことが好きなのか、少女は次々と俺達へと話しかけてきた。それに対し、俺は当たり障りのない答えを返していく。

 それも少しの間で、すぐに宿泊予定の部屋へと辿り着いた。


「それでは、ごゆっくりどうぞ~」


 そう言い残すと、少女はぱたぱたと走っていき、すぐに姿が見えなくなった。

 その姿を見送ると、俺は室内へとつながる扉に手を掛けた。

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