17話 オーク肉納品依頼2
俺達は今、ネーベンベルクの街から見て南にある森へと向かっている。冒険者ギルドで受けたオーク肉の納品依頼達成のため、オーク狩りに向かっているのだ。
数日前にも素材採取のために南の森へと入ったが、オークの生息域はあの時よりももう少し奥の方にある。
「ふふっ、背中が軽いわ!」
隣を歩くクリスティーネは、上機嫌に足を弾ませながら前へと進んでいる。その足取りは以前と比較して軽いようだ。
いや、実際に軽いのだろう。
それもそのはず、クリスティーネの背負い袋は、今朝のうちにマジックバックへと改良しているのだ。
マジックバックは貴重なため、あまり軽々と作るべきではないのだが、この先オークなどの素材を運搬するには必要だろう。
その際、俺の魔術の効力が少し上昇しているようだったので、俺のマジックバックにも魔術を掛け直しておいた。
『軽量化』と『時間遅延』は確認できていないが、『空間拡張』は元々三倍ほどの容量になっていたものが、五倍ほどに増えているようだった。これも、レベルが上昇したことによる効果だろうか。
やがて森へと辿り着き、奥へと分け入っていく。森の中は木々が日差しを遮り、ややひんやりとしていた。
風の魔術を使用して音を拾いながら進むことしばらく、遠くの微かな音が耳へと届いた。
クリスティーネに合図を出し、出来るだけ静かに音の聞こえた方向へと進む。そうして木々の間から見えたのは、二匹のオークだった。
どちらのオークも手には棍棒のようなものを持っている。素手でいることも多いオークだが、中には今回のように棍棒を持っている個体や、冒険者の使っていたと思われる剣を携えているものもいる。
オークはそこまで器用ではないものの、持ち前の腕力に武器が合わさると結構な脅威となるのだ。
俺達は木の陰からオーク達の様子を窺う。幸いなことに、あちらはまだ俺達に気付いた様子はなかった。これは、覚えたばかりの中級魔術を試すのには絶好の機会である。
「クリス、オークだ。あいつらを狩るぞ」
「わかったわ、美味しいお肉のためにもね!」
クリスティーネは既に目先の肉にしか目が行っていないようだ。
まぁ、やる気があるのは良いことである。
「左のオークを魔術で狙ってくれるか? 俺は右を狙う」
「うん、任せて」
小声で手早く分担を決める。近接戦闘でも問題はないと思うが、遠距離で倒せる手段があるのなら、それに越したことはない。
初級魔術では威力不足だったが、中級魔術であればオークくらいなら倒しきることができるだろう。
右手に剣を持ち、左手を狙いを定めるようにオークの方へと向ける。さらに、体内の魔力を凝縮するように左手へと集めていった。
「『現界に属する光の眷属よ 我がジークハルトの名の元に 槍の如く我が敵を貫け』!」
集めた魔力が光となって溢れ出す。それはその身を細長く伸ばし、槍の姿へと変容した。
「『強き光の槍』!」
クリスティーネの魔術とほぼ同時に放たれたそれは、未だこちらには気付いていないオーク達へと殺到する。
俺の放った光の槍は向かって右のオークの頭部を吹き飛ばし、クリスティーネのそれは左のオークの胸へと吸い込まれるように突き立てられ、その背を貫通した。
力を失ったオーク達がその場に倒れ込むのを確認し、俺はクリスティーネと共にゆっくりと近付いていった。オークは二体とも既に力尽きており、傷口から溢れた鮮血が地面を赤く染めていた。
「やっぱり、中級魔術が使えるのと使えないのでは大違いだな」
今までであれば、クリスティーネの魔術で一匹を倒し、もう一匹を初級魔術と剣で倒すしかなかったところだ。近付けばその分リスクが増すところを、遠距離から倒せるのは大きい。
このように、中級魔術以上を使える『魔術士』などは冒険者達から重宝される存在だ。
『魔術士』達も少数の魔物であれば問題ないが、数が増え接近されると余程の腕利きでないと対処できないため、近接戦闘の出来る『剣士』達とパーティを組むのは必須となっている。
その点、俺もクリスティーネも剣術と魔術が両方使えるため、パーティのバランスとしてはかなり良い。
たった二人のパーティだが、対応力としては三、四人のパーティにも引けを取らないだろう。とは言え、人数の少なさ故に手数は少ないのだが。
「ジーク、ちゃんと見てくれた? オークくらい、楽勝だったでしょう!」
「あぁ、ちゃんと見ていたぞ。これなら、オークがもう少し増えても大丈夫そうだな」
クリスティーネと会話をしながら、オークから肉を剥ぎ取っていく。もう一匹はクリスティーネが解体をしてくれている。少し横目で見たところ、手つきには迷いが無いようなので、解体の経験もあるのだろう。
しばらくしてオーク肉と魔石を取り終わり、防腐処理のためフェアの葉に包んで背負い袋へと放り込む。土魔術で掘った穴にオークの残骸を放り込んで、土を被せれば処理は完了だ。
俺達はさらに森の奥へと足を進める。確保できたオーク肉は二匹分なので、後三匹ほど狩れば納品依頼には十分な量である。
もちろん、より多くのオークを狩れればその分稼げるため、可能であれば出来るだけ狩るつもりだ。
しばらく歩いていると、再び風魔術の探知に反応があった。音の数からすると、先程よりも多いようだ。クリスティーネと注意深く近づくと、少し開けた空間にオーク達の姿があった。
オークは全部で四匹、そのうち二匹が手に棍棒のような武器を持っている。残りの二匹は素手のようだ。
まだあちらは俺達に気付いていない。俺は手を出すべきかどうか、少し考える。
剣で同時に二匹を相手取るのはリスクが高い。近接で相手をするなら、俺とクリスティーネで一匹ずつ受け持つのであれば問題ないだろう。
魔術で二匹を、特に武器持ちを倒せれば安全に立ち回れそうだ。
「ジーク、どうする? ちょっと多いけど」
「出来れば狩りたいな。クリスは一番左の、棍棒を持っているオークを魔術で狙ってもらえるか? 俺はもう一匹の武器持ちを狙ってみる」
「わかったわ。ちなみに、もし外れたら?」
「俺とクリス、どちらか片方でも外した場合は、撤退だ。逃げきって、その後もう一度狩りに戻るかどうかはその時に考えよう」
「ん、わかった!」
冒険者は危険の伴う仕事だが、わざわざ危険に飛び込む必要はない。オークが三匹以上残った場合は、素直に逃げるのが得策だろう。一度撒いてしまえば、再度魔術で狙える機会もやってくるはずだ。
そのように失敗した時のことも考えていたのだが、今回は必要なかったようだ。俺とクリスティーネの放った魔術の槍は、狙い違わず二匹のオークを一撃の下に仕留めて見せた。
残ったオークが唸り声を上げて向かってくるのを、剣を手に持ち対峙する。
オークの正面に立つのは避け、飛んできた拳を回り込むようにして躱した。腕力ではオークに敵わないため、基本的には正面からぶつからずに立ち回ることが重要だ。
「『炎の槍』!」
初級魔術の炎でオークの視界を奪い、怯んだところへ初級剣技『速撃剣』でオークの喉笛へと剣を突き立てる。素早く剣を引き抜けば、切り裂いた箇所からは勢いよく鮮血が溢れ出す。
目の前のオークが力を失い倒れ込むのを尻目に、もう一匹のオークへと目を向ける。見れば、クリスティーネはオークを相手に少し苦戦しているようだった。
立ち回り自体は安定しているようだが、俺よりも背が低くリーチもないことから、攻めあぐねているようだ。
「『光の槍』!」
加勢に向かおうと駆けだしたところで、クリスティーネが魔術の槍をオークへと放った。
それは狙い違わずオークの左目を奪い、痛みに目を押さえたオークがやや前屈みの体勢となる。
「『残光剣』!」
そこへ、クリスティーネが右手に持つ剣を下から斜めに切り上げた。光の軌跡を残して放たれた斬撃は、以前言っていた光剣技だろう。
剣の軌道上にあったオークの首は切り裂かれ、血液が飛沫となって宙を浮かぶ。
それが致命傷となったようだ。押し潰されないようにと素早く退いたクリスティーネの眼前で、オークがゆっくりとその巨体を倒し、地面へと地響きを立てて倒れ込んだ。
俺は駆け寄っていた足を緩め、ゆっくりとクリスティーネの隣へと並んだ。倒れたオークは少しの間、その身を震わせていたが、すぐにその動きを止める。
「手助けは必要なかったみたいだな」
「うん、オークなんかには負けないもの!」
クリスティーネが得意げに微笑んで見せる。
実際、立ち回りには余裕も見えたし、オーク相手にも問題なく戦えていた。この様子なら同時にオーク二体を相手にしたとしても、時間はかかるものの初級魔術で牽制しながらであれば倒しきれるであろう。
ちなみに俺も、リスクを取ることになるが二匹同時でも相手取るだけの自信はあった。
さすがに三匹同時となると厳しいものがあるが、怪我を厭わなければ何とかなるのではないだろうか。もちろん、そうならないように立ち回ることの方が遥かに重要なのだが。
その後、さらに追加で四匹のオークを狩ったことで、合計で十匹分ものオーク肉を手に入れることができた。なんと納品依頼に必要な量の倍、大猟である。
元々は一日で納品依頼分を狩り切れれば上々だと思っていたが、予想外に簡単に集められてしまった。
これらはひとえに、風魔術による索敵の結果である。それがなければ、広大な森の中で獲物を探すのはずっと難しくなることだろう。
それから俺達は街へと戻り、冒険者ギルドでオーク肉と魔石の売却額、それに依頼料も合わせて結構な量の金銭を得ることができたのだった。




