169話 人族至上主義の町2
「一体何なんだ、この町は」
俺は大通りを北へと向かいつつ溜息を一つ吐いた。
ノルドベルクの町に来て、まず始めたのは宿探しだ。今の時間帯は夕暮れ時、もうしばらくすれば夜の帳が降りるだろう。それまでに、今夜の宿を見つける必要があった。
幸いにも、町の大きさがそれなりなこともあり、宿屋は何軒もあるようだった。
だが、数件の宿屋に足を踏み入れたものの、宿泊するまでには至っていない。
「まさか、異種族お断りとは思わなかったの」
そう言いながら、いつものように眠たげな眼をしたフィリーネが俺と同じように溜息を吐いて見せる。その様子は、いつもより少し疲れて見えた。
そう、何度か宿屋には踏み入っているのだが、その何れにも宿泊を断られているのだった。
宿屋側から断られる理由は、俺達の中に人族以外の異種族がいるためだということだった。人族至上主義の町だということはわかっていたのだが、それでも宿泊は出来るだろうと高を括っていた。少し考えを改める必要があるらしい。
しかし、このままだと折角町に来たというのに、町中で野宿をする羽目になりかねない。
「あの……ずっと、見られてますね」
そう言って、俺の方へと少し身を寄せたのはシャルロットだ。その小柄な体を、怯えるように小さくしている。
だが、その気持ちもわかるというものだ。町の中へと入ってから、俺達へは町の住民からしきりに視線を向けられているのだ。
それも、向けられる視線はそのどれもが好意的なものではない。どこか嫌なものでも見るような、嫌悪感を含んだものだ。
今のところ直接的な被害はないものの、あまり気持ちのいいものではない。
「嫌な視線ね……まったく、これだから人族は」
町の中に入ってからと言うもの、アメリアは普段以上に眉間に皴を寄せている。
元々、人族嫌いのアメリアだ。今のように悪意を含んだ視線を向けられることには我慢ならないだろう。誰彼構わず突っかからないだけ、これでも抑えているほうだ。
それでも、この町では必要以上に出歩くべきではなさそうだ。そう言う意味でも、早く宿泊できる宿屋を見つけるべきである。
だが、闇雲に探したところで今まで回った宿屋のように断られることだろう。
そこで、俺はまず別の建物を探すことにした。
「あったぞ、冒険者ギルドだ」
ようやく、目的の建物へと辿り着いた。俺は宿屋の前に、まず冒険者ギルドを探すことにしていたのだ。
ある程度の大きさの町には、必ず冒険者ギルドが存在するものである。このくらいの規模の町であれば確実にあると思っていたが、やはり存在していたようだ。
ギルドを探していたと言っても、別にギルドに泊まろうというわけではない。冒険者ギルドは冒険者のための施設だが、別に宿泊施設と言うわけではないのだ。
そうではなく、冒険者ギルドであればこの町に関する情報もあるはずである。それに、冒険者ギルドなら、異種族であってもここまでの視線を向けられることはないだろう。
そうして訪れた冒険者ギルドは閑散としていた。まぁ、時間帯を考えれば不思議なことではない。ギルドが込み合うのは朝方で、この時間は依頼を終えた冒険者がまばらにやってくる頃である。それにしても、少なすぎるようにも思ったが。
ギルド内にいる冒険者は、すべて人族のようだ。ここならば異種族の姿もあるのではないかと思っていたが、読み違いだったらしい。
俺はギルドのカウンターへと足を運ぶ。
カウンターの向こう側には、年若い小柄の女性が座っていた。茶色い髪をおさげにした、やや地味な印象を受ける少女だ。
「ちょっといいだろうか」
「ははは、はい! な、なんでしょうか?」
小柄な女性職員が、ピンと背筋を伸ばして答える。どこか緊張した様子だ。その様子からは、あまりこういった対応に慣れていないのだと窺えた。新人なのだろうか。
少し心配だが、今更別の窓口に行くのは憚られる。俺は態度に出さないように気を付けながら言葉を続けた。
「人族以外でも泊まれる宿を探しているんだが……」
「ひ、人族以外でも泊まれる宿ですか? しょ、少々お待ちください」
そう言うと、少女は背中を丸めた。更にはわたわたと何かを探すような素振りをする。
そうしてしばらく待っていると、不意に少女が一枚の紙を取り出してカウンターへと広げて見せた。覗き込んでみれば、それがこの町の地図だとわかる。
「え、えっと、この町は異種族に排他的ですけど、西の方はそこまでではありません。それで、えぇと……こ、ここなんか如何でしょうか? 西の方は少し治安が悪いんですが、その中でも安全な方です。少しお高いですが……」
そう言って、地図の一箇所を指差した。
俺は少女の指差した場所と冒険者ギルドの場所を確認し、そこまでの道順を記憶する。少し離れた場所ではあるが、そこまで複雑ではないし迷うことはないだろう。
「わかった、おかげで助かったよ」
「いえ……えぇと、新しく町に来た冒険者の方ですよね?」
「あぁ、と言っても、旅の途中に立ち寄っただけで、すぐにまた発つけどな」
「その方がよろしいかもしれませんね」
そう言うと、少女は困ったように眉尻を下げ、俺達を順番に眺めて見せる。まぁ、町の住人ならば当然、この町の様子についても知っていることだろう。
「人族以外の種族にとっては、過ごしやすいとは言えない町ですから……」
そういう少女自身は、あまりクリスティーネ達に対しても含むところがないようだった。他の町にいるギルド職員と、ほとんど変わらない対応に見える。少々拙い様子ではあったが。
「そういうあんたは、異種族に対する偏見とかはないみたいだな?」
「しゅ、種族差別なんてしていたら、ギルド職員なんて務まりませんよ。このギルドにだって、異種族の冒険者の方がいらっしゃいますし……それに私、この町の生まれじゃありませんしね」
「なるほどな。まぁ、それもそうか」
いくら人族以外の種族に排他的な町と言っても、俺達が来たように異種族の冒険者が全く訪れないということはないだろう。
そんな時に、ギルド職員が差別などしていたら冒険者の生活が成り立たなくなってしまう。例え町の住人達と同様の態度を取ったところで、すぐに他の町の冒険者ギルドへと話が伝えられ、改善命令が出されるに決まっている。
「ありがとう、助かったよ」
「い、いえ、お役に立てたなら幸いです」
そうして職員の少女に礼を言い、俺達は教えられた宿へと向かった。
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