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166話 火兎族の隠れ里へ5

 一面に草原の緑を割り、茶色い筆でなぞったような街道が地平線の向こうまで続いている。見渡す限りは平地ばかりで、遥か遠くに山々の陰が覗いていた。

 微かに雲のかかる空からは明々と陽光が降り注ぎ、暖かな空気の中を柔らかな風が吹き抜ける。町から町へと移動するには、絶好の環境だろう。


 俺達は今、王都から北西へと続く道を歩いている。目的地は遥か北の地、森の中にあるという火兎族の隠れ里だ。

 本当なら真っ直ぐに北へと向かいたいところだが、当面の目的地であるシュネーベルクと王都の間には、ゲファー山脈と言う標高の高い山々が聳え立っているのだ。


 そのため、俺達は西側から迂回していくことを余儀なくされている。少なく見積もっても、十日以上は確実にかかる道程である。

 今日の目的地は、王都から見て北北西にある小さな町だ。のんびりと歩いても、夕方頃には辿り着くことだろう。


「ジーク、前から何か来るよ?」


 俺の半歩ほど前を歩いていたクリスティーネが、不意に首を傾げて見せる。その言葉に、俺は目を細めて街道の向こうへ視線を向けた。

 言われた当初は見えなかったが、やがて地平線辺りに小さな影があるのがわかった。その影はこちらへと近付いているようで、徐々に大きくなっていく。


「あれは……馬車だな」


 少し対象物が近付いたところで、ようやくその造形が見えた。二頭の馬が引く馬車で、御者台に人影が見えた。

 何も、街道を利用するのが俺達だけと言うことはない。他の冒険者や商人など、擦れ違うことはたまにある。


 だが、その様子が少し気になった。


「……妙に急いでいるな」


 馬車が俺達へと近づくに連れ、その様子がはっきりと見えてきた。その速度は並足ではない。御者台に座る男が馬に鞭を入れ、急がせているのが見て取れる。

 通常、町から町へと移動するために馬を急がせるようなことはない。身体強化の使える馬の瞬発力は素晴らしいものだが、ずっとその速度を維持できるものではない。ゴーレムではないのだから、体力には限界があるのだ。


 だというのに、目の前の馬車は何をそんなに急いでいるというのだろうか。考えられるのは、何か異常事態が起こったということだ。

 そう思った時、馬車の脇から何か小さな影が見えた。馬車の後を追うように、小さな影が追走しているのだ。


「ジーク、あの馬車、魔物に追われてる!」


「あぁ、見えた!」


 馬車を追うのは四足で地を駆ける魔物、ワイルドウルフだった。それほど強い魔物ではないが動きは素早く、一般人にとっては十分な脅威である。

 ワイルドウルフは群れで獲物を狩る魔物だ、一頭と言うことはないだろう。だが、馬車の陰になっているようでその数は確認できない。


「クリス、フィナ、上空から魔物の数を――」


 言いながら振り返れば、二人は既に自らの翼で俺達の頭上へと身を投じていた。そうして上空から、馬車周りの魔物の数を確認してくれている。


「ジーク、全部で四匹いるよ!」


「後ろに二匹、左右に二匹、均等に広がってるの!」


「わかった!」


 その報告に少し安心した。十数匹にもなればかなり厄介だったが、四匹であれば余裕で対処ができるだろう。

 そう考えていると、俺の後方にいたシャルロットが身を寄せてきた。どうしたのかと見下ろせば、少し怯えたように俺の袖を掴んでいる。


 ゴーレムを相手にも引かなくなったシャルロットだ。

 今更、ワイルドウルフのような魔物を見て怯えるようなことはないと思うのだが。


「どうした、シャル?」


「えっと、ジークさん、あの魔物って……」


「ただのワイルドウルフだが……あぁ、そうか」


 そこで思い出した。

 俺達とシャルロットが出会った時、シャルロットはワイルドウルフに襲われていたのだった。あの時、俺とクリスティーネが通りかからなければ、シャルロットはあの場で命を落としていただろう。

 それを思えば、シャルロットがワイルドウルフを目にして怯えるのも無理はないことだった。


「大丈夫か、シャル? 怖いなら、俺の傍から離れるなよ」


 俺は心理学者ではないが、心に負った傷がそう簡単に癒えるわけではないだろう。冒険者として生きていくならこれから先もワイルドウルフと戦うことはあるだろうが、まだしばらくは俺達が助けてやることが出来る。

 それなら、ここで無理して戦う必要はないだろう。時間はいくらでもあるのだし、徐々に克服していけばいい。


 だが、シャルロットははっとした様子で俺から手を離し、胸の前で両手を握って見せた。


「いえ、大丈夫です! 私も、戦えます!」


 シャルロットは心優しい少女だが、少し優しすぎるきらいがある。自分の本音を押し殺し、頑張りすぎてしまわないか心配なのだ。

 無理をしていないか注意深く様子を見るが、少し緊張している以外はいつも通りに見えた。この様子なら、恐怖で動けなくなってしまうようなこともないだろう。


「助けるつもり? 放っておけばいいのに」


 そう言ったのは、シャルロットと共に最後尾を歩いていたアメリアだ。

 確かに、前方の馬車と俺達とは無関係だ。冒険者は慈善事業ではない。見たところ前方の馬車には護衛がいないようで、それは御者台の男の怠慢だろう。

 だが――


「見てしまった以上、そう言うわけにはいかないだろう? それに、どうせこのままだと接敵するんだ、それなら、早めに片付けてしまった方がいい」


 あの馬車がこの街道に沿って進んでいる以上、俺達と擦れ違うのは確実である。その際、ワイルドウルフ達の標的が馬車から俺達へと移らないという保証はない。

 それなら、余裕のある今のうちに対処した方がいいだろう。


「クリス、フィナ! 馬車の後ろの二匹を頼む! シャルは右側のワイルドウルフを狙ってくれるか?」


 三者へと声を掛ければ、元気の良い返事が返った。それから、上空の二人が左右に広がるのが見える。

 シャルロットも魔物を狙いやすいようにと街道を外れ、草原へと足を運んだ。その小柄な少女の後を、アエリアがついて歩く。


「もしかして、手伝ってくれるのか?」


「上の二人や貴方はともかく、シャルは心配なのよ」


「見かけよりはしっかりしてるんだけどな。だが、助かるよ」


 アメリアがサポートしてくれるのであれば、シャルロットの身は安全だろう。あの立ち回りを見る限り、ワイルドウルフくらいなら軽くあしらえるはずだ。

 そうして俺達は各々配置につくと、射程圏内に入ったところで一斉に魔術を放った。


 結論から言わせてもらえば、何の心配もなかった。

 元より、今の俺達にとってはワイルドウルフの数頭など相手にもならないのだ。俺達四人の放った魔術を受け、四匹のワイルドウルフは一瞬のうちにその命を散らしていた。


 それでも馬車は止まることなく、俺とシャルロットの間を抜けていく。そうしてしばらく進んだところで速度を落とし、やがて少し離れたところで停車した。

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