165話 火兎の少女とお買い物
「それにしても、物好きなことね」
騒がしい大通りの道を歩きながら、私は思わず溜息を漏らした。
私が今いるのはこの国の王都、グロースベルクのど真ん中である。まさか火兎族であるこの私が、人族が大勢暮らすという王都に来ることになるとは思ってもいなかった。
一体何故こんなことになってしまったのか。
すべては、火兎族の隠れ里へ奴隷狩りがやって来たことに始まる。大勢の仲間たちが捕らえられ、私自身負傷を負い、命からがら逃げだした。
出来ることなら助けに行きたかったのだが、赤い鎖を操る男の執拗な追跡に遭い、足を滑らせて川へと転落したのだった。
幸運にも助け出され、今はこうして旅に必要なものを購入するために王都の町を巡っている。とは言っても、私は無一文なので代金はすべて出してもらうことになるのだが。
出来ることなら買い物などせずに早く旅立ちたいのだが、この装いではさすがに無理があるだろう。私にも人並みの羞恥心はある。このようにあちこちが破れ、肌の見えるようなボロボロの服をいつまでも着ているわけにはいかない。
「ん、何が?」
そう言って、不思議そうに小首を傾げて見せるのは銀の長い髪を持つ美少女、クリスティーネだった。同性の私から見ても、思わず目を奪られるような美しい少女だ。
年齢は私よりも少し上だろう。背の高さが負けているのも年齢のせいで、決して私の背が低いというわけではないはずだ。
少し悔しいが、私としてはこの少女に対して含むところなど何もない。何せ、川を流れる私を掬い上げ、怪我まで治療してくれたのだ。言わば、命の恩人である。
今は人族にしか見えないが、この少女は半龍族と言う種族である。火兎族でも、まして人族でもない異種族と言うことで、私にとっては少し気になる存在だ。
「貴方達の事よ。よく人族の男と一緒になんていられるわね」
私にとっては人族、しかも異性ともなれば警戒対象でしかない。そんな存在と長い間行動を共にするなど、気が休まる暇がないだろう。
仕方がないこととはいえ、これからの旅の事を考えると気が重くなるというものだ。
「ジーくんはとってもいい人なの。アーちゃんは誤解してるの」
「……アーちゃんって、まさか私の事?」
「もちろんなの」
そう言って笑みを見せたのは、どこか眠そうな赤い目をした白髪の少女、有翼族のフィリーネだ。私の事をアーちゃんなどと呼称したことと言い、この少女に対してはいまいち距離感を測り兼ねている。
三人の少女達の中では、あの人族の男、ジークハルトに対して最もはっきりと好意を示していたのもこの少女だ。人族の男を好きになるとは、余程人を見る目がないのだろう。
「ジークさんは、種族で差別するような人じゃないですよ。アメリアさんが信じてくれれば、きっと応えてくれます」
そう言ったのは、透明感のある水色の髪が綺麗なとびきり小柄な少女、シャルロットだ。珍しい精霊族と言う種族、その中の一つである氷精族の少女である。
愛らしい容姿をしており、どこか庇護欲がくすぐられる。とは言っても、私と彼女とはそう年が離れているわけでもないのだが。
精霊族は人族に狙われてきた歴史があるため、火兎族である私としては一方的に親近感を覚えている。
「……そう願いたいわね」
少女の言葉を否定するのも憚られ、私は小さく溜息を吐きながらそう言葉を口にした。
実際、あのジークハルトという男はそこまで怪しい者ではないようだ。この三人の少女達が信頼しているあたり、それだけの行動を示してきたのだろう。
昨夜だって、同じ宿の同室にいながらも私に対しては何もしてはこなかった。てっきり、不用意に私に触れてくる程度の事はしてくると思っていたのだが。
夜間も警戒しておこうと思っていたのだが、やはり私も疲れていたのか迂闊にも朝まで熟睡してしまっていた。その間も何もされていなかったようで、結果的に十分な睡眠時間が確保できたので良しとしよう。
それから、男の剣の腕前も確認できた。私はこれでも腕に自信があったのだが、男はそれ以上の実力を宿しているようだ。しかも、何やらまだ力を隠しているようだった。
少なくとも、正面切って戦っては私は敵わないだろう。不意を突けばなんとかなるだろうか。腕力では敵わず、男がその気になれば私など簡単に押さえつけられてしまうという事実が何とも恐ろしい。
出来ることなら一緒に旅などしたくはないが、この少女達があの男と共にいることを望んでいるのであれば是非もない。
実力自体は評価に値するので、精々私の身を守るために利用させてもらうとしよう。
「ついたよ! ここで服を買っていくの!」
クリスティーネの言葉に、私ははっと我に返る。どうやら服屋に着いたらしい。
そうして目の前の店を視界に入れ、私は思わず一歩後退っていた。私の目の前には、何やら派手な様相の店舗が鎮座していたのだ。
火兎族の隠れ里ではまず目にしないような建物である。さすが都会と言ったところだろうか。私は今からここに入らなければならないのか。
私が頬に冷や汗が流れる感触を覚えていると、不意にクリスティーネに右手を取られた。そのまま手を引かれ、店の中へと足を踏み入れる。
店の中には色取り取りの服が所狭しと立ち並んでいた。あまりにもカラフルな光景に、思わず目が回ってしまいそうだ。
「ソフィ―さん、いる~?」
私の手を引いたまま、クリスティーネが気安い感じで店の奥へと声を掛ける。
その声に応じるように、奥からぱたぱたと足音が近付いてきた。
「あらあらあら、クリスさんじゃないですか! お買い物ですか? そうですよね? 本日は何になさいますか?」
現れたのはスラリとした手足を持つ、スタイルのいい緑髪の人族の女だった。新たな人族の登場に、私は警戒心を強めて身体を固くする。
そんな私の様子に気付いた様子もなく、クリスティーネはソフィーと呼ばれる女と話し始めた。
「今日は私達じゃなくて、こっちのアメリアちゃんの服を選びに来たの」
「あらあらあら、こちらはまた何とも可愛らしい方! ……ですけど、服がボロボロじゃないですか!」
「いろいろあったの」
「まぁ、冒険者ですものね……ですが、それにしたってあんまりでしょう。女の子は可愛くあるべきですよ?」
そう言うと、緑髪の女はクリスティーネに握られていない方の私の手を出し抜けに掴んできた。
突然のことに、怒りよりも困惑を覚える。女から敵意でも感じていればまた違った反応を返せたのだろうが、生憎とそう言った感情は窺えなかった。
「さあさあさあ、服を選びましょう! どういった服がお好みですか? 素材は? 色合いは? 長さや厚さはどうなさいますか?」
「いや、別に、何でも……」
「何でも?! 今、何でもと仰いましたか?! つまり、私の好きなようにしても良いということですよね?!」
「うっ……」
鼻息を荒くし顔を近づける女に対し、私は背を仰け反らせる。こういう押しの強い女というのは、私の苦手なタイプだ。まだあの男、ジークハルトと話すほうがマシだろう。
私が何も言わないのを了承と取ったのか、緑髪の女は手近な服を一つ選んで手に取った。
「こういう服はいかがですか? お似合いだと思いますよ?」
「えぇ……」
女が差し出したのは、フリフリとしたレースのある可愛らしいワンピースだった。悪い服ではないと思うが、私の好みではないな。
しかし、このまま押されていてはこういった系統の服を着せられそうだ。
「もう少し、動きやすい服にしてくれ」
「動きやすい服ですね! そうなると……この辺りでしょうか?」
「こっちの服はどうかな?」
「こういうのも似合うと思います」
「これも着てみてほしいの」
緑髪の女だけでなく、クリスティーネ達まで服選びに加わってしまった。
それから、服の良し悪しなどあまりわからない私は口出しすることもできず、ひたすら着せ替え人形のように服を着せられ、その結果として著しく体力を消耗するのだった。
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