159話 火兎の少女5
「ただ、何から話せばいいのか……」
そう言って、アメリアは拳を握り込み、己の口元へと添える。
目下のところ、俺達が知りたいのは赤い鎖の意味するところだ。奴隷狩りが標的に付ける刻印だということだが、具体的にはどういった代物なのだろうか。
クリスティーネとフィリーネの手首に赤い鎖が巻かれた以上、早急に対処する必要があるだろう。
言葉を待つ俺の前で、アメリアは俯き自分に言い聞かせるように小さな声で呟いている。
「まず、赤い鎖と術者について……それから、こうなった経緯と……そうなると、私の事も話すべきか……」
しばらくの間唸っていたが、アメリアは一つ頷きを見せると再び俺へと向き直った。
「まず、私の種族を教えましょう。私の種族は獣人族の一種、火兎族よ」
そう言って、アメリアは己の側頭部から斜めに伸びる、赤毛に覆われた大きな耳に触れて見せた。何となく触れてみたくなる、兎のものによく似た耳だ。
アメリアの説明に、俺は納得と共に頷いて見せる。
「やはりか。道理で、俺みたいな人族に敵対的なわけだ」
「ん? ジーク、それってどういうこと?」
「それはだな――」
俺はクリスティーネ達へと、火兎族に関する説明を始めた。
まず、火兎族と言うのはその名の通り、兎の特徴を持つ獣人族だ。兎に似た大きな耳と、尻尾のある獣人族の中ではやや短めの尾を持つ。
昔はそれなりの数がいたらしいが、今はある理由からその数を減らし、どこか人の立ち入らぬ場所に集落を作って住んでいるらしい。
獣人族の例に漏れず、高い身体能力を持つとされている。中でも脚力は屈指のもので、身体強化なしでも己の身長の倍ほどの高さまで跳べるそうだ。
そして名前に火を持つ通り、火属性の魔術が得意でもある。先程、意識を取り戻した直後に、俺に向けて口から火を吹いたのがその証拠だ。
もっとも、口から出すのは緊急時のみらしいのだが。あの時は余程驚いていたのだろう。
「それでジーク、人族嫌いって言うのは?」
「それを話すには、少し昔話をしないとな」
そうして、俺は昔、本で読んだ内容を思い出しながら語り始めた。
それは一つの物語、一つの種族に起きた悲劇だ。
あるところに、小規模な領地を持つ人族の貴族がいた。
その貴族は治世の腕こそ今一だったが、人柄がよく、民の事をよく考える領主だったという。
その領主の元、領地には平和な時間が流れていたそうだ。そしてそこの領民には、火兎族が含まれていたという。
そんなある日、領主の元に占術師を名乗る者が現れた。
その占術師は、来る飢饉を予言したそうだ。その飢饉に備え、食糧を備蓄することを進言したという。
人のいい領主はその占術師の言う事を信じ、食糧の備蓄を始めた。
そして翌年、占術師の予言した通りに飢饉が起こった。周囲の領地が飢えに苦しむ中、この領地だけは貯めた食糧を放出し、飢饉を乗り越えたという。
領主は占術師にいたく感謝し、要人へと取り立てたそうだ。
その後も占術師は何度も予言や進言をし、この領主の統治を助けたという。その領地は益々の発展を遂げ、やがては大領地へと至ったそうだ。
だが、その過程で領主は少し変わったようだ。
領民との間に線引きをし、必要とあれば厳格な対応を取るという、ある意味では領主らしい領主となったようである。
それでも、ここまでならば特に問題はなかった。
ある日のことだ。
いつものように、占術師は領主へと進言したという。
だが、その内容が問題だった。
「領主よ。火兎族の耳と尾には幸運をもたらす効果があります。彼らを狩り尽くし、この領地の発展に捧げましょう」
己の治める領地の、罪もない領民を殺せというものだった。
当然、家臣たちは反対をした。
そんな効果など聞いたことがない、どうかお考え直しを、と。
だが、領主はその時には既に、占術師に厚い信頼を置いていた。
結果として、領主は兵に触れを出し、火兎族の虐殺をしたそうだ。
多くの火兎族が抵抗も許される間も無く殺される中、極一部が領地の外へと命からがら逃れた。
運良く生き延びた火兎族は、仲間達を殺した人族を、今でも心底憎んでいるという。
さて、火兎族の耳と尾を集めた領主だが、もちろんそれらに幸運をもたらす効果などあるわけがない。
それは当然だろう。
幸運をもたらす効果などあれば、火兎族達自身が虐殺されるようなことなど、あるはずがなかったのだから。
やがて、何の偶然か、はたまた殺された火兎族の恨みか、その領地には疫病が蔓延したそうだ。
多くの者が倒れ、領主が病に苦しむ中、その傍には既に占術師の姿はなかった。
「と、まぁそう言う話だ」
俺の語った内容に、三人は瞳を潤ませている。
「そんな事があったんだ……」
「火兎族の人達が可哀相です……」
「領主には、きっと天罰が下ったの」
「どこまで本当の話か分からないぞ?」
昔話と言うものは、大体が大きく脚色されているものである。
この話だって、人の話は鵜呑みにしないように、という教訓を与えるものでしかない可能性だってあるのだ。
もちろん、火兎族という実際に存在する種族を題材にしている以上は、ある程度史実に沿っているのだろうが。
事実、火兎族を見かけたことは俺自身今まで一度もなかったし、住んでいるとされる地域も不明だった。
そう考える俺の前で、アメリアは感心したように息を吐いた。
「ふんっ、人族にしては良く知っている方ね。もっとも、私達に伝わっている話は、それ以上に凄惨なものだけれど」
「と言うことは、本当にあった話ってことか……」
アメリアの言葉を受け、俺は小さく溜息を吐く。
そのような歴史があるのであれば、火兎族であるアメリアが人族である俺を嫌うのも無理はないだろう。いくら俺に非がないとは言っても、事はそんな単純な話ではないのだ。
「そう言うわけで、私は人族が嫌いよ」
アメリアがずびしっとばかりに俺へと向けて指を向ける。まぁ、無理して好かれる必要はないだろう。
その様子を見たシャルロットが、おずおずと言った様子で身を寄せて来た。
「あの、実は私、人族じゃなくて……」
「いいのか、シャル?」
外見上は人族にしか見えないシャルロットだ。自ら話さなければ、氷精族だということはわからないだろう。
だが、シャルロットは話すつもりようだ。もしかすると、俺の語った話に感化されたのかもしれない。
「はい、私は大丈夫ですから」
そう言うとアメリアへと向き直る。アメリアは警戒するように身を固くした。
その様子を見ながら、シャルロットは少し胸元を捲って見せた。
「あの、これでわかりますか?」
「それって、精霊石? それじゃあ――」
「はい、私は氷精族です」
「精霊族!」
アメリアの反応は明らかだった。ぱっと表情を明るくさせると、シャルロットを手招きする。
首を傾げたシャルロットが近寄ったところで、毛布姿のまま小柄な体を抱きしめた。その様子を見て、俺は小さく溜息を吐く。
「さっきまでと、随分と対応が違うな」
「当たり前よ。精霊族は、火兎族のように精霊石を狙われた歴史があるわ。所謂、被害者仲間というものね。人族なんかと違って、出来れば仲良くしたいわ」
「そういうものか?」
ちょっとよくわからない感覚だが、シャルロットとの仲が好転するのであれば良いだろう。
抱き締められたシャルロットはと言うと、少し戸惑った様子だったが、やや躊躇いがちに口を開いた。
「あの、出来ればジークさんとも、仲良くして欲しいです」
「人族と仲良くする気はないわ。これでも、助けられた恩はあるから、この男とは最低限口を利いているだけ」
一応、恩義は感じているようである。確かに、赤い鎖に襲われる前は取り付く島もなかったことを思えば、これでも十分に進歩していると言えるだろう。
「ジークさんは、とっても良い人ですよ?」
「それは騙されているだけよ。人族には碌な者がいないわ。早く目を覚まして」
「勝手に俺を悪者にしないでくれ」
そう言って、俺は今日何度目かになる溜息を吐くのだった。
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