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158話 火兎の少女4

 地面から這い出た赤い鎖の群れは、蛇のようにうねりながら俺達へと襲い掛かってきた。

 それらは一本一本が意思を持っているように複雑な軌道を描きつつ、それでいて全体が一つの生き物のように統一された動きを見せた。


 迫る赤い鎖の波に、俺は対処を迫られる。

 横に躱そうにも、波となって押し寄せる鎖に切れ間はなく、初撃を躱したところで迫る第二波に呑まれることは必至だ。

 故に、俺は立体的な回避を選択する。


 俺は前方へと思い切り跳躍し、中空で身を捻る。

 そうして、たった今まで俺がいた場所に赤い鎖が殺到するのを見送った。

 だが、鎖はそこで動きを変えた。

 それ自身に目でもついているのか、反転して中空の俺を追ってその身を上へと長く伸ばす。


「ちっ、『光の盾(リヒト・シルト)』!」


 やや多めに魔力を注ぎ、自信の身を守れるだけの魔術の盾を展開する。

 赤い鎖の波は光の盾に衝突し、それを打ち破ることは叶わずその場に停滞することとなった。

 どうやら、攻撃力と言う意味では大したものがないらしい。

 これなら、やりようはいくらでもある。


 俺は中空で態勢を整えると、手に持つ剣を上段に構えた。


「『速撃剣』!」


 一声と共に剣を振り下ろせば、赤い鎖がまとめて断ち切られる。

 半ばから斬り離された赤い鎖は、突然力を失ったように勢いをなくし、重力に引かれて落下する。

 そうして地面へと落ちる前に、赤い粒子となって弾けて消えた。


 鎖が消えて空いたスペースへと俺は降り立つ。

 休む暇もなく赤い鎖の群れが、今度はいくつかの束になって俺へと殺到してきた。

 俺はそれらを身を低くして躱しながら、擦れ違いざまに束ごとまとめて斬り捨てていく。

 ミスリルの剣の切れ味は凄まじく、赤い鎖の束を何の抵抗もなく断ち切っていった。


 こうして、俺は次々と鎖を切り裂いていく。

 俺が剣を斜め下から掬い上げるように振れば、地面から延びる赤い鎖の束は半ばから易々と断ち切られた。そうして短くなった鎖は少しの間その身を震わせると、赤い光を散らして中空へと消えていく。

 これで一体何本目だろうか。

 俺が剣を振るうたびに赤い鎖は数を減らすが、その度に新たに同数の鎖が地面から這い出てくる。


 一本一本はなんて事のない鎖だが、ここまで数が多いと厄介である。幾本もの鎖が巨大な金属塊となり、俺を押し潰し、縛り上げんと迫ってきた。

 俺はそれを剣で切り裂き、魔術で弾き、時には体を跳ねさせ踊るように身を躱しながら対処する。鎖の動きが単調なのが唯一の救いだろうか。

 しかし、斬っても斬っても終わりが見えない。


「アメリア! これ、どうしたらいいんだ?!」


「逃げるか、そうでなければ蹴散らすしかない!」


「くそっ、面倒な!」


 俺は舌打ちを一つし、赤い鎖へと向き直る。

 どのような魔術なのかは未だわからないが、それでも魔術の類であることに間違いはない。それなら、いつかは魔力が切れるはずだ。


「きゃっ」


「クリス!」


 短い悲鳴に顔を向ければ、クリスティーネの細い手首に赤い鎖が巻きついているのが目に入った。

 そのまま身体を引かれて体勢を崩し、鎖の群れに呑み込まれそうになっている。


「大丈夫! 『残光剣』!」


 手助けにと駆け寄る前に、クリスティーネは己の右手に持つ剣で、左手に巻きつく鎖を周囲の鎖諸共纏めて断ち切った。切り離された赤い鎖は、これまでのものと動揺に粒子となって消えていく。


「もうっ、しつっこいのっ! 『風の刃(ヴィント・クラン)』!」


 安堵の息を吐く間もないまま声の方向へと目を向ければ、フィリーネが両手に巻きついた鎖を魔術で斬っているのが目に見えた。少し苦戦しているようだが、まだ何とかなりそうだ。


「『氷壁(アイス・ヴァント)』!」


 後方では、迫りくる赤い鎖の群れからアメリアを護るシャルロットの姿が見える。

 赤い鎖は氷壁を打ち破れないようなので、もう少しの間は耐えることが出来るだろう。

 俺は気を取り直すと、再び赤い鎖へと剣を振るった。

 すべての鎖が消え去るまでは、しばらくの時間を要した。




「それで、どういうことなんだ?」


 どっかりと地面に腰を下ろし、俺はアメリアと向き直った。赤い鎖の群れを撃退し終え、今は少し落ち着いたところだ。

 それに対し、アメリアは俺から視線を逸らす。


「人族に説明することなど……」


「そう言うわけにはいかないだろ」


 結局のところ、先程の赤い鎖が何だったのかはわからない。だが、言葉を濁すということは、アメリアは赤い鎖の正体を知っているのだろう。

 巻き込まれた以上、俺達には話を聞く権利があるはずだ。


 そう思ってやや身を乗り出す俺の元へと、クリスティーネが遠慮がちに近寄ってきた。


「ねぇジーク……なんか、これ、取れないんだけど……」


「クーちゃんも? フィーもなの」


「クリス? それにフィナも、どうしたんだ?」


 クリスティーネとフィリーネは、揃って困惑した表情を浮かべている。その様子に首を傾げつつ問いかければ、二人は共に腕を差し出してきた。

 それにつられて視線を下へと下げてみれば、二人の細い両手首に鎖が巻きついているのがわかった。先程散々に切り伏せた、あの赤い鎖によく似ている。


「大丈夫か? 痛みはないか?」


 問いかけつつ両手を伸ばし、それぞれの手首に軽く触れる。赤い鎖は手首をぐるりと取り囲んでおり、指で触ってみてもピクリとも動かない。


「ん~ん、大丈夫! 痛くも何ともないから」


「んふふ、くすぐったいの」


「――! ちょっと、見せて!」


 鎖を観察する俺を押し退け、血相を変えたアメリアが二人へと手を伸ばす。その手首には二人と同じ、赤い鎖が巻かれていた。

 二人が首を傾げながら腕を伸ばせば、アメリアは検分するようにそれを注視した。


「やっぱり、私と同じ……どうしたら……」


「なぁ、話が見えないんだが、さっきのも含めて結局それは何なんだ?」


 鎖が巻かれた二人は平気そうな顔をしているため、特に緊急性はないように思う。少し鬱陶しそうではあるが、自然と消えるのを待っていても良さそうだ。

 しかし、アメリアの反応によるとどうにも不味い状況のように思えてならない。


 何やら深刻な表情をしたアメリアへと問いかければ、鋭い眼差しが返った。


「これは刻印よ」


「刻印?」


「そう、刻印。奴隷狩りが、標的を識別するための、ね」


「……何だと?」


 不穏な言葉に、俺は思わず目を細めた。

 俺の隣でシャルロットが身を竦ませたのがわかる。俺達とシャルロットが出会ったのも、元はと言えば奴隷狩りが原因である。

 昔を思い出したのか、少し顔を俯かせたシャルロットの頭へと俺は片手を乗せた。


「説明、してくれるんだろうな?」


「……こうなってしまった以上、仕方ないわね」


 そうして、アメリアはようやく詳細を語り始めた。

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