147話 しばらくの休息4
俺達は早朝、クロイツェル家の前に勢揃いしていた。ついに、この家を後にする日が来たのである。思えば、当初の予定よりもずっと長く滞在してしまった。
最早見慣れた屋敷の前で、俺は家主のフランクと握手を交わし合う。
「世話になったな」
「それはこちらの台詞だとも。娘達を始めとした呪術の解呪をしてくれたおかげで、この町の抱えた長年の問題を解決してくれた。それに、ダンジョンでも娘達を守ってくれたそうじゃないか。改めて礼を言わせてくれ。ありがとう」
こうもかしこまって言われると、どうも気恥ずかしく感じてしまう。俺は頬を書きつつ口を開いた。
「呪術の解除は気にしないでくれ。元々フィナに頼まれていたことだし、それに謝礼も貰ったしな」
そう言って、背負い袋を軽く持ち上げる。
そう、フィリーネやユリアーネ、町の者達の解呪をした礼として、俺達は謝礼金を受け取っているのだった。
フィリーネはともかくとして、他の者達の解呪のためにわざわざ足を運んだのだから、正式に礼として金銭を受け取るのは良いだろう。
ただ、俺達の滞在にかかった費用は差し引くように言ったのだが、あまり減っているようには思えなかった。
そもそも、フランクは呪術を掛けられた町の者達には補助金を出していたそうなのだ。それが、俺が呪術を解除したことで用意する必要がなくなった。そこから、俺達への謝礼金を用意したということだった。
これから先も補助金を用意するよりは、俺への謝礼の方が安上がりになるそうだ。その点でも、フランクとしては助かったらしい。そういうことならばと、俺達も有り難く受け取ることにしている。
「泊めてくれてありがとう!」
「お世話になりました」
クリスティーネが元気に言い放ち、シャルロットが深々と腰を折る。
フランクは片手を上げ、にこやかな笑顔で応える。
「なに、お安い御用さ。二人とも、我が家は楽しんでいただけたかな?」
「もちろん! ご飯もおいしかったわ! ね、シャルちゃん」
そう言って、クリスティーネはシャルロットを後ろから抱き締める。後ろから前へと腕を回されたシャルロットは、その腕をかき抱くように自らの手を添えた。
「はい、とてもゆっくりできて、楽しかったです」
二人の反応にフランクは笑みを深め、二度、三度と頷きを見せた。
それらのやり取りの隣では、先程からずっとフィリーネとユリアーネとが抱き合っている。
「フィー姉様ぁ……寂しいです」
「ユーちゃん、泣かないの」
涙目でしがみつくユリアーネを、よしよしと宥めるフィリーネと言う構図だ。
元々、姉妹仲の良かったという二人だ。フランクに聞いた話では、フィリーネが家を出るまで、ユリアーネは姉にべったりだったらしい。
初めて会う俺としては元気な子だなという印象だったが、その実かなり機嫌がよかったらしい。そんな三年ぶりに帰ってきた姉が、再び家を出るともなれば、寂しさも募るというものだろう。
その反面、フィリーネの方はと言うと、仕方のない子を見るような目をしていた。惜しんでいないというわけではないようだが、それはそれ、これはこれと割り切っているのだろう。
普段はぼんやりとしている割りに、意外と現実的というか、大人である。この辺りは、さすがに三年間冒険者として彷徨い歩いた経験とでもいうのだろうか。
「フィー姉様、また帰ってきてくれますか?」
「もちろん帰ってくるの」
「本当ですか? 三日に一回くらい帰ってきてくれますか?」
「さすがにそれは無理なの。一年に数回くらいで我慢してほしいの」
「うぅ、フィー姉様がいじわるです」
しばらくの間、ユリアーネは食い下がっていたものの、フィリーネに言い含められたようだ。最後にぽんぽんと頭を撫でられ、フィリーネを解放していた。
そうしてフィリーネが母親のティアナに向き合う様子を眺めていると、小走りでユリアーネが俺の方へと駆けてきた。
「お兄様!」
「ユリア、元気でな」
シャルロットにしているように頭を撫でれば、ユリアーネは俺の手に頭を押し付けるように少し背伸びをして見せた。さらに、頭に乗せた俺の腕を両手で掴むと、上目遣いでこちらを見上げてくる。
「お兄様、フィー姉様と一緒に、また来てくださいね!」
「そうだな、なかなか機会はないだろうが……近くまで来たら、寄らせてもらうよ」
実家があるフィリーネはともかくとして、俺が実際に来ることは早々ないだろう。それでも、さすがに二度と来ないなどとは言えないため、俺は誤魔化すようにそう答えた。
それに、冒険者生活というのは何があってどこに行くのかもわからない。この近くまで来るようなことがあれば、顔を見せに立ち寄るくらいはしてもよいだろう。
「その頃には、お兄様が私の本当のお兄様になっていると嬉しいです」
「うん? そうだな?」
ユリアーネが笑顔で告げるが、少し意味は分からなかった。
よくわからないが、姉大好きなユリアーネの事だ。兄にも憧れがあるのだろう。
兄代わりと言うのは烏滸がましいが、次に訪れるときがあれば、もう少し兄っぽく振舞ってやるのがユリアーネのためにもいいだろうか。
「そうだ、お兄様! お兄様達がまた来るまでに、剣や魔術の勉強をしておきますね!」
「おいおい、冒険者になるのは諦めたんじゃなかったのか?」
これで、やっぱりなりたいと言われたらどうしたらいいだろうか。
いや、むしろあんな思いをして尚冒険者になりたいと思うのであれば、精神的には十分に冒険者向きと言えるのではないだろうか。
それならいっそのこと、剣術や魔術を十分に習得して冒険者となる道を応援した方がいいのかもしれない。
なんなら、俺達のパーティに迎えることを考えるべきだろうか。少なくとも、いつの間にか家を飛び出して行方不明になるという事態は避けられるだろう。
シャルロットだって何とかなっているのだし、もう一人くらい行けるか? などと考えていると、ユリアーネが口を開いた。
「冒険者になるのは諦めました。ですが、最低限身を守る方法を持っていれば、一人で王都に行くことくらいはできるでしょう?」
「なんだ、王都に行きたいのか?」
どうやら、都会に憧れを持っているだけのようだ。まぁ、王都なら仕事も多いし、将来行くことを考えるのも悪くはないだろう。
それに、ユリアーネはその背に立派な翼を持つ有翼族だ。乗合馬車などを利用するより、自らの力のみでずっと早く王都には行けることだろう。
「はい! だって王都に行けば、フィー姉様やお兄様にも会えるでしょう?」
「あぁ、そういうことか」
なるほど、俺達が来ないのであれば、自分から出向けばいいという事か。確かに、その方が会える回数は多くなることだろう。
それなら、一つだけ注意が必要だな。俺達はこれからも基本的には王都を中心に動くだろうが、別の場所に行っている可能性もあるのだ。
「会いに来るのは歓迎だが、事前に知らせておいてくれるか? 冒険者ギルドに手紙を出せば、俺達まで届くから。それに、フィリーネも喜ぶしな」
「わかりました!」
聞き分けの良い少女の様子に、褒めるように頭を撫でればはにかんだような笑顔が返った。
その後、フランク達と二言三言話をした俺達は、ようやくこの町に別れを告げ、王都への道を歩み出した。
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