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145話 しばらくの休息2

 クロイツェル家の庭へと続く裏口の扉を開けば、雲一つない青空から射す陽の光が目に入る。俺は陽の眩しさに片手を目の上へと翳しながら、庭へと一歩を踏み出した。

 昨日に引き続き今日も休養日なのだが、何もしていないというのも暇なので体を動かそうと思ったのだ。


 そうして、すぐに先客の存在に気付いた。

 庭に置かれている小さな丸テーブルの傍、青銅色の椅子にちょこんと腰かけて本を読む、小柄な姿が目に入る。パーティメンバーの一人である、氷精族の少女シャルロットだ。


 陽の光に照らされキラキラと輝くのは、緩くウェーブのかかり透き通るような水色の髪だ。宝石のような水色の瞳が、真剣な様子で手元の本の字を追っていた。

 身に付けるのは青と白を基調としたワンピースに、膝下まである茶色のブーツといった様相である。

 手に持っているのは、どうやら俺の貸している氷属性の魔術の教本のようだ。


 そして、最も目を引くのは少女の傍に聳え立つ透明の巨人の姿であった。向こうの景色が歪んで見えるそれは、氷で出来ているのだろう。俺はアイスゴーレムと言う氷で構成されたゴーレムを直に見たことはないが、きっとこのような姿なのだろうと思えた。

 見上げるほどの氷の像はある程度の間、陽の光にさらされていたのだろう。表面がいくらか溶けているように見えた。


「魔術の勉強か、シャル?」


 俺はそちらへと歩み寄りながら声を掛けた。


「あっ、ジークさん。お疲れ様です」


 本から顔を上げたシャルロットが、柔らかな笑顔を浮かべる。それから、呼んでいた本を手に取ると、俺に見えるように広げて見せる。


「えっと、はい。短時間で、より大きくて厚い氷を出す方法を練習中です」


「なるほどな」


 納得と共に、傍らに立つ氷の彫像を見上げた。

 魔術の使えない人には違いは判らないだろうが、一口に魔術を行使すると言っても、その内容は様々なのだ。

 例えば、『氷の槍(アイス・ランツェ)』の魔術一つを取っても、放たれた氷塊は使用者によって異なる軌跡を描くこととなる。


 魔術を覚え始めた初心者が唱えれば、大きさは小さく速度も遅いものとなる。最初の頃のシャルロットが狙いを外していたように、命中率も低くなることだろう。

 逆に、熟練の魔術士が使用すれば、それは必殺の一撃となる。不可避の速度で放たれた弾丸は確実に対象の息の根を止めることだろう。


 両者の違いは、魔力の使い方によるものだ。一度の魔術に込める魔力を増やし、より凝縮し、より迅速に、そして効率的に運用する必要があるのだ。

 最初から感覚的に出来てしまう天才と言う人も世の中には存在するが、普通の人は何度も反復して魔術を使用することで、その感覚を掴んでいくものである。


 シャルロットも、その練習をしていたのだろう。傍に鎮座する氷の彫像は、その成果に違いない。

 氷の巨人を眺めていると、シャルロットが少し顔を俯かせた。


「ジークさん、私、ダンジョンに行ってまだまだ力不足だなって思いました。もっと、強くならないと……」


「そうだったか? ……いや、そんなことはないだろう」


 ダンジョンを探索していた時のシャルロットの様子を思い出すが、特に力不足だと感じたことはなかったと振り返る。


 ケイブゴブリン相手には剣技の成長が見られた。

 深層では基本的には俺と一緒にアイアンゴーレムの動きを止める役割を担っており、ミスらしいミスもしていなかった。

 ミスリルゴーレムを相手にした時も見事な連鎖詠唱を見せていたし、特に反省点などなかったように思う。


 何をそんなに気にしているのかと思っていると、シャルロットはぽつりと呟いた。


「私の力じゃ、フィナさんを守れませんでした……」


「フィナを? あぁ、あの時か」


 シャルロットの言葉に、何時の事を思い出しているのか見当がついた。


 ミスリルゴーレムが、その両の拳を打ち出した時の事だ。破壊と言う力をそのまま固めたような弾丸は、シャルロットの作り出した氷壁を容易く打ち砕き、ユリアーネを庇ったフィリーネへと襲い掛かった。

 その結果、フィリーネは意識を失いその身に重傷を負ったのだった。治癒術がなければ、命が危なかっただろう。


 だが、それは別にシャルロットが悪かったわけではない。


「シャルが気にする気持ちもわからなくはないが、あれは生半可な魔術じゃ止められなかっただろうな。事実、俺もクリスも止められなかったんだ。何が悪かったかと言われれば、強いて言うなら相手が悪い」


 俺の『土壁』とクリスティーネの『光の盾』、二つを重ねても止められなかったのだ。あの攻撃を、あの短時間で止めるのは至難の業だっただろう。

 あまり気にしても仕方がないと思うのだが、シャルロットは少し悔やんでいるようだ。


「えっと、頭ではわかってるつもりなんです。今の私では、どう頑張っても無理だったって」


 少し俯いたまま、両手を胸の前で握って見せる。

 それから少しして、眉尻を下げた表情でこちらを見上げた。


「でも、次こそは護りたいって……そう思ってしまうのは、傲慢なことなんでしょうか?」


「……そんなことはないさ」


 俺は少し膝を落とすと、シャルロットと目線を合わせた。それから、軽く頭に手を乗せ、優しくシャルロットの頭を撫でた。

 水色の髪は絹のようにサラサラで、手触りがとても良い。


「そう思うのは、シャルロットが優しいからだよ。そう思う気持ちは、大切なものだ」


 過去の事に引っ張られて、落ち込むのはあまり良くないことだろう。だが、他者を慮るのは決して悪いことではない。

 それに、シャルロットが人を護りたいと思ったのだ。冒険者になった当初は、自分の身を守ることすら危うかった、あのシャルロットがだ。


 それなら、俺はその思いを尊重したい。


「だが、これだけは忘れないでくれ。シャルロットは、今でも十分俺達の助けになってる。いつも助けてくれて、ありがとうな」


「私……ジークさんの助けになってますか?」


 シャルロットが目を丸くして小首を傾げる。

 俺は安心させるように微笑んで見せ、一つ大きく頷いた。


「あぁ、もちろんだ。それに、シャルがいつも頑張ってることもわかってる」


「ジークさん……ありがとうございます」


 そう言って、シャルロットがはにかんだような笑みを見せた。少しは気を取り直してくれたようである。

 それから少しの間、シャルロットの頭を撫でていると、「あっ」と小さく声を発した。どうかしたのかと訝しんでいると、おずおずといった様子で口を開く。


「あの、ジークさん。私、頑張ってますか?」


「ん? あぁ、シャルは頑張ってるぞ」


「そ、それなら、その……たまには、ご褒美を頂けないでしょうか?」


「ご褒美?」


 問い返せば、少し顔を赤くしたシャルロットが小さく頷きを見せた。

 珍しい申し出である。

 シャルロットは、普段からあまり自己主張をしない子だ。勝手ながら親代わりのつもりである俺としては、もっと我が儘を言ってほしいと常々思っていたところである。

 それを思えば、答えなど決まっている。


「もちろんいいぞ。何が欲しいんだ?」


 他ならぬシャルロットの頼みである。無茶なことは言わないだろうし、積極的に叶えてあげたい。

 さて、一口にご褒美と言っても、何が欲しいのだろうか。あまりこれと言ったものが思い浮かばないのだ。


 これがクリスティーネであれば食べ物で確定なのだが、シャルロットはそこまで食べ物に執着はないだろう。まぁ、子供らしく甘いお菓子などは好きなようだが。

 他には、可愛い服とかだろうか。


 可能性のありそうなものを思い浮かべていると、シャルロットが戸惑いがちに口を開いた。


「それなら、…………、欲しいです」


「え? すまない、もう一度言ってくれるか?」


 声が小さくて聞き取れなかった。

 問い返せば、ますます顔を赤くしたシャルロットが、きゅっと両目を瞑って口を開いた。


「甘えさせて、欲しいです!」


「なんだ、そんなことか」


 一大決心でもしたかのようなシャルロットへ、俺は苦笑を返した。

 何か欲しいのかと思っていたが、どうやらそういうわけではないようだ。

 だが、シャルロットはまだ子供である。両親を亡くし、これまで一人前の冒険者となるべく励んできたのだ。たまには泣き言だって言いたくなるだろうし、人に甘えたくもなるだろう。


 俺で代わりになるかはわからないが、甘えたいというのであればいくらでも甘やかせる用意がある。頑張ったご褒美などと言わずに、日常的に甘えられても構わないのだが。

 俺は了承を示すように、胸を叩いて見せる。


「それくらい、いつでも構わないぞ」


「ほ、本当ですか?」


「あぁ。それで、具体的にどうしたいんだ?」


「えっと……それでは、お膝に乗せていただけますか?」


「膝に? よしきた」


 俺は頷くと、シャルロットの対面に置かれた青銅色の椅子へと腰かける。そうして、自身の太ももを示すように叩いて見せる。


「どうぞ、お姫様」


「そ、その……失礼します」


 シャルロットは椅子から立ち上がり、俺の方へとそろりそろりとやって来た。そうして一度喉を鳴らすと、遠慮がちに俺の膝へと腰を乗せた。

 だが、やはり恥ずかしいのだろうか、かなり浅く腰掛けている。それでは座り辛いし、安定もしないだろう。


 これでご褒美になるのだろうかと内心首を傾げつつ、俺はシャルロットの腰へと手を伸ばした。


「それだと危ないだろ。よっと……」


「ふぁっ」


 シャルロットの手足が泳ぐ。そうして、俺はしっかりとシャルロットを抱え直した。

 しかし、随分と軽いものだ。クリスティーネ程とは言わないが、もう少し食べるように言うべきだろうか。


 抱え込んだシャルロットの体は小さく、俺は見下ろす形となる。とても撫でやすい位置に頭がくるため、俺は自然と頭に手を置くのだった。


「これでいいのか?」


「えへへ、ありがとうございます……あの、ジークさん」


「どうした?」


「また、お願いしてもいいですか?」


「あぁ、いつでもいいぞ」


 こうして、この日の午後はシャルロットと共に読書をして過ごすのだった。

評価およびブックマークを頂きました。

ありがとうございます。


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