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144話 しばらくの休息1

 ミスリルゴーレムの解体をした翌日、俺はクロイツェル家の宛がわれた部屋のベッドでぼんやりと天井を見上げていた。

 今日からしばらくの間は、完全なる休養日を予定している。

 何しろ、何日もダンジョンを探索し、その成果として大量のミスリルを手に入れたのだ。これを売り払えば、当分金に困るようなことはないだろう。


 最も、王都に帰るまで売却はお預けである。これだけのミスリルともなると、王都の冒険者ギルドでなければ引き取ってくれないだろう。

 それに、ミスリルを売った金が手に入ったからと言って、何日も休むつもりはない。まだまだ冒険者を続けていきたいのだ。何日も休んでいては、腕が錆びついてしまう。


 それでも、大金が手に入るだろうことを思うと心が躍る。まずは何を買おうか。

 最優先なのは剣だろう。ミスリルゴーレムとの戦闘で、長い間愛用していた黒魔鉄の剣が砕けてしまったのだ。

 仕方のない状況ではあったが、手に馴染んでいた剣を失ったことには、これでも結構残念に思っているのである。


 だが、失ったものを嘆いていても仕方がない。新しい剣を買えばいいだろう。前と同じ黒魔鉄の剣を買うのも悪くはないが、折角金が入るのであれば、もっと高い剣を買うのも良さそうだ。それこそ、ミスリル製の剣を買うのもいいだろう。

 これから先も、ミスリルゴーレムのような脅威の魔物に出会う可能性はある。そのことを思えば、俺が全力で魔力を込めても壊れない剣が欲しいところだ。


 俺がさらにミスリル以上に高価なオリハルコンの剣などを思い浮かべてにやにやしていると、不意に部屋の扉が叩かれた。

 上体を起こして返事をすれば、部屋へと一人の少女が入ってきた。


 銀の長髪に金の瞳、龍の翼と尾を持つ少女、クリスティーネだ。彼女は俺のパーティメンバーではあるが、今朝の早朝訓練以外は自由にするよう言っている。暇になって遊びに来たのだろうか。


「クリスか、どうしたんだ?」


「ジークを誘いに来たの!」


 そう言って、クリスティーネは大きく両手を広げて見せた。それと同時に、バッと背の翼も広げられた。いつ見ても見事な輝きである。今度触らせてもらえないだろうか。

 それはともかく、俺を誘いにか。それは嬉しい申し出だ。


「どこか行くのか?」


「うん! あのね、町に買い物に行かない?」


「買い出しか」


 元々、休養日のどこかで買い出しには行こうと思っていたのだ。

 マジックバッグは特別な鞄ではあるが、言ってしまえば多くのものを入れられて持ち運びが楽と言うだけのものである。中に入っていないものを取り出せるような、夢のような代物ではないのだ。


 ダンジョンの中を六日も彷徨ったともなれば、当然ながら物資は消費している。

 寝具代わりの毛布のような、嵩張る物はそのまま次回にも使用できるが、食料品を始めとした消耗品の補充は急務である。ポーションの類も食事の用意に使用した薪も、随分と使ってしまった。


 それらを買い足すためにも、早めに買い出しに出掛けるのは良いだろう。

 そう思っていると、クリスティーネが輝かんばかりの笑顔を浮かべた。


「そう! 折角、普段来れない町まで来たんだし、その土地の食べ物は味わっておかなくっちゃ!」


「あぁ、そっちか」


 俺は思わず苦笑を漏らす。

 クリスティーネは純粋に、買い食いに行こうという意図で言っていたのだろう。まぁ、折角の休養日なのだし、そういう過ごし方もたまにはいいだろう。

 だが、俺の反応を受けてクリスティーネは「え?」と小首を傾げて見せる。

 それから何事か考えこんで、「あっ!」と声を上げた。


「も、もちろん必要なものとかを買うことも忘れてないよ? ……本当だよ?」


「わかってるよ」


 クリスティーネが照れたように頬に赤みを差す。

 おそらく忘れていたのだろうが、わざわざ指摘するほどではないだろう。

 俺は腰を上げ、背負い袋を掴むとクリスティーネと連れだって部屋を出る。


 玄関を出るまでにシャルロットかフィリーネとでも出会えれば二人も誘おうかと思っていたのだが、残念ながら誰とも会うことはなかった。

 とは言え、外出の目的はただの買い出しなのだ。わざわざ二人を探さずとも、俺とクリスティーネだけで事は足りることだろう。


 そうして屋敷を出た俺達は、正面の大通りを真っ直ぐに進んでいく。


「思えば、クリスと二人になるのは随分と久しぶりだな」


「そう言えばそうだね。シャルちゃんと会ってからかな?」


 クリスティーネの言葉に頷きを返す。たまに二人で話すようなこともあったが、基本的にはシャルロットと出会ってからは三人で行動を共にしていたのだ。

 今ではフィリーネも加え、皆で一緒にいることが多い。こんな風に二人でゆっくりと過ごすのは、なかなかない機会である。


「とりあえず、薬屋に向かいながら町を見て回るか。ついでに、歩きながらでも食えるものを探すか」


「それがいいと思う!」


 それから俺達は軽く食べられそうなものを買い食いしながら、町をゆっくりと見て回った。どこか牧歌的な町の様子を眺めていると、なんとなく気分が落ち着く気がした。

 そうして買い出しを済ませ、町を一望できるという高い塔のような建物へと登った。クリスティーネに抱えられて飛んだ時のような高い視点から見下ろす町の風景は、何度見ても良い眺めである。


 ゆるやかな風が吹く中、様々な有翼族の人々がその背の翼で空を飛ぶ姿が見受けられた。夕陽に照らされ、立ち並ぶ家屋が長い影を作っている。


「今日は楽しかったね、ジーク!」


「あぁ、たまにはこういうのもいいな」


 塔の側面にある手すりへと体を預け、俺達は笑いあう。クリスティーネの長い銀の髪が、風に吹かれて大きく広がった。

 その様子を眺めながら、俺は今日一日を振り返る。

 久しぶりに、ずいぶんとゆっくりとした時間が楽しめた。ここのところダンジョンに籠っていたのもあったが、その前も依頼や移動ばかりで、あまりこういった時間を取ってはいなかったのだ。


 今日一日もいろいろと町を歩き回ったが、まったくと言っていいほど疲れていない。むしろ、楽になったと感じるほどである。

 たまにはこういった日々も必要だろう。今後も、あまり根を詰め過ぎないように気を付けよう。


「ねぇ、ジーク。もう少ししたら、この町を出るんだよね?」


「ん? そうだな、そのつもりだ」


 しばらくは休みだが、それもあと数日の予定である。しっかり体を休め、フィリーネが実家に満足したころには、町を発つつもりだった。

 この町だって、暮らしていく事だけを考えるなら穏やかで悪くはないのだが、俺達は冒険者なのだ。まだまだ、行きたいところもやりたいこともある。


「この次はどこに行くの?」


「あぁ、一度王都に戻ろうと思ってるんだ」


 ただ冒険をするのであれば、選択肢は山のようにある。どこに向かうのも自由だ。

 だが、今俺達の手元には大量のミスリルゴーレムの残骸がある。

 ミスリルともなると希少金属だ、そこらの小さな町では買取もしてくれないだろう。しかも、かなりの量があるときた。これは王都の冒険者ギルドで売却するほかにないだろう。


 まずは一度王都に戻り、素材を売却する。その金で装備を整えてからでも、次の冒険は遅くはないだろう。


「装備を整えたら、どうするかな……クリスは行きたいところとかあるか?」


 王都の冒険者ギルドに立ち寄り、面白そうな情報を集めるというのも手ではある。だが、クリスティーネ達が行きたいところがあるというのなら、それを優先したい。

 そう思って問いかければ、クリスティーネは顔を上げ、顎先に指をあてて考え込んだ。


「ん~、どうしようかなぁ。半龍族の里には雪が降らなかったから、雪の降る所にもいってみたいでしょ? 大変だって聞くけど砂漠も一回は見てみたいし、別のダンジョンにも行ってみたいし……そうだ、海も見てみたいんだぁ。あと、フィナちゃんを見てると、一度家に帰ってみたくもなったし……」


 その口からは、次から次へと希望が溢れ出て止まらない。だが、それも仕方がないだろう。俺がクリスティーネと出会ってから訪れたのは王都の他にいくつかの町、それから今回足を運んだダンジョンくらいのものだ。

 世界には、俺も見たことのない景色がまだまだ存在するのだ。そう言った場所に行ってみることを考えると、俺自身わくわくしてくるのだ。


「それじゃ、王都に帰るまでの間に、どこに行きたいか決めておいてくれよ」


 俺の言葉に、クリスティーネはくるりと体ごと振り返った。


「う~ん、どこでも大丈夫! ジークと一緒なら、どこだって楽しいもの!」


 そう言って、夕陽を背景に笑顔を浮かべる少女の姿は、絵に残したいほどに綺麗だった。

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