141話 対ミスリルゴーレム戦4
俺の振るった剣の軌跡を追うように、虹色の大刃が空を切り裂いた。
斜めに切り上げられた俺の剣は虹色の刀身を伸ばし、その途上にあったミスリルゴーレムの腕を半ばから切り飛ばす。
虹色の光はそれだけで止まらず、ゴーレムの胴を紙のように切り裂きながら突き進み、その胸に輝く核石を正確に穿った。
剣を振り切ると同時に、虹色の光がゴーレムの背を斬り抜ける。
その瞬間は、まるで時が止まったかのようだった。
一息の後、俺の手中の剣全体に亀裂が走り、次の瞬間には粉々に砕け散った。振り切った態勢のまま、剣は大小様々な黒魔鉄の破片となり、俺の足元に雨のように降り注ぐ。
その音が切欠だったかのように、ミスリルゴーレムの上体が切断面に沿って斜めに滑り落ち始める。やがて轟音と共に切り離された上体が地へと落下し、残された下半身も力を失ったようにその場に崩れ落ちた。
――終わった。
そう思うと同時に、俺は全身を襲う虚脱感と共に膝を折り、その場に倒れ込んだ。辛うじて、片腕を緩衝材として挟み込んだことで頭を打つことは避けられた。
魔力切れだ。
今の一撃は、俺の持つ魔力すべてを注ぎ込んだ、今できる最高の攻撃だった。こうでもしなければミスリルゴーレムは斬れなかったのだから仕方がないが、その代償に魔力をほぼすべて持っていかれてしまった。
起き上がろうと試みるが、体に力が入らない。まだ、やらなければならないことがあるというのに。
「ジークさん!」
シャルロットが転がるように駆け寄ってくる。俺の傍に膝立ちとなり、心配そうに顔を覗き込んできた。
「大丈夫ですか? あの、クリスさんが! それに、フィナさんも……」
「わかってる。何とかするから、その前にマナポーションを持ってきてくれ」
魔力切れを起こした場合は自然回復に任せるか、マナポーションを飲むしかない。この状況では自然回復など待っている暇はないので、素直に薬に頼るべきだろう。
「はい!」と返事をして地に投げ出したマジックバッグの元へと走り寄るシャルロットの背に、「二本だ」と声を掛ける。
やがて、両手に青い液体の入った瓶を抱えたシャルロットが戻ってきた。俺はなんとか上体を起こし、片手を地面について体を支えながらそれを迎えた。
「ど、どうぞ」
シャルロットの差し出した瓶を、俺は素直に受け取った。
「ありがとう。もう一つはシャルの分だから、ゆっくり飲んでくれ」
そう言って、俺はマナポーションに口を付ける。
口に含んだところで、思わず顔を顰めてしまう。いつも通りのマナポーションの味だが、相変わらず苦いものだ。
ユリウス家で夜通し飲まされた時に随分慣れたと思ったが、少し久しぶりだからな。こんな味でさえなければ、もう少し日頃から飲むのだが。
俺がマナポーションを飲み干す中、シャルロットも瓶の液体を口に入れた。その途端に咳き込み、眉尻を下げて小さく舌を出して見せる。そう言えば、シャルロットはマナポーションを飲むのは初めてだったな。
チラッと俺の顔色を窺ったので小さく頷いたところ、唇を小さく噛んでから再び瓶へと口を付けた。
少し可哀相ではあるが、魔力の補充は急務である。この部屋には他に魔物は見当たらないが、これから先も魔物と出会わない保証はないのだ。
そうしてある程度魔力が回復した俺はその場に立ち上がると、軽く体の調子を確かめる。問題ないことを確認した俺は、まずクリスティーネへと駆け寄った。
クリスティーネは地面に横になり、己の足に手を当てていた。光の漏れている様子から、治癒術を行使していることがわかる。
「クリス、大丈夫か?」
「大、丈夫。ものすっごく、痛いけどぉ」
そう言うクリスティーネの額には脂汗が滲み、声は震えて目には涙が浮かんでいる。だが、それもそのはずである。
ゴーレムの拳が直撃したクリスティーネの両足は、間違いなく折れているのだ。その痛みは想像に難くない。それでも、骨折で済んだ事実を喜ぶべきだろう。
「私は、いいから……フィナちゃんを、お願い」
「わかった。治ってもしばらくは休んでいろよ」
クリスティーネは自らの手で治療が可能なようだ。
少し後ろ髪を引かれる思いはあるが、俺はクリスティーネをその場に残し、フィリーネへと駆け寄った。
「フィー姉様! フィー姉様!」
泣きじゃくるユリアーネが、地に倒れ伏したフィリーネへと必死に呼びかけている。だが、倒れた少女は何も反応を返さない。
俺は傍に膝を付けると、脈拍と呼吸を確かめる。
幸いにも、少し早いが脈はあり、浅いが呼吸もあった。その事実に、俺はほっと胸を撫で下ろす。生きているならば、いくらでも治療は可能だ。
「お兄様、フィー姉様が、私を庇って! お願い、フィー姉様を助けて!」
ユリアーネが泣きながら縋りついてくるのに対し、俺は「落ち着け」とその白い頭に手を置く。
どうやら、フィリーネはユリアーネを庇ってゴーレムの拳を受けたらしい。
だが、その判断は正解だったと言えるだろう。まともに身体強化が出来ないユリアーネが受けていれば、即死は免れなかったはずだ。
「安心しろ、すぐに治療する」
それから俺はフィリーネを両腕で抱き抱えるて膝の上に乗せると、治癒術の行使を始めた。フィリーネの体全体が、ぼんやりと白い光に包まれる。
そうしてしばらくの時間が経過したところで、フィリーネが小さく身じろぎをし、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
「んぅ……」
「フィー姉様!」
その様子に、ユリアーネが顕著な反応を示した。涙目のまま、俺の腕に抱かれたフィリーネへと顔を寄せる。
「ユーちゃん……怪我はないの?」
「はい、はい……! フィー姉様のおかげで、私は何ともありません!」
「んふふ、それならいいの」
フィリーネは安心したように弱々しく微笑んだ。それから、ようやく俺に気付いたように目線を上にあげる。
「ジーくん……」
「フィナ、気分はどうだ?」
「んふふ、ジーくんに抱き締められてる。役得なの」
どうやら冗談を言えるくらいには余裕があるらしい。この様子ならもう大丈夫だろうと、俺は安堵の息を吐いた。
それから二人の治療が終わってしばらくの間は、体を休めることに専念した。二人とも治療して間もないし、俺自身決して万全の状態とは言えないからだ。
やがて体力も回復し、マジックバッグから予備の剣を手にした俺は、この部屋に入った時から気になっていた向かいの扉に手を掛けた。
部屋の中には、ミスリルゴーレムの残骸が残っている。出来れば持ち帰りたいが、いくら『軽量化』の掛かっているマジックバッグと言えど、この量では荷物になるだろう。無事に帰れたら、その時に再び取りに戻ってくればいい。
そうして俺はクリスティーネとフィリーネの手を借り、重い扉を開いた。
その向こうには、どこかで見たような上層へと続く階段が鎮座していた。
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