139話 対ミスリルゴーレム戦2
「ジーくん、代わるの!」
ミスリルゴーレムの身へ手に持つ双の剣を浴びせながら、フィリーネが俺の傍へと背の白翼で飛んできた。
俺はゴーレムの踏み下ろした足を後方へと飛び退りながら避け、そちらへと目線を向ける。
「わかった、少しの間、任せる!」
俺はそう言い残し、迫る巨腕から身を仰け反らせると地を蹴り、ミスリルゴーレムから距離を取った。
そうして向かうのは後方で魔術を放つシャルロットの傍だ。さらにそのやや後方には、ハラハラした様子のユリアーネが佇んでいた。
「ジークさん、すみません……魔術はあまり効果がないみたいで……」
眉尻を下げたシャルロットが、俺の傍へと歩み寄る。
俺とクリスティーネが大立ち回りを繰り広げている間、シャルロットの魔術がミスリルゴーレムへと絶え間なく飛来していたのは視界に捉えていた。
だが、その何れも決定打とは成りえていなかった。いくつかは核石にも命中していたようだったが、砕くところまでは行かずその身を微かに震わせるだけであった。
「問題ない。それよりも、動きを止めるぞ!」
「はい!」
俺の一言で、既に何をするのかシャルロットは理解してくれる。ロックゴーレムやアイアンゴーレムを相手に散々やって来た、魔術での束縛だ。
魔力を練り上げ、詠唱を諳んじるまでは、最早手慣れた作業である。
そうして集積した魔力を、左手を翳すとともに開放する。
「『強き石の腕』!」
「『強き氷の腕』!」
俺とシャルロットの声が重なる。
それと共に、ミスリルゴーレムの巨腕と同等の大きさを誇る、石と氷の腕が立ち上がった。
それらは左右から全く同時に襲い掛かると、ゴーレムの双腕を掴み取る。アイアンゴーレムでさえ、その動きを止めるほどの頑強さを誇る二本の柱だ。
その隙に、クリスティーネとフィリーネが剣技を叩き込む手筈だった。
だが、俺とシャルロットによる魔術の腕は、まるで砂で出来ているかのように容易く折り砕かれた。破砕音と共に、折れた腕の先が地面へと落下し、轟音を立てる。
隙を窺っていたクリスティーネとシャルロットが、落下する魔術の破片を辛うじて躱すところが目に入り、ほっと胸を撫で下ろす。
「ジークさん、止まりません!」
シャルロットの悲鳴のような声が上がる。俺自身、舌打ちの一つでもしたい気分だ。
ミスリルゴーレムの動きは、一瞬たりとも止まっていなかった。今と同等の魔術では、何度やったところで隙を作り出すことはできないだろう。
「シャル、連鎖詠唱だ!」
「――! はい!」
打てば響く反応を頼もしく感じつつ、俺は再び魔力を練り上げ始めた。それも、先程の比にはならない量だ。
「『現界に属する大地の眷属達よ 我がジークハルトの名の元に 唱和せよ 集結せよ 彼の者を数多なる強き腕で抱け』!」
「『現界に属する氷の眷属達よ 我がシャルロットの名の元に 唱和せよ 集結せよ 彼の者を数多なる強き腕で抱け』!」
俺とシャルロットの声が合唱となって木霊する。
「『連鎖する強き石の腕』!」
「『連鎖する強き氷の腕』!」
体内から大量の魔力が失われる感覚と引き換えに、無数の石柱と氷柱が生まれ出でる。
そうして現れた魔術の腕は、ミスリルゴーレムの両腕を、四脚を、十重二十重に掴み上げた。
さしもの青白い肌を持つ巨人と言えど、四肢ならぬ六肢すべてを抑えられては容易く動けはしないようだ。その場に縫い付けられたように動きが止まった。
「クリス! フィナ!」
前方へと声を掛けると同時、俺は左手で魔術を維持しながら右手に剣を構えてゴーレムへと猛進する。
俺が声を掛けた時には、既に二人は動き出していた。魔術で身動きを封じられたゴーレムの、右側手前の脚へと走り寄っている。
フィリーネに先んじて、クリスティーネが強く地を蹴り、龍の翼を大きくはためかせた。
「『光龍曻剣』!」
振り上げた剣が煌めく粒子を散らし、光龍の顎がゴーレムの膝関節を撃ち抜く。
クリスティーネはその勢いのままに翼を動かし、更なる上昇を続ける。
その後を追うような形で、フィリーネが身を低くして迫る。
地面へと下げられた双剣は渦を巻き、土煙を巻き起こしている。
地を蹴ると同時に白翼を強く叩きつけ、ゴーレムの膝と同じ高度までを一瞬で飛び上がった。
「『双風神剣』!」
巻き起こす風が刃となってミスリルゴーレムへと襲い掛かる。
クリスティーネの攻撃と同箇所に打ち込まれたそれは、衝撃音と共にゴーレムの巨体を確かに揺らした。
「フィナちゃん! 退いてぇっ!」
上空からクリスティーネが叫ぶ。
その声に弾かれたように、フィリーネが大きく羽ばたき距離を取った。
そこへ、剣を大きく振りかぶったクリスティーネが彗星の速度で接近する。
「『光龍墜剣』」!」
落下の速度に翼の推進力を乗せ、クリスティーネは一筋の光となった。
再び放たれた光の龍が、ゴーレムの膝を斜め上から突き抜けた。
破砕音と共に金属の軋むような音が響き渡り、ミスリルゴーレムの巨躯が大きく揺らいだ。
ここにきてようやく、俺の剣が届く距離となった。
俺は全身に強く身体強化を掛けると、荒々しく飛び上がりこの身を弾丸へと変える。
向かう先はクリスティーネとフィリーネが打ち込んだゴーレムの膝関節だ。
俺は跳躍の速度すべてを剣に上乗せし、大上段から剣を一閃した。
「『重剛剣』!」
一際大きな音が鳴り響き、俺の両腕に硬い感触が跳ね返る。
俺の剣は中途で止まることなく、最後まで振り切られた。
それは即ち、ミスリルゴーレムの脚を断ち切ったことを意味する。
綺麗な切断面ではないものの、今はそれは重要ではない。重要なのは、ゴーレムの脚を折り砕くことが出来たという事実だ。
ゴーレムの膝は半ば以上が砕け散り、辛うじてつながっていた部分も膝下の自重に耐え切れず、引きちぎるようにして脚先が地面へと倒れ込んだ。
支えの一つを失ったミスリルゴーレムは、バランスを崩して上体を斜めに傾げる。そのまま倒れ込むかに思えたが、片腕を地面へと着き耐えて見せた。
それと同時に、俺とシャルロットによる魔術の拘束が解かれる。
「一度退くぞ!」
俺は声を発しながらも全速力でゴーレムから距離を取り、元のシャルロットの傍へと戻ってきた。
クリスティーネとフィリーネも上手く離脱したようだ。翼をはためかせながら、俺達の傍へと降り立った。
「いけそうね、ジーク!」
「あぁ、何とかなりそうだ」
希望が見えてきた。
一本の脚を失いバランスを崩した体では、著しく運動性能が減衰するはずである。
今は俺達が遠目で見る中、器用にも膝下を失った脚を地に着け均衡を保っているが、先程のような俊敏さで動くことは不可能だろう。
まずはもう一本、左側手前の脚を落とす。そうして機動力を奪えば、次は腕だ。
その繰り返しで攻撃手段を奪い、最後に核石を砕けば良い。
「シャル、魔力は大丈夫か?」
「はい、まだいけます!」
俺に次いで魔力の消費が多いのはシャルロットだ。これから先も連鎖詠唱を使うとなると、少し魔力に不安があるところである。
だが、それもミスリルゴーレムの機動力を奪うまでだ。後一度、逆側の脚さえ落とせれば、マナポーションで魔力を補充する時間も確保できるだろう。
後は、時間さえかければ討伐するのに支障はない。
そう思っていた時だ。
「――何だ?」
ミスリルゴーレムが両腕を持ち上げ、拳を握った。
まるで、俺達に狙いを澄ましているようだ。
だが、ゴーレムが魔術を使うという話を聞いたことはない。
これまでに出てきたロックゴーレムもアイアンゴーレムも、物理攻撃ばかりで魔術は使用してこなかった。
ミスリルゴーレムに、遠距離手段はないはずである。
そのはずだった。
次の瞬間、ミスリルゴーレムの両の拳が勢いよく撃ち出された。
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