134話 石造りのダンジョン10
ガツンという衝突音と共に、クリスティーネの体が弾かれる。クリスティーネの剣は、アイアンゴーレムの核石を砕くところまで至らなかった。
それを待っていたかのように、未だ動きを止めないアイアンゴーレムが魔術の拘束を打ち砕き、右の拳を振り下ろした。
今度は回避が間に合わなかった。態勢の整わないクリスティーネは、正面からゴーレムの拳を受ける結果となる。
「クリス!」
クリスティーネの体が軽々と宙に浮き、背中から地面へと叩きつけられる。それでも少女はすぐさま立ち上がると、剣をゴーレムへと向けたまま俺達の傍へと後退してきた。
「大丈夫か?」
「うん、すっごく痛くて泣きそうだけど、まだ大丈夫」
少し、声が震えていた。大分強がっているようだが、剣を構えて見せるところを見るに利き腕は無事のようである。その反面、左腕は力なくぶらりと揺れていたが。
「ジーク、もう一度だけ、試させてほしいの」
剣を手にゴーレムから目を離さないまま、クリスティーネはそう口にした。その瞳からは、まだ力強さは失われていない。
「だが、奴には通用しなかっただろう?」
クリスティーネの剣は、確かにゴーレムの核石に届いていたはずだ。だが、威力が不足していたのだろう。核石を砕くまでは至らなかった。
だが、俺の問いにクリスティーネは小さく首を横に振る。
「さっきより、もっと強い剣技を使うわ。でも、そのためには少し時間が必要ね」
クリスティーネは、中級剣技に相当するものを使うつもりのようだ。それならば、確かに先程よりも威力は向上するだろう。アイアンゴーレムの核石でも、砕くことはできるかもしれない。
だが、そのためにはクリスティーネは魔力を溜める必要があるし、ゴーレムの動きを止めるためには俺とシャルロットは動けない。そうなると、対応できるのは一人だけだ。
「それなら、フィーが引き付けるの」
フィリーネも、その役割は自分しかいないと理解したのだろう。
周辺警戒を担当しているフィリーネが前線に出れば、その分周囲への注意力が低下するが、今は目の前の敵に集中するべきだ。この配役が適当だろう。
「そんな、フィー姉様、危険です」
そう言って、ユリアーネがフィリーネへと縋りつく。大切な姉が危険な役割を担うともなれば、心配もするだろう。
それに対し、フィリーネは安心させるようにユリアーネの頭を優しく撫でた。
「大丈夫、これくらいなら平気なの。それより、ユーちゃんはちゃんと見ておくの。冒険者が、どういうものを相手にするのかを」
その言葉を残し、フィリーネはアイアンゴーレムの元へと駆ける。
俺達も無駄口を叩いている暇はない。すぐに体内の魔力を集め始めた。
「ジーク、シャルちゃん、今度は私の動きに合わせて!」
「わかった!」
「はい!」
フィリーネがゴーレムを引き付ける中、俺達は三度魔力を練り上げる。
やがて、魔力を溜め終わったのだろう、クリスティーネがゴーレムへと駆け出した。
俺とシャルロットはまだ動かない。ギリギリまで我慢だ。
「フィナちゃん!」
「ん!」
クリスティーネの声に、シャルロットが斜め後ろへと飛び退く。
そして空いたスペースへとクリスティーネが飛び込み、ぐっと体勢を低くした。
――今だ。
「『強き石の腕』!」
「『強き氷の腕』!」
三度目の魔術が行使され、ゴーレムの体を縫い留める。
完璧なタイミングで放たれた魔術はゴーレムの動きを確実に阻害し、クリスティーネに時間と言う猶予を与える。
そこへ、クリスティーネが強く地を蹴った。
アイアンゴーレムへと向かい上昇する中、クリスティーネは剣を一閃させた。
「『光龍昇剣』!」
魔力が光となって溢れ出す。
それは龍を形取ると、唸りを上げてゴーレムへと襲い掛かった。
光の龍はゴーレムの核石を噛み砕くと、そのまま突き進み背を突き抜ける。
動力を砕かれたゴーレムは、地響きを立ててその場に力なく倒れ込むのだった。
「クリス、治療を」
一息とつかず、俺はクリスティーネへと駆け寄った。
クリスティーネは、やはり先程ゴーレムの一撃を受けた左腕が痛むのか、その場にうずくまり腕を抱えている。
だが、顔に脂汗を浮かべながら、ゆるゆると首を横に振る。
「私は自分で治せるわ。それよりも、フィナちゃんを治してあげて」
「フィナを?」
首を傾げながらフィリーネへと目線を向けると、フィリーネはぱっと手を背の後ろに隠してしまった。
その態度に怪しいものを感じつつ、俺はそちらへと歩み寄る。
「フィナ、怪我したのか?」
「平気なの。ちょっと痺れただけなの」
「見せてみろ」
「あっ」
半ば強引に細腕を手に取る。その途端、フィリーネが痛みのためか顔を顰めた。
視線を手元に落とせば、元は白い腕が赤く腫れているのが目に入った。
「少し引っかけただけなの。これくらいの痛みには慣れてるの」
「駄目だ、そのまま動くなよ」
呪術で痛みには慣れていると言いたいのだろうが、それとこれでは話は別である。
フィリーネの言い分に耳を貸さず、問答無用で治療を施す。
それほどの怪我ではなかったようで、すぐにフィリーネの腕は元の白さを取り戻した。
フィリーネは少し腕を捻って見せ、調子を確かめる。
「ん、良くなったの。ジーくん、ありがとう」
「これくらい大した手間じゃないんだから、怪我をしたなら素直に言ってくれ」
「んふふ、わかったの」
フィリーネが控えめな微笑みを見せる。そこへ、今まで後方でおろおろと狼狽えていたユリアーネが近寄り、フィリーネに寄り添った。
「フィー姉様、大丈夫ですか?」
「見ての通り大丈夫なの。ユーちゃんは、ちゃんと安全なところにいるんだよ?」
ひとまず、フィリーネの方はこれで問題ないだろう。
俺は再び、クリスティーネの方へと歩み寄った。そちらでは、シャルロットがクリスティーネの身を案じていた。
「クリスさん、大丈夫ですか?」
「うん、これで大丈夫。ふぅ、痛かったぁ」
そう言って、腕で額を拭って見せる。どうやら、既に治療は終わったようだ。
「クリス、動けるか?」
「うん、いつでもいけるよ!」
そう言って、元気に拳を握って見せる。いつもと変わりのないその様子に、俺はほっと胸を撫で下ろす。
本当に、治癒魔術を使える者がいてよかった。ライフポーションでもある程度代用は出来るが、やはり即効性では魔術の方に分があるからな。
それから俺達は、この階層の探索を開始した。道中では時折アイアンゴーレムと遭遇し、時には軽傷を負いながらも歩みを進めていった。
そうしてかなり疲労が蓄積したころになって、ようやく上層へと続く上り階段へと辿り着くのだった。
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