132話 石造りのダンジョン8
白い光がゆっくりと晴れ、俺の視力が再び役割を取り戻す。
それを確認するや否や、俺は素早く周囲へと視線を走らせた。
すぐ傍に、腕で目元を覆ったクリスティーネとフィリーネの姿を認め、俺はほっと息を吐いた。少なくとも、ダンジョン内で逸れるという事態にはならなかったようだ。
さらに周囲の状況を確認するが、左右に長く伸びた通路が目に入るくらいで、特筆すべきものは何もない。いきなり大量の魔物に囲まれるという事態にならなかったことを喜ぶべきだろう。
身の安全を確認したところで、俺は腕の中へと目を落とした。俺は今、シャルロットとユリアーネを両腕に抱えた状態である。
二人とも、外傷などは特にないようだ。ただ、何が起こったのかはわからないようで、不思議そうにきょろきょろと周囲を見渡している。
全員の無事を確認したところで、俺は二人を腕の中から解放した。
辺りを見回していたクリスティーネが、首を傾げて口を開く。
「ねぇジーク……今、何が起こったの?」
「あんまり変わらないように見えるけど、さっきまでの景色と少し違うの」
フィリーネも、周りの様相に違和感を持ったようだ。何しろ、前方には怪しげな扉が、後方には上層へと続く階段があったはずなのに、今はそのどちらも影も形もないのだ。
俺は頭の中で情報を整理しつつ、ゆっくりと話し始めた。
「俺達は、転移の魔術罠に掛かったんだ」
「転移の魔術罠……ですか?」
シャルロットがこちらを見上げ、首を傾げる。それに「あぁ」と言葉を返し、俺は説明を続けた。
「対象を別の場所に転移させるという罠の一種だな。それが発動して、俺達は別の場所に飛ばされたんだろう」
「別の場所……でも、あんまり変わってないよね?」
そう言ったのは、再び周囲の様子に目を向けたクリスティーネだ。その言葉には俺も同意見である。
長く伸びた通路や青白く光る壁や天井などは、今までも散々見てきたダンジョン内の景色だ。
その様子を見ながら、俺は腕を組む。
「転移したと言っても、まだ『石造りのダンジョン』の中にいるのは間違いないだろうな。転移の魔術罠を作動させるには、多くの魔力が必要だったはずだ。だから、そこまで遠くには転移してないはずなんだ」
人を転移させるような魔術が、簡単に使えるはずがない。このダンジョンから王都まで飛ばすようなことはできないのだ。
精々、山を一つ越えたところまで飛ばすのが限界だろう。
すると、じわじわと自分達の置かれた状況がわかってきたのだろう。クリスティーネの表情が、次第に青褪めてきた。
「ね、ねぇジーク。それって、その……不味いよね?」
「あぁ、正直に言って、かなり危険な状態だ。十中八九、ダンジョンの深層に飛ばされただろうからな」
罠と言うのは、基本的に侵入者を撃退、または殺害するために仕掛けられるものだ。俺達が掛かったのが即死するような罠でなかったのは幸いだが、より危険度の高い下の階層に送られたと考えるのが妥当だろう。
深い階層では、より強力な魔物が出現するのがダンジョンの常識である。出てくるのがロックゴーレムであればよいのだが、それ以上の魔物が出てきた場合、無事に勝利できるかどうかはわからないのだ。
「ダンジョンの深層に……何階あたりに飛ばされたかって、わかったりしない?」
「わからないな。希望的観測で、十層前後と思いたいが……」
残念ながら、ダンジョン内に階層を示すような目印は存在しないため、今何階にいるのかはわからないのだ。それでも、転移罠の性質から言って、そこまで遠くではないだろう。
さすがに百層目まで飛ばされたとは思わないが、それでも十五層目から二十層目くらいは覚悟しておいた方が良いかもしれない。
「フィー姉様……」
ユリアーネがフィリーネの体に縋りつく。フィリーネは、落ち着かせるように抱き締め返していた。
「ジーク、これからどうしよう?」
胸の前で両手を組み、眉尻を下げたクリスティーネが問いかけてくる。他の皆も、言葉には出さないが一様に不安な様相だ。
不安は伝染するものである。皆が暗い雰囲気では、歩みも遅くなることだろう。
安心させるためにも、俺は微笑を浮かべて見せる。
「大丈夫、やることは変わらないさ。地上を目指して、上り階段を探そう」
ここが『石造りのダンジョン』の中であるならば、上層への階段がどこかにあるはずなのだ。それを見つけて上って行けば、いつかは罠のあった六層や、地上にも戻れることだろう。
幸いなことに、マジックバックのおかげである程度、食料には余裕がある。飲み水も魔術で確保できるので、数日程度であれば問題なく探索が出来るだろう。
「みんな、ここから先は何があるかわからない。今まで以上に、慎重に行動するんだ」
俺が真剣に言い含めると、揃った頷きが返ってきた。その反応に満足しつつ、俺は地図を取り出した。
今いる階層が何階なのかわからない上に、初めて訪れる階層だ。もちろんこの階層の地図などないのだが、これまでの階層の階段がほぼ同じ位置にあった以上、この階層でも似たような場所にあることだろう。
そのことから、大体の方向に見当をつける。
「そうだな、まずは――」
「ジーク、何か来る!」
俺の言葉を遮り、クリスティーネが鋭く言葉を発すると腰の剣を抜いた。
俺もその声にすぐに反応し、剣を手にする。
そうして通路の奥を注視すると、こちらへと近づく大きな影があることに気付いた。
やがて、壁や天井の青白い光に照らされ、その影が姿を現した。
始めは、またロックゴーレムが現れたのかと思った。シルエットは、ロックゴーレムにそっくりだったのだ。
だが、近付くにつれてその姿がはっきりと見えてくる。
光を反射する光沢のある表皮は、ロックゴーレムのざらざらとしたものとはまるで異なる。歩くたびに響く振動は、ロックゴーレム以上の重量を感じさせた。
体積は、ロックゴーレムをさらに一回り大きくしたくらいだろうか。少ししか大きくないように思うが、ロックゴーレムよりずっと威圧感を感じさせた。
俺達の前に現れたのは、鋼鉄の巨人だった。
評価およびブックマークを頂きました。
ありがとうございます。
「面白い!」「続きを読みたい!」など思った方は、是非ともブックマークおよび下の評価を5つ星にしてください。
作者のモチベーションが上がります。




