131話 石造りのダンジョン7
「クリス、少し止まってくれ」
俺の言葉に、前方を行くクリスティーネだけでなく、皆が足を止めた。
俺達は『石造りのダンジョン』の五層目、最下層を訪れていた。同行者にはクリスティーネとシャルロットとフィリーネ、それに予定通りユリアーネを加えている。
ユリアーネの装いはいつもの年相応の可愛らしいものではなく、どこから用意したのか真新しい防具と、小振りの剣を身に付けている。見るからに、今日から冒険者になりました、といった様相だ。
フランクに頼まれてユリアーネを連れているが、今のところ問題は起きていない。最短経路を通っているのもあるが、連日ダンジョンに潜っていたおかげで魔物の数も減っているのだろう。
何度かケイブゴブリンやロックゴーレムといった魔物に遭遇しているものの、俺やフランクの予想に反して、ユリアーネはあまり怖がっていない様子だ。魔物と遭遇するたびに剣を手に前へと出ようとするのを、フィリーネが抱き留めているような状況である。
やはり連れてきたのは失敗だったのではないかと考えつつ、俺はもう一つの目的を遂行するために手元の地図へと目線を落とした。
元々、俺達は第五層目の隠し階段の有無を確かめるために来ていたのだ。
俺は地図と周囲とを交互に見比べる。
うむ、ここで間違いなさそうだ。
「ジーク、着いたの?」
「あぁ、このあたりだな」
俺の言葉に、クリスティーネ達は周囲を見回す。俺もそれに倣い周囲を観察してみるが、今まで見てきたダンジョンの様子とさしたる違いは見つけられなかった。
「う~ん、何もないように見えるけど……」
その場にしゃがみ込んだクリスティーネが、指で地面を触って見せる。特に変化はなく、硬い岩肌が覗くばかりである。
俺もブーツの先でトントン、と地面を叩く。もちろん、それだけで地面が割れるなんてことはない。
「まぁ、見て簡単にわかるようなものなら、とっくに見つけられてるだろうからな……さて、試してみるか」
俺は皆に下がるように指示を出すと、地面に左手を翳した。
「『石の槍』!」
勢いよく発射された岩塊が、地面へと衝突する。ゴッといい音を立てて、岩塊は地面に転がった。
その後、場所を変えて複数個所に魔術を打ち込む。
「『石の槍』!」
何度目かの魔術を使用した時、先程までとは違う音が鳴り響いた。どこか、地下に空洞が存在するような反響音だ。
「ここか?」
地面にしゃがみ込み、注意深く地面を観察する。しかし、特に変わった様子は見受けられない。軽く地面を触ってみるが、ごつごつとした岩の感触以外は怪しいところはない。
だが、音が異なるということは何かがあるということだろう。俺は地面に両手を付けると、体内の魔力を注いでいく。
「『大地操作』」
俺の掛け声と同時に、地面がボコボコと動き始める。それは俺の思い描いた通りの動きを見せ、やがて地面に顔面大の穴を開けた。
その穴の中からは、壁や天井から発するのと同じ青い光が漏れ出ている。そこから下を覗き込んで見れば、地下へと続く階段が見て取れた。
「どうやら当たりらしいな」
にっと笑って見せれば、クリスティーネを始めとして続々と穴の方へと顔を寄せる。
「ほんとだ、隠し階段だ! ジーク、行ってみようよ!」
「わかってるよ、もう少し待ってくれ」
俺はさらに地面に魔力を流し、穴を広げていった。
やがて、今まで各階層で見てきたような、地下へと向かう階段が大口を開けた姿を現した。間違いなく、六層目へと続く下り階段である。
「まさか、本当にあるとはな……」
俺は姿を現した隠し階段を見下ろしながら、そう呟いた。
正直なところ、本当に隠し階段があるなどとは思っていなかったのだ。地図を見る限り、階段があるとしたらここだと考えただけで、高確率で行き止まりだと思っていたのだ。
ここから先は前人未踏の領域である。自分でも、少し気分が高揚しているのがわかる。
「ジーク、早速行ってみようよ!」
そう言って、クリスティーネが階段へと一歩踏み出す。
「いや、ちょっと待ってくれ」
それを、俺は押し止める。視線を向けた先はユリアーネだ。
「ユリアを連れたまま、未探索の階層に行くのは……」
元々、隠し階段が見つかるとも思っていなかったので、この後は帰るつもりだったのだ。このまま六階層目にユリアーネを連れていくのは、少々危険ではないだろうか。
そう思っていたのだが、当の本人は階段を見下ろして瞳を輝かせている。
「私なら大丈夫です! 行ってみましょう!」
「……まぁ、少し見るくらいはいいか」
どちらにせよ、階段付近に魔物は寄り付かないのだ。それならば、ひとまず六階層目に下りて、様子見をしてもいいだろう。
それで、ケイブゴブリンやロックゴーレムといった今まで出てきた魔物が出てくるのであれば、慎重に進んでみてもよさそうだ。何しろ、今なら五層目も比較的簡単に探索できているのだから。
「さぁ行きましょう、お兄様!」
「ユーちゃんは先に行っちゃだめなの」
俺の手を引き、先んじて階段を降りんとするユリアーネを、フィリーネが後ろから抱き留める。何が待っているかわからない中、ユリアーネを先行させることなど出来るはずがない。
俺はクリスティーネと共に、慎重に階段を降りていった。後ろからはシャルロットとユリアーネが続き、最後尾をフィリーネが務めている。
そうして降り立った六階層目には、今までと異なるものがあった。
壁と天井が青白い光を発しているのは、今までと変わらない光景である。だが、その先が違った。
真っ直ぐに伸びた通路の先、金属製と思われる重厚そうな扉が、堂々とその存在感を放っていた。
「如何にもって感じだな……」
「何かありそうだよね?」
どこかわくわくした様子でクリスティーネが振り返る。
クリスティーネの言う通り、明らかに中に何かありそうな扉である。むしろ、これで何もなければ拍子抜けしてしまうところだ。
「ひとまず、扉の向こうを確認してみるか。皆、静かにな」
振り向いて口元に人差し指を立てて見せれば、揃えたような頷きが返った。それから俺達は一丸となって、扉の元へと歩み寄る。
この時の俺は、間違いなく油断していた。
思いもかけず隠し階段を発見し、その先で意味ありげな扉を発見したのだ。気分が高揚し、普段よりもずっと注意力が落ちていたのだろう。
そうでなければ、少なくともユリアーネを連れた状態で六階層を進むことを選択しなかったはずだ。
だが、俺は皆を引き連れ、扉へと歩み寄っていた。
その時だ。
「何っ?!」
「これは――っ!」
扉まであと少しといったところで、突如として床が白く光った。
――罠だ。
何故思いつかなかったのだろうか。
誰も踏み入ったことがないということは、解除されていない罠が存在してもおかしくないということである。
その考えに至った時には、既に罠は発動していた。
最早幾ばくの猶予もない中、俺は思考を目まぐるしく回転させる。
足元に浮かんだ魔法陣から、罠の種類が転移の類であることまでを一瞬で突き止めた。
そこからどうするか。
俺は勢いよく振り返る。
クリスティーネとフィリーネは、最悪一人になったとしても戦い抜くだけの実力がある。
逸れた場合に危険なのは、ユリアーネはもちろんシャルロットもだ。魔術の腕は既に一人前と言ってもいいくらいだが、それも前衛を務める者がいてこそ輝くものだ。
俺は瞬時に判断すると、シャルロットとユリアーネの体を抱きよせる。
小さく悲鳴が上がる中、俺達は白い光に包まれていった。
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