130話 ダンジョン探索の合間4
澄んだ空気の中、カン、カン、という剣を打ち合う音が鳴り響く。
フランクと話し合い、ユリアーネをダンジョン探索に連れていくことを決めた翌日の事である。
俺は世話になっているクロイツェル家の庭で、フィリーネの妹のユリアーネと向かい合っていた。時間帯は午前中、朝食を食べて少し間を開けた後のことだ。
何も、ユリアーネをシャルロットのように弟子扱いしているというわけではない。明日のダンジョン探索に向けた、一日限定の指南である。
さすがに、何の確認もせずにユリアーネをダンジョンに連れていくというのは気掛かりだった。そのため、ダンジョン探索を翌日に延期し、今日一日、というか午前中をユリアーネの指導に充てたのだ。
たった一日で剣術の習得など無理に決まっているが、せめてゴブリン一匹相手にちょっとでも時間稼ぎが出来たらいいな、くらいの気持ちで教えている。
「ど、どう、ですか……お兄様?」
両膝に手を置き、肩で大きく息をしたユリアーネが問いかけてくる。
さて、どう答えたものだろうか。
やはり大方の予想通り、ユリアーネは冒険者に向いていないように思う。
まず、三年もベッドの上で過ごしていたために、基礎体力が少なかった。出会った頃のシャルロットでも、もう少し体力があっただろう。
剣筋についても、特筆すべきところはない。悪いと言うほどではないが、まぁ、良くも悪くも普通である。剣術に関係したギフトを授かっているわけでもないということだし、予想通りではある。
姉妹揃って同じギフトだということなので、フィリーネがそこそこの腕であることを思えば、鍛錬次第では同じくらい強くなることは可能かもしれないが。当然だが、それまで待つような時間はない。
「まぁ……ずっと鍛錬を続ければ、いつかは強くなれるかもな」
結局、当たり障りのない答えを返すことにした。ばっさりと切って捨てるほどではないところが、却って質が悪い。それもこれも、フィリーネと言う例があるのが悪いのだ。
それに、冒険者にならなくても、鍛錬を続けるのは悪いことではないだろう。
だが、俺の言葉をどう解釈したのか、ユリアーネの顔に自身の色が見えた。
「本当ですか! 今だと、シャルロットさんとどっちが強いですか?」
ユリアーネの言葉に、俺はう~むと唸る。
シャルロットも少しそんな様子だったが、ユリアーネもシャルロットの方を意識しているように見える。年頃が同じだから、気になるのだろうか。
それはさておき、答えは決まっている。
「シャルだな」
俺は断言する。
比べるべくもない。
シャルロットは見た目こそ可愛らしい少女だが、あれでいてそれなりの期間、俺の剣術指南を受けているのだ。
未だ剣術では初心者の域を出ないが、ユリアーネのような素人の剣と比較すれば明確な差が存在する。
だが、俺の答えが不満だったのか、ユリアーネが頬を膨らませて見せる。
「むぅ、それなら、シャルロットさんと勝負させてください!」
「却下だ」
俺が即断すると、ユリアーネはますます頬を膨らませて見せた。まるで風船だな。
「どうしてですか!」
「いや、普通に危ないから」
それはそうだろう。ユリアーネは当然として、シャルロットも魔術の腕はともかく、剣術では人を相手に教えられるほどの腕ではない。素人と初心者の剣術勝負など、危なっかしくて見ていられないのだ。
それより、と俺はユリアーネの綿のような髪の上に片手を乗せた。それだけで、ユリアーネは少し落ち着きを取り戻した。
「次は魔術だ。風魔術、使えるんだろう?」
「任せてください!」
俺の言葉に、ユリアーネは拳を握って元気な声をあげる。どこからその自信が来るのだろうか。やはり若さか。
俺は剣を納めると、ユリアーネを連れて魔術訓練を行っているクリスティーネ達の元へと歩み寄った。
一塊となっていたのはクリスティーネとシャルロット、それにフィリーネの三人だ。そこから少し離れたところに、大きな石像が直立している。
石像はロックゴーレムの形をしていた。俺が土魔術で作り上げた石像だ。それなりに魔力を消費したが、我ながらいい出来だと思う。三人からもそっくりだと誉め言葉をもらった。
出来ればこの石像を目にしただけで、ユリアーネは冒険者を諦めてくれないかと思ったのだが、叶わなかった。やはり、動かない石像を見てもピンとこないらしい。
「『連鎖する強き氷の槍』!」
少女特有の高い掛け声とともに、複数の氷の槍が生み出される。
それらは氷の粒子を散らしながら、一直線に石像へと駆け出す。そのまま、狙い澄ましたように石像の頭部と胸部、それに振り上げた両腕に着弾した。
それを見送り、パチパチと二人分の拍手が鳴り響く。
「シャルちゃん、お見事!」
「短期間で随分と良くなったの。フィーも負けていられないの」
クリスティーネとフィリーネが口々に褒めるのを聞きながら、俺も両の手を打ち鳴らしながら三人へと近寄る。
「本当に上達したな。もうすっかり一人前の魔術士だな」
「えへへ……これも全部、ジークさんのおかげです」
シャルロットはそう言うと、照れたように控えめな笑みを見せた。
今シャルロットが使って見せたのは、連鎖詠唱と言う魔術だ。通常の魔術の詠唱と少し異なる詠唱をするだけで、一度に複数の魔術を展開するという技術である。
もちろんその分魔力を消費するわけだが、瞬間火力が一気に上がるのだ。今後の事を考えると、是非とも習得しておきたい技術だった。
ダンジョンを探索する中で、更なる火力を求めて行きついたのが連鎖詠唱だった。俺も中級魔術の扱いに慣れたことだし、ついに手を出すことに決めたのだ。
そして折角習得するのなら、俺だけでなくクリスティーネ達も覚えたほうがいいだろうと巻き込んだのだ。三人とも、喜んで話に乗ってきた。
修練に励んでいくらかしたところで、まず俺が初めにコツを掴んだ。それを三人にも教えて、ほどなく全員が使えるようになったのだ。
惜しむらくは、今のところ相手がロックゴーレムであることだろうか。あの岩の塊には、いくら連鎖詠唱と言っても魔術では効果が薄いのだった。
「お兄様、私の魔術を見てくれるんでしょう?」
隣に立つユリアーネが、再び頬を膨らませて俺の腕を引く。
「わかったわかった」
俺は苦笑を返すと、三人に場所を譲ってもらい、そこにユリアーネを立たせた。
「お兄様、見ていてください!」
ユリアーネは張り切った様子で、左手を真っ直ぐに石像へと翳す。
「行きます! 『風の刃』!」
ユリアーネの手から放たれた魔術が、石像へと殺到する。
そうして、石像の胴体へと着弾すると、ぱしっという軽い音と共に弾ける。
うむ、見た目上にも変化はないな。
「どうですか、お兄様!」
自信満々といった様子でこちらを振り返るユリアーネに、俺は両腕を組んで頷きを一つ返す。
「まぁ、ゴブリン相手に足止めくらいにはなりそうか」
やはりというか、ユリアーネに戦う力を期待しないほうが良さそうだ。
こんな調子で本当に大丈夫なのかと思いつつ、俺はさらに明日のダンジョン探索に必要なことをユリアーネへと教え込むのだった。
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