129話 ダンジョン探索の合間3
「すまない、少し相談があるんだが」
その言葉と共に部屋へと入ってきたのはフィリーネの父、フランクだった。何やら眉尻を下げ、申し訳なさそうな表情でこちらへと近寄ってくる。
一体どうしたというのだろうか。俺は首を捻りながらも、フランクが席に着くのを待つ。
ところが、二人掛けのソファーは二脚とも席が埋まってしまっている。
「あ、あの、どうぞ……」
どうしようかと思ったところで、シャルロットがフランクへと席を譲った。
「ん? あぁ、すまないね」
フランクは礼を言いながら、シャルロットが座っていた席へと腰を落とす。
ではシャルロットはどうするのかと思っていると、俺達の後ろに回るようだ。
一人だけ立たせておくのもどうか、むしろシャルロットを座らせ、代わりに俺が立とうかと思っていると、何やらクリスティーネがシャルロットを手招きした。
シャルロットは首を傾げながら、クリスティーネの元へと歩み寄る。そうしてクリスティーネの前へと回ったところで、クリスティーネはシャルロットの腰へと手を伸ばした。
そのままくるりと半回転させると、膝の上にシャルロットを座らせた。
シャルロットは少し恥ずかしそうに頬を赤く染めていたが、クリスティーネは満足そうに微笑んでいる。
まぁ、一人立たせるよりかはずっといいだろう。
俺は気を取り直すと、フランクへと向き直る。
「それでフランクさん、相談と言うことだったが……」
「あぁ、実は君達に、折り入って頼みがあるんだが……」
「頼み?」
突然のことに、俺は首を傾げた。一体なんだろうか。
フィリーネの父であるフランクからの頼み事であれば、大概の事は引き受けようと思う。パーティメンバーであるフィリーネの関係者なのだし、何よりこうやってクロイツェル家には世話になっているのだ。
だが、フランクの口から出た頼みごとの内容に、俺は耳を疑った。
「頼みと言うのは他でもない、ユリアの事だ。あの子を、ダンジョンに連れて行ってほしい」
「ユリアを、ダンジョンに?」
目を丸くして問い返せば、肯定するように頷きが返った。
どうしたというのだろうか。数日前までは、フランクは明確にユリアーネが冒険者となることに反対していた。
だというのに、ここにきて意見を真逆に変えてきたのである。
付き合いは浅いものの、フランクは大切な娘をみすみす危険に放り込むような者だとは思えない。
ただ娘に頼まれただけで意見を変えるとも思えず、何らかの事情があるのだろうと察した。何にしても、理由を聞かなければさすがに了承できない頼みだ。
「理由を教えてもらえるか?」
俺が問えば、フランクからは「もちろんだ」と了承が返る。
「一番大きな理由は、このままだとユリアが家を飛び出しかねないというものだ」
ここ三年は呪術を受けた影響で、ユリアーネはほぼベッドで横になっての生活を余儀なくされていた。だが、俺が呪いを解呪したことで、元の健康な体を取り戻した。
そのため、昔のような活発な子に戻ったようだ。
それ自体は良いことなのだが、俺達が日々冒険に出掛けている影響で、冒険者に強い憧れを持ってしまったようなのだ。
「それは……すまない」
俺が素直に頭を下げると、慌てたようにフランクが押し止めた。
「ジークハルトさんが謝るようなことじゃない。君には本当に感謝しているんだ。君が来てくれなければ、ユリアは今もベッドの上から動けなかっただろう。それに――」
フランクは一度言葉を切ると、隣に座るフィリーネへと視線を注いだ。
「――家にはフィナと言う前例があるからね。姉が冒険者をやっているなら、自分も、と思うのは無理もない」
「……フィーは悪くないと思うの」
「それもわかっているさ」
あからさまに視線を逸らしたフィリーネを、フランクが苦笑交じりに肯定する。
それから、フランクは俺の方を向き直った。
「とまぁ、そんなわけでユリアを放っておくと、ある日冒険者になるために家を出ていきかねないというわけだ」
なるほど、そこまでは理解できた。ユリアーネが冒険者になりたいというのも、一応は納得できる理由があるというわけだ。
まぁ、だからと言って冒険者になることを認めるわけにはいかないというのがフランクの気持ちだろう。数日前に聞いた通りだし、俺としてもユリアーネが冒険者としてやっていけるようには思えない。
「それが、どうしてユリアをダンジョンに連れていくという話になるんだ?」
俺は首を傾げつつ問いかけた。
ユリアーネを冒険者にしないためには、何とか諦めてもらうほかにないだろう。さすがに、四六時中監視するというのも無理がある。ある日突然、家出をされてしまっては防げないだろう。
冒険者を諦めさせるには、説得を続けるほかにないだろう。ユリアーネが自分で納得しなければ、本人の行動を変えることはできないように思う。
だが、フランクの考えは違うようだ。
「それは、実際にユリアに魔物との戦闘を見せて、現実を理解させるためだ」
「……なるほどな」
なんというか、随分と荒療治である。
そりゃあ、ゴブリンあたりはともかく、ロックゴーレムなんかは至近距離で相対した時の威圧感などは半端ないものである。
普通の人であれば、あんな魔物と相対したら腰を抜かしてしまうだろう。そう言う意味で言えば、実際に魔物を見ることで冒険者になる道を諦めるという可能性はある。
だが、それはあくまで希望的観測だ。
そうならない可能性も十分にある。
「俺達が魔物を倒す姿を見て、ますます冒険者になりたいと思う可能性もあるぞ?」
さすがに、今すぐ自分も冒険者に慣れると思うほどユリアーネが考えなしだとは思えないが、いつかは自分も慣れると希望を抱く可能性はある。
そうなってしまうと、ますます冒険者になる道を諦めさせることができないのではないだろうか。
「放っておいても冒険者となりかねないんだ。それなら、無理だと諦める道に賭けたい」
「そう言う考えもあるか……」
結果的に、冒険者になりたいという気持ちが強まったとしても、結局は何も変わらないということだろう。それなら、自ら諦める可能性に掛けたいという気持ちは、理解できないわけではない。
だが、その他にも問題がある。
「わかっているとは思うが、危険だぞ? 正直、何があっても保証はできないというか……」
もちろん、同行するとなれば死ぬ気で守るだろうが、何があるかわからないのが冒険と言うものだ。もしも死んでしまうような事になれば、いくらなんでも責任など取れない。
俺の言葉に、フランクは真剣な表情を見せる。
「そこは、君達の腕を見込んでのことだ。連日ダンジョンに出掛けて無傷で帰ってくる君達なら、ユリアを任せられると思っている」
確かに、俺達は今のところダンジョンに潜っても無傷で済んでいる。治癒術があれば怪我は治るのだが、そもそも怪我をしないように立ち回っているのだ。
「どうだろう? 一度だけ、ユリアを連れて行ってはくれないだろうか?」
フランクの問いに、俺は腕を組み考えを巡らせる。
実際に、ユリアーネを連れてダンジョンに潜ることが可能だろうか。
まずダンジョンに赴くまでだが、移動に関しては問題ない。これが有翼族以外であればそれを理由に断っていたのだが、ユリアーネには空を飛ぶための翼がある。
さすがに他人を運ぶことが出来るとは思えないが、一人で飛ぶことなら可能だろう。
では、実際にダンジョン内に入ってからはどうだろうか。一、二階層目は特に問題ないだろう。問題は三層目以降だ。
間違いなく、ロックゴーレムと遭遇することになる。その時に、どう立ち回るかを考えよう。
俺とシャルロットで動きを止め、クリスティーネで止めを刺すというのが、一番安定して狩れる形だ。だが、その方法だと結構簡単に狩れるようになってしまっていた。
その光景をユリアーネが見ると、自分も冒険者になれると考えるのではないだろうか。そうすると、多少苦戦しているように見せる方がいいかもしれない。
その方針で行くならば、俺とクリスティーネで前衛を務め、ゴーレムの関節を壊す方向で動くのがいいだろう。その場合、ユリアーネの立ち位置はシャルロットの隣だ。
今のところ、シャルロットの元まで辿り着かれたことは一度としてない。そこにいれば、ユリアーネの身は限りなく安全である。
後は、全体を通しての見通しだ。予定では、五層目まで一直線に進み、隠し階段の有無を確認して帰る想定である。
その道中でロックゴーレムと何度か戦闘を挟むことになるが、それも最小限で済むだろう。余計な探索を省けば、いつもよりも安全に行き来が出来るはずだ。
冒険者が一般人を伴ってダンジョンに潜るというのも、ない話ではない。ダンジョンを調査している研究者を、冒険者が護衛することもあるのだ。
今回の事も、護衛依頼だと考えればどうだろうか。
うむ、何とかなりそうだな。
「……わかった。引き受けよう」
俺は深く息を吐いてから答えた。
このまま放っておいて、いつの日かユリアーネが行方不明になったなどと聞けば、フィリーネに顔向けできない。少しでも力になれるのなら、力を貸すべきだろう。
俺の答えに、フランクは安堵したように表情を緩めた。それから、膝に手を置き頭を下げる。
「ありがとう。娘が迷惑をかけるが、よろしく頼む」
「ユーちゃんは私が守るの」
「あぁ、ユリアを頼むぞ、フィナ」
こうして、最後のダンジョン探索にユリアーネを同行させることが決まった。
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