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126話 石造りのダンジョン5

 俺とクリスティーネは角を曲がると同時、横並びにゴーレムへと駆け出した。わざわざ大声を上げるようなことはしない。ゴーレムに耳がないからと言って、音を感知しないという保証はないのだ。

 そしてやはりというべきか、ゴーレムは駆け寄る俺達に気付いたようだ。少し体を捻り、こちらを見た、気がした。実際には頭部らしき部分が少し回転したくらいで、目がないためにこちらを見ているのかは定かではない。


「ふっ――!」


「やっ――!」


 俺はクリスティーネと共にゴーレムへと駆け寄ると、先手必勝とばかりに剣を上段から振り下ろした。クリスティーネが同じように剣を振り下ろしている姿が、視界の端に映る。

 狙いは脆いとされる膝関節だ。当たるかに思えたその一撃は、ゴーレムが僅かに足を動かしたことで狙いを外す。その結果、俺の剣は狙いのやや下方、膝下の岩を強かに斬りつけていた。


「ちっ」


「かったいなぁ」


 狙いが外れた。

 俺は速やかに地を蹴り、ゴーレムから素早く距離を取った。岩の塊を叩いた腕に、少し痺れを感じたが動かせないことはない。

 そこへ、僅かに遅れてクリスティーネが隣に並んだ。剣を左手に持ち替え、右手をぶらぶらと振っているところを見るに、クリスティーネもやはり手が痺れたのだろう。


「『強き氷の槍アイス・シュタルク・ランツェ』!」


「『強き風の刃ヴィント・シュタルク・クラン』!」


 後方から大きな声が重なると共に、頭上を影が横切った。シャルロットとフィリーネの放った魔術だ。

 それらは狙い違わずゴーレムの頭部へと直進すると、ガガンと大きな音を立てて着弾した。衝突箇所から砂煙が上がり、晴れた跡からは少し欠けたように見えるゴーレムの頭部が現れる。


「想像以上の硬さだな」


「岩の塊だもんね」


 俺達が遠巻きに見つめる中、ゴーレムはゆっくりと体の向きを変え俺達へと向き直った。そうして、のっしのっしとこちらへと近寄ってくる。

 さほど機敏には見えないゴーレムだが、油断は禁物だ。何しろ、元々のサイズが違うのである。ゆっくりした動きに見えて歩幅は大きく、意外な程に速度がある。


 俺はクリスティーネと共に、膝や股などの関節を狙って剣を振るう。だが、これがなかなかに難しい。ゴーレムの振るう両腕が、唸りを上げて俺達へと襲い掛かってくるのだ。

 始めは剣で岩の拳を受けてみたものの、その後はずっと回避をしている。いくら身体強化をしたところで、ゴーレムの膂力には敵いそうもないのだ。長い間利用している俺の愛剣も、何度も岩の塊など叩こうものなら折れてしまうだろう。


「『石の槍(フェルズ・ランツェ)』!」


 俺の放った岩塊が、ゴーレムの核石を僅かに逸れて胸へと当たり弾かれる。

 時折、俺やクリスティーネは剣技に初級魔術を混ぜて立ち回っているのだが、こちらもなかなか成果が出なかった。一度は核石に直撃もしたのだが、どうにも火力不足だったようで砕くまでには至っていない。

 後方からはシャルロットとフィリーネの中級魔術が繰り返し飛来しているが、何れもゴーレムの頭部や肩の辺りを穿ち、軽微な損害を与えるにとどまっている。


「埒が明かないな……」


 俺はゴーレムの振るう左腕を交わしつつ独り言ちた。このまま続けても、ただ体力を消耗するだけだろう。そうしていつか、決定的な一打を受けてしまうことになる。目の前にいる岩の巨人に、疲労という概念はなさそうなのだ。

 じわじわと後退を続ける中、俺は考えを巡らせる。どうにかしてゴーレムの動きを止め、核石を砕く策を講じなければならない。


 そのためには――


「――クリス、少しの間、前を頼む! ゴーレムの動きが止まったら、核石を砕いてくれ!」


「任せて!」


 クリスティーネを一人前線に残すと、俺は後ろに下がりシャルロットの隣へと並ぶ。

 そのままゴーレムから目を離さずに口を動かした。


「シャル、魔術の腕だ! ゴーレムの右腕を止めてくれ!」


「わ、わかりました!」


 シャルロットへと指示を出しながら、体内の魔力を集めていく。


「『現界に属する大地の眷属よ 我がジークハルトの名の元に 彼の者を強き(かいな)(いだ)け』!」


「『現界に属する氷の眷属よ 我がシャルロットの名の元に 彼の者を強き(かいな)(いだ)け』!」


 俺とシャルロットの詠唱が重なり、洞窟内に木霊する。

 俺はゴーレムを見据えると、真っ直ぐに左手を伸ばして魔力を解放した。


「『強き石の腕フェルズ・シュタルク・アルマ』!」


「『強き氷の腕アイス・シュタルク・アルマ』!」


 二つの声が重なると同時、ゴーレムの左右の大地が盛り上がる。起立したのは石柱と氷柱だ。

 俺が両腕で輪を作ったよりも太い二本の柱が、まるで生きているように背伸びをするとゴーレムの両腕に纏わりつく。


 そのまま石柱がゴーレムの左腕を、氷柱が右腕を、まるで拳を握り込んだかのように固め、ゴーレムをその場に縫い留めた。

 両腕を広げた形で拘束されたゴーレムは、拘束から逃れようと岩の胴体を動かすが、俺とシャルロットによって作られた魔術の腕は硬く、その身を逃しはしなかった。


「今だ、クリス!」


「行くよ! 『突光飛剣』!」


 掛け声と同時、クリスティーネが一つ大きく羽ばたくと、その身が弾丸のように射出された。残光を残しながら、少女が真っ直ぐに伸ばした剣が吸い込まれるようにゴーレムの核石へと至る。

 破砕音と共に、ゴーレムの胸にクリスティーネの剣が深々と突き立てられた。クリスティーネは翼をはためかせて姿勢を変えると、ゴーレムの胸に足を当てる。そのまま一蹴りして剣を抜くと、中空で縦に一回転してゴーレムから距離を取った。


 俺達の見守る前で、ゴーレムがゆっくりと膝を落とす。魔術で生み出された巨腕が消え去ると、支えを失ったゴーレムは地響きを立てて前のめりに倒れた。

 その様子を見て、俺達は一様にほぅと息を吐いた。苦戦した、と言うほどではないが、手こずりはしたと言っていいだろう。初めて出会う魔物と言うのもあるが、何とも戦い辛い相手だった。


 クリスティーネは恐る恐る倒れたゴーレムへと歩み寄ると、剣先でその頭部を突いた。もちろん、突然ゴーレムが動き出すなどと言うことはなく、何の反応も示さない。


「これ、死んじゃったんだよね?」


「あぁ。まぁ、元から生きていたと言っていいのかわからないけどな」


 言いながら、俺もクリスティーネの隣へと並びゴーレムを見下ろした。このように、ゴーレムをじっくり見るのは初めてのことだ。

 こうやって動かなければ、最早ただの岩の塊にしか見えない。試しに触れてみても、普通の岩のようにしか思えない感触だった。というか実際、死んだロックゴーレムは普通の岩と変わりがないらしい。


「ねぇジーク。ロックゴーレムから取れる素材は?」


「見ての通り岩だな。他には何もない」


「えっと……欲しがる人って、いるんですか?」


「いないぞ。よって、ゴーレムの死骸はこのまま放置だ」


 持って帰ったところで、ただその重量に苦労するだけである。漬物石代わりになるのがせいぜいだろう。ただの丈夫な岩をありがたがる者など、滅多にいないのだ。

 苦労の割に収穫がなかったためだろう、三人は少し残念そうだった。

 そんな様子に苦笑をしつつ、俺は三人と共に三階層の探索を続けるのだった。

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