123話 石造りのダンジョン3
俺は肉と野菜を挟み込んだパンへと齧り付いた。今朝のうちに、フィリーネの母であるティアナが用意してくれたものだ。本日の昼食はこのパンと、先程作ったスープという簡単なものである。
それらを手に、俺達はダンジョンの一階層から二階層へと続く階段に腰掛けていた。わざわざ土魔術で椅子を生み出さなくても、座るところがあるというのは楽なものだ。
「ねぇジーク。ダンジョンの中なのに、こんなにのんびりしてて大丈夫なの?」
両手に一つずつ、異なる具材の挟み込まれたパンを握ったクリスティーネが、首を傾げてこちらを見る。健啖家のクリスティーネ用に、パンは多めに用意されているのだ。
俺はスープを飲み込んでから口を開く。
「あぁ、ダンジョンって、基本的に階段付近は安全なんだよ」
そう言って、俺はダンジョンの特徴について説明を始めた。
ダンジョン内では外界よりも魔物との遭遇率が高いのだが、階層構造のダンジョンでは例外を除いて階段付近は安全とされているのだ。
その理由については解明されていないが、魔物は階段付近に近寄らないとされている。深い階層で遭遇する魔物を浅い階層で見かけないのも、魔物が階層移動をしないためである。
そのため、休憩するなら階段付近と言うのが冒険者の定説である。もちろん、その話を信じるあまり、周囲を一切警戒しないという冒険者はいないはずだが。
「そうなんだ。ダンジョンって、思ってたよりも安全なんだね?」
「まぁ、今のところはな? 奥に進むに連れ強い魔物も出てくるだろうから、あまり気を抜くんじゃないぞ」
今のところケイブゴブリンしか出てきていないが、ダンジョンと言うのは奥に行くほど危険度が増すとされている。いきなり危険度が跳ね上がることなど滅多にないというが、警戒するに越したことはない。
俺の言葉に、前に座るシャルロットが振り向いた。
「クリスさんはすごいですね。私はまだまだ慣れません」
「フィー達と違って、シーちゃんはたくさん戦ってて偉いの」
シャルロットの隣に座るフィリーネが、労うようにシャルロットの頭を撫でた。
実際、これまでの戦闘には常にシャルロットが参加している。それらはひとえに、シャルロットに戦闘経験を積ませるためだ。
戦闘中、特に近接戦闘に於いては、次に何をするかなどをいちいち考えてはいられない。攻撃にしろ、防御および回避にしろ、訓練通りに動くのは俺でも未だ完全ではないのだ。
それらを訓練通りにするためには、愚直に戦闘経験を積む他にない。ある程度の危険に身を置くことで、体の動かし方を始めとした戦い方を、緊張感を持って身に付けられることだろう。
それらを考えると、この『石造りのダンジョン』の一階層はシャルロットの実践訓練に丁度いい。いや、むしろ最適と言っていいだろう。
何せ、最弱の魔物筆頭であるゴブリンが一度に一、二匹程度しか出てこないのだ。その上、出現頻度は外界より高いと来たものである。ここ以上に安全に、短期間で経験を積めるところなどそうはないだろう。
ただ、シャルロットに経験を積ませることだけを考えると一階層を回るのも悪くはないのだが、さすがにそう言うわけにはいかない。
ゴブリンから得られる素材は魔石しかなく単価も安いために、収入の面で言えば完全な赤字である。それに、シャルロット以外の俺達は正直に言って退屈でもある。せめてもう少し、腕を振るう機会が欲しいところだ。
「そうだ、フィナ。この先がどうなってるか、知ってるか?」
フィリーネから事前に聞いたのは、町の近くにダンジョンがあることと、一階層なら危険度は低いということだけだった。その言葉通り、今のところケイブゴブリンしか見かけていないが、これから先ダンジョンの奥へと踏み入ることを考えると、もう少し情報が欲しいところだ。
俺の質問に、フィリーネは顎先に指を当てて斜め上を見上げた。
「ん~、フィーもこの先の事はあんまり知らないの。ただ、全然人気のないダンジョンってことは知ってるの」
「まぁ、今のところゴブリンしか見てないからな」
高い素材の取れる魔物と言うのは、往々にして相応の強さを持っているものである。ゴブリンしか出ないダンジョンなど、冒険者がわざわざ足を運ぶ価値などないだろう。
現に、今のところ俺達以外の冒険者には出会っていない。
「後は……そうだ、確か全部で五階層って聞いたの」
「五階層か……随分浅いな」
前述した通り、今回のような階層構造のダンジョンは奥に行くほど危険度が増す。その分、奥の方が希少な素材なども手に入るようになるのだ。
だが、全五階層となるとそれにもあまり期待はできないだろう。十階層を超えるダンジョンも珍しくないことを思うと、全五階層とは随分と浅いダンジョンもあったものである。
俺は少し考え込む。あまり稼げないことを思うと、冒険者としてはここで帰るのが正解なのだろう。
来たことが間違いだったとは思わないが、一度足を踏み入れたことでクリスティーネ達もダンジョンと言うのがどういうものかはわかったはずだ。それだけでも、十分な収穫ではある。
「ジーク、もしかして、進むかどうか迷ってる?」
「ん? まぁ、少しな」
クリスティーネが首を傾げるのに対し、俺は短く答えた。
しかし、考えようによっては全五階層と言うのは悪くないかもしれない。出てくる魔物の強さにも左右されるが、このダンジョンをすべて探索するのに、それほどの日数を掛ける必要もないだろう。
もうしばらくはフィリーネの家に滞在するのだし、その間にダンジョンを制覇してしまうのもよさそうだ。
俺は一つ頷くと、クリスティーネへと顔を向けた。
「よし、やっぱり先に進もう。実践訓練にも丁度良さそうだしな」
「わかったわ!」
それから俺達は休憩を終えると、二階層へと降りていく。二階層の様子も、一階層とそれほど変わりなく、青白く光る壁と天井がどこまでも続いていた。
その中を、俺達は一階層と同様に進んでいく。遭遇する魔物も、一度に出てくる数が五、六匹程に増えたものの、相変わらずケイブゴブリンだけである。
苦戦するようなこともなく、俺達は順調に探索を続けた。こうして二階層の探索をすべて終え、この日の冒険は終了することとなった。
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