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120話 白翼の少女の故郷7

 クロイツェル家のソファーに座り、俺は小さく息を吐いた。動けないということはないが、ちょっとした倦怠感を覚えている。

 それと言うのも、少し前まで町の住民たちへ呪術の解除を試みていたのだ。もちろん誰一人として失敗することなく、全員の解呪が終わっている。


 合計で二十名余りの解呪をし終えたために、魔力の不足で疲労を感じているのだ。ユリウス家で実施した百名余りの解呪に比べれば雲泥の差ではあるものの、それなりに疲れてしまったため休憩中なのである。

 このまま、夕食の時間までゆっくりさせてもらおうと思っていると、部屋の扉が開いた。そうして部屋へと入ってきたのは、クリスティーネとシャルロット、それにフィリーネの三人だ。


「お疲れ様、ジーク」


「ジークさん、お疲れ様です」


 声を掛けながら近寄ってくる三人に対し、俺は片手を軽く上げて応えた。


「あぁ、みんな揃ってどうしたんだ? 何かあったか?」


 俺が呪術の解呪をしている間、三人は思い思いの時間を過ごしていたはずだ。それが三人揃って俺のところへときたとなれば、何かあったのだろう。

 そんな俺の思いに反して、クリスティーネはゆるゆると首を横に振った。そうして、シャルロットと共に俺を挟む形でソファーへと腰を下ろす。


「ううん、そういうわけじゃないの。ただ、明日からどうするか、話し合っておこうと思って」


「明日からか……」


 確かに、翌日以降の予定を立てる必要があるだろう。この町に来た、住民に掛けられた呪術を解呪するという目的が達成された今、この町に長く留まる理由はない。

 だが、フィリーネにとっては久しぶりの実家である。折角帰ってきたというのに、すぐに発つというのも考えものだ。ここは、素直に休暇とするのがいいだろうか。


「フィナ、しばらく休暇にするか? フィナの家族には少し迷惑をかけることになるが、少しは実家でゆっくりしたいだろう?」


 この町に滞在するとなると、宿泊先の第一候補はここ、クロイツェル家である。幸い、フィナ達の解呪をしたことで好意的に受け入れられているし、好きなだけ滞在するよう言われている。もちろん、あまりにも迷惑になるようであれば、町の宿屋を利用するつもりだが。

 そう考えていると、ソファーの後ろに回ったフィリーネが俺の前へと後ろから腕を回してくる。


「それなら、いい考えがあるの。ダンジョンに行ってみるっていうのはどうなの?」


「ダンジョン? 近くにあるのか?」


 俺が体を仰け反らせて見上げれば、上からのぞき込むような姿勢になったフィリーネが小さく微笑みを見せた。


「ダンジョン?」


「って、何ですか?」


 フィリーネの言葉に、俺の左右に座るクリスティーネとシャルロットが揃って首を傾げた。どうやら、ダンジョンの事を知らないらしい。

 まぁ、二人とも冒険者になって日が浅いのだ。ダンジョンの事を知らなくても無理はない。


「ダンジョンって言うのはな――」


 そうして二人へと、俺の知っているダンジョンに関する知識を話し始めた。

 ダンジョンと言うのは、世界各地に存在する特別な空間の事を指す。その形態は多岐に渡るが、その多くは洞窟など、特定の入口が存在するとされている。

 一説によると、ダンジョンの内部は異空間になっているそうだ。その内部と外界とでは、何やら世界の法則が異なるらしい。詳しい話は俺も知らないが、ダンジョンを研究している専門家によるとそう言う話だ。


 ダンジョンの内部では、通常では存在しないような生物や動く無機物が存在する。そう言った存在も、一応は魔物として分類されている。ダンジョンの中では、そう言った魔物に遭遇する確率が普段よりずっと高い。

 当然、ダンジョンへ潜るにはそれ相応の危険が伴う。その反面、ダンジョンの中では特殊な機能を持った道具や希少な鉱石などが発見される。


 そのため、一攫千金を狙うダンジョン専門の冒険者というのも存在する。上手く金になる成果が手に入れば生涯安泰ということも有り得るが、そう言った冒険者の死亡率は普通の冒険者と比べてもずっと高い。

 もちろん、俺は身の丈に合わない冒険などはするつもりがない。そのため、重要視するのはそのダンジョンの危険度である。


「そのダンジョンって言うのは、どの程度の危険度なんだ?」


「浅いところなら、大したことはないと聞いてるの。一階層なら、昔の私でも一人で歩けたくらいなの」


 俺の問いに、フィリーネはなんて事のないように答えた。その答えに、俺は少し考え込む。

 昔のフィリーネが一人で入っても大丈夫なのであれば、それほどの危険はないだろう。ダンジョンと言うのは奥に行くほど危険度が増すものだが、少しずつ探索範囲を広げていけば問題なさそうだ。


 うむ、ダンジョンに行ってみるのも悪い選択ではなさそうだ。クリスティーネとシャルロットも、ダンジョンと言うものを経験しておくのは将来のためにもなるだろう。


「それなら、一度は行ってみてもいいな……そうだ、そのダンジョンってどこにあるんだ?」


「山を一つ越えた先なの。歩くと半日くらいかかるの」


「となると、往復だけで一日掛かりか……」


 ダンジョンの探索を考えると、野宿は避けられないだろう。今はパーティメンバーが四人なので、交代で見張りをすれば夜を越すことは可能である。最悪、一晩くらいであれば俺が寝ずの番をするという選択もある。


「問題ないの。飛べばすぐなの。空を飛んで行き帰りすれば、夜には帰ってこられるの」


 そう言って、フィリーネは背の白翼をバサリと大きく広げて見せた。


「……その方法があったか」


 確かに、空を飛べば山一つなど悠々と超えていけることだろう。徒歩であれば木々に阻まれ、上り下りに苦労するところだが、飛んでしまえば高低差など関係がない。

 大幅な時間短縮が可能となるため、ダンジョンに行くのであれば徒歩ではなく、クリスティーネとフィリーネに運んでもらうのが良さそうだ。


 その方法で行くかと考えていると、左隣から腕を引かれた。見れば、シャルロットが俺の腕にしがみついている。


「ジークさん……その、また空を飛ぶんですか……?」


 眉尻を下げ、不安そうな表情で見上げていた。見るからに嫌そうだ。どうやら、以前大河を飛んで渡った際の曲芸飛行で、苦手意識が刻み込まれてしまったらしい。

 俺としてもあのような飛び方は遠慮願いたいが、クリスティーネもフィリーネもあの後しっかりと反省していたようなので、もうあんな飛び方をすることはないだろう。


「そうだな、徒歩だと時間が掛かり過ぎるし、ダンジョンに行くなら二人に飛んでもらうことになるな」


「うぅ……」


 シャルロットが泣きそうな表情を浮かべるが、こればかりはどうしようもない。さして急いでいるわけでもないが、移動時間を短縮できるに越したことはないだろう。


「どうしても嫌なら、シャルだけここで待つという方法もあるが……」


「えっ……?」


 その場合、ダンジョンに行くのは一日だけになるだろう。何日も、シャルロット一人を待たせるわけにはいかない。

 だが、せめて一度くらいは様子見したいので、シャルロットには一日だけここで待機をしてもらうことになる。そのあたりが妥協点だろう。


 それでも構わないか、と問えば、シャルロットが俺の腕を掴む手に力を込めた。


「一人で待つのは……嫌、です。頑張りますから、連れて行ってください」


「大丈夫だよ、シャルちゃん。今度はゆっくり飛ぶようにするから。ね、フィナちゃん?」


 シャルロットに応えたのはクリスティーネだ。俺を挟んで反対側から、覗き込むような形で顔を見せた。

 さらに、俺から腕を話したフィリーネがシャルロットの後ろへと回り、抱き締めるように腕を回す。


「クーちゃんの言う通りなの。フィーも気を付けるの」


「クリスさん、フィナさん……信じて、ます」


 二人の言葉を聞いて、少し安心したようだ。肩から力を抜いたシャルロットが小さく答えた。

 こうして、翌朝から早速ダンジョンへと赴くことが決定した。

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