118話 白翼の少女の故郷5
「待たせたの~」
気の抜けた声と共に、部屋へと入ってきたのはその背に白翼を持つ少女、フィリーネだ。その左手の先には、フィリーネをそのまま小さくしたような妹、ユリアーネを連れている。
先程、部屋で見かけた際はユリアーネは病衣のような白い服を纏っていたが、どうやら着替えてきたようだ。今は可愛らしいワンピースをその身に纏っていた。
「お話してたの?」
フィリーネはそう言いながら、ユリアーネの手を引いて俺達の向かいへと座る。
「あぁ、フィナと知り合った経緯とかな」
「そうなの? ジーくん、変なこととか言ってないよね?」
「ん? 普通の話だったと思うぞ?」
「それならいいの」
俺としては、特に変わった話をしていないつもりだ。実際に起こった事実を元に話しただけである。そもそも、話せるような変な出来事などあっただろうか。
そう思って振り返ってみれば、ユリウス家のベッドで後ろから抱き着かれたことや、宿の同室で泊まった際に目覚めたら抱き着かれていたことを思い出した。
うむ、あのあたりの話はできないな。人に話すようなことではないし、まして相手はフィリーネの父親だ。わざわざ心象を下げる必要もないだろう。
俺が閉口を決め込んでいると、フランクが口を開いた。
「そうだ、改めて紹介させてくれ。娘のフィリーネとユリアーネだ」
「フィー姉様の妹のユリアーネです。よろしくお願いします」
そう言って、ユリアーネが頭を下げる。少し表情が硬いようで、緊張しているように見える。その隣に座るフィリーネがいつも通りの眠たげな表情だけに、対照的に見えた。
「あぁ、よろしく。俺は――」
「ジークハルトさんと、クリスティーネさん。それに、シャルロットさんですね。フィー姉様から聞きました」
名乗ろうとしたところで、ユリアーネに先手を取られる。どうやら着替えの間に、フィリーネから俺達の事を聞いていたようだ。
さらにユリアーネはテーブルの上で両手を握り、言葉を続けた。
「その……この度は私の呪いを解いていただき、ありがとうございました……お兄様」
「げほっ」
「なっ?!」
「え……?」
突然のことに咽てしまった。隣に座るクリスティーネとシャルロットも驚いたようだ。そのまま二度、三度と咳き込み、息を整えつつまじまじとユリアーネの様子を窺う。
いきなり何を言い出すんだろうか、この子は。
当然のことだが、俺は先程ユリアーネと顔を合わせたばかりである。それより前に面識など、あるわけがない。
「ジーク、いつの間にそんな……」
「ジークさん……」
「まて、誤解だ」
視線を感じて右を向けば、クリスティーネとシャルロットがこちらを見ていた。その顔はどういうことなのかと、俺に説明を求めるような表情だ。
それに対し、俺は首を横に振って見せる。そんな顔で見られても、俺から言えることなど何もない。むしろ、説明してほしいくらいだ。第一、二人とはずっと一緒にいただろう。
一体どういう言ことだと、俺は顔を正面に戻しフィリーネを睨むように見つめた。十中八九、フィリーネが何か言ったに違いない。
フィリーネは俺の視線を意にも介さず、少し微笑んで隣に座るユリアーネを見下ろしていた。仕方ない、本人に聞こう。
「あ~、ユリアーネさん。その呼び方は一体……」
呼びかければ、ユリアーネは戸惑った様子で口を開いた。
「どうぞユリアとお呼びください。この呼び方は、その……フィー姉様が、そうお呼びするようにと……」
そう言って、ユリアーネは隣に座る姉を戸惑いがちに見上げた。当のフィリーネはと言うと、よくやったとでも言うようにユリアーネの頭を優しく撫でている。
「フィナ、どういうつもりだ?」
「ただの呼び方なの。気にする必要はないの」
そう言われると、言葉に窮する。言っている本人に他意はなさそうなのだ。
だが、フィリーネはなんて事のないように言うが、俺としては気になってしまう。普通にジークさんとでも呼んでくれるのが一番いいのだが、変に指摘して気にしていると思われるのも癪である。結果として、俺は低く唸るだけで止めるのだった。
そうしていると、部屋の扉が再び開いた。入ってきたのはフィリーネの母親と、玄関で会った初老の女性だ。二人とも、料理の乗ったカートを押している。どうやら夕食の時間のようだ。
二人の手により、テーブルに料理が次々と並べられていく。バスケットいっぱいの丸パンに大皿のサラダ。オーク肉らしきソテーに湯気を立てるポタージュスープだ。パンは多めに用意されているようで、これなら健啖家のクリスティーネも満足できることだろう。
やがて配膳が終わり、フィリーネの母親が席へと座り、初老の女性は一礼して部屋を辞していった。
それを見送って、フランクが口を開いた。
「食事の前に紹介させてくれ。妻のティアナだ」
「ティアナ・クロイツェルと申します。この度は娘達がお世話になりました」
そう言って、ティアナは柔らかな微笑みを見せる。瞳が青い以外は、フィリーネが成長したらこうなるのではないかと思えるほどによく似ていた。
それから俺達が簡単に名乗りを上げたところで、夕食となった。食事中の会話内容は、主に俺達のこれからの行動だ。
「いいでしょう、父様? ジーくんたちを家に泊めても」
「あぁ、他ならぬ娘達の恩人だし、部屋は余っているからな」
「助かります」
どうやら、宿の心配はしなくていいようだ。一人一部屋を与えても部屋は余るようなので、ここはお言葉に甘えさせてもらおう。
「フィー姉様、今日くらいは一緒に寝てくれませんか?」
「んふふ、そうするの。いっぱいお話しするの」
フィリーネとユリアーネ姉妹が仲睦まじい様子で言葉を交わしている。ひとまずあの様子であれば、今夜のうちはフィリーネが部屋へと忍び込んでくるようなことはなさそうだ。
さて、これで今夜の寝床は決まった。後は、明日からの予定を決める必要があるだろう。
「それで、他の人達の解呪なんだが、どうすればいいだろうか?」
この町には、ユリアーネ以外にも呪術を受けた者達がいると聞いている。全部で何人ほどいるのかは把握していないが、二、三人ということはないだろう。
町長であるフランクであれば、呪術を受けた人達を把握しているだろうか。相手がわかれば、一軒一軒訪問して解呪ができるだろう。
「そうだな……明日の午前中に、呪術を受けた者達には私達の方で声を掛けておこう。我が家に集めるので、昼から解呪を頼めるだろうか」
「わかった、そうして貰えるとこちらも助かる」
一箇所に集めてもらえれば、解呪を施す俺としてもわざわざ移動する必要がなくなるため手間がかからない。一件一軒訪問するよりも、効率の面から言ってもそのほうがよいだろう。
この町に来た最大の目的は明日にでも達成できそうだと思いながら、俺はスープを口に含んだ。
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